黒く艶やかなる獣の檻 その12

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一人に戻ったマンションで、心臓だけが早鐘のように鳴り響く。
喘ぎつつ、見なれた寝室をみわたす。時計も、シーツも、クローゼットもいつも通り。
だから、違うのは‥‥
変わったのは、クローゼットの姿見に映る私自身だけ。
淫蕩な肢体をくねらせつつ、残酷な革拘束につながれたマゾ奴隷が、下腹部と口腔に
丸い枷を食いこませながら、大きな瞳で見つめ返してくる。
それは、はためにもアームバインダーがお似合いの、嗜虐心をそそりたてる女だった。
口腔にはエロティックな革のリングギャグ。
だらんと赤い舌をつきだし、フェラチオを待ちわびているかのよう。
首輪の紐はベッドの桟に結えられ、脱がされたスラックスの革ベルトは即席の足枷と
して、折りたたんた右の足首と太ももを固く緊めあげる。着衣を許されるのはすべて
黒革の拘束ギア。
それが、一糸まとわぬ、色羞づく躯とのコントラストとなり、ひときわ私の変態性を、
陶酔するマゾの魅力をひきたたせている。
童顔と言われがちな、かわいらしい顔を、半分以上口枷に覆われて。
こんな鉄の枷を、男根でもしゃぶるみたく強制的に咥えさせれて嬉しげに呻いている。
信じられない‥‥
これほどまでに卑猥なカラダが、私自身の求めた果ての私自身だなんて‥‥
「んっ、んぁあアア!」
突発的なパニックを起こし、括りあげられた躯を揺すりたてる。
ギシシシッと小気味いいほどの革鳴りが鳴り響き、絶望がさらに私の肉体をよくして
しまう。腰がひくつき、貞操帯の革紐をむさぼって喰い締めた。
このままじゃ、彼女が戻るまでに脱出なんて絶対ムリ。音羽かなめに犯されてしまう。
そんなのは‥‥ッ!
少女のさえずりが脳裏によみがえる。
「部室を出るとき、みなみのアームバインダーは絶対にほどけないって言ったよね?」
「‥‥」
「みなみと私の差は、肩のストラップだったの。みなみのは、胸の上でクロスさせた
からストラップをゆるめても抜けない。でも私は、ただの肩掛けだった‥‥」
「かは、め、ひゃン‥‥ひぁぁァ、ンー!!」
もう、分かるよね?
あごをつまみ、逃げないよううなじに指を這わせ、額にキス。
ちゅるるっと唾液をたらすと、唇と下を鼻先まで這わせ、喉までずるずると舐めなが
ら口づけていく。灼りついた唾液の痕。悩ましいペッティングに、じんじんしびれる
乳首の先っぽまで、コチコチに勃起していく。
「私、バイブの電池買いにコンビニまで行ってきます。土地勘ないし、20分はかかる
わ。戻ったら、先生はいっぱい可愛がられちゃうの」
「おね、は、ひ‥‥」
「それまでにエスケープするか、ドアを施錠して入れなくできたら私の負け。先生の
言いなりになってあげる。賭けのルール、分かった?」
最後に、彼女なりの優しさなのか。
肩ストラップの一方をずり落としてくれると、音羽かなめは姿を消した――玄関ドア
が、半開きで閉じる音を聞く。
けれど、いまの私は確認に行くことさえムリ。
ベッドの中央に座らされ、50センチ足らずを残して首輪とベッドを繋がれた拘束の身。
憩いの我が家の、もっとも安心できる部屋で、甘い処刑の時を待つ奴隷なのだ。
「ンク‥‥ッ!」
がばっと躯を起こす。このまま、されるがまま虐められるなんて、冗談じゃない‥‥
あの時の、音羽かなめの仕草を思いながら、目を閉じる。
敏感になり、肌をきゅっと食む柔らかな革の味を、しっかり確かめる。どこがゆるい
か、どこが窮屈か、感触を覚えながら少しづつ腰と、肩と、後ろ手を揺すっていく。
途端‥‥
いやらしい戸渡りに革紐が食い込み、ちりりと疼痛がはしって甘く悶えていた。
目を落とした自分の股間。
今度の貞操帯にお尻の突起はないが‥‥さっきよりは、確実に、いやらしい。
リング状の輪っかがオンナのスリットをかきわけて填まり、ただれて緊縮する中身を
剥きだしにしているのだ。深々呑みこんだ口枷と同じ、強制的にあそこをさらけだす
仕掛けだ。
しかもリング上部にはローターが固定され、ぷくっと飛びだすクリトリスにあてがわ
れて、身じろぎのたびに責めたててくる。
「うぁぐ、んむぅ‥‥!」
上体をかがめるたび下腹部の肉がうごき、期せずして卑猥なヒダでぎゅうとリングを
噛みしめてしまう。その悩ましさときたら、花弁を伝って神経を灼きつくすかのよう。
拡張‥‥されている。
つまり、そういう奴隷であるよう、私のカラダは調教を施されつづけているのだ。
「んぁク!!」
ギジジっと口枷を噛み絞り、際限ない妄想をかき消した。
酔いしれる余裕なんてない。アームバインダーはさっきより厳しい。肘の上、二の腕
あたりまで密着させられている。肩なんて、ほとんど背中によじれっぱなしだ。
わずかな自由を求め、胸を反らし、くねらせ、肘を曲げる。
腰をよじらせ、背中から後ろ手を振りだす。これだけで痛みがはしっていく。革袋が
不自然に折れ曲がるたび、そこが圧迫されて痛いのだ。
少女のように自由には悶えられない。
こんな具合では、手首をひねったり、上半身を弾ませる事なんてできやしない。
焦りに駆られてパッと時計に目をやり――絶望した。
気づけば、すでに10分。
両肩のストラップを外してから、ジッパーを下ろすまでがさらに困難なのに、いまだ
左の肩紐は鎖骨をぎゅっと捉えたまま。
ダメ。このままでは、絶対に間に合わない。なら、でも、どうしたら。
ほどけないのに、賭けに勝つ、なんて‥‥?
「あ‥‥ッ」
ぶるるっと腰が痙攣する。思いついた。ようやく思い出した。そういうこと――か。
だから、かなめは、わざと右肩を外していったのか。
賭けの条件は、1つではなかった。
『脱出するか‥‥あるいは、ドアを施錠してかなめを追いだせば、みなみの勝ち』
そういうことだったはずだ。
不可能な縄抜けをこころみる必要なんて、なかったのだ。
なら‥‥首輪のリードさえベッドから振りほどけば、玄関までは這いずって行ける。
腰をいざらせ、もぞもぞと反転して、ベッドの桟に向き直る。
ピンと伸びた首輪からの革紐は、ぐるぐる巻きに結わえられている。口枷を施されて
いる身では、手が使えない上に紐に噛みつくこともできない。
だから、自由な左足をのばした。
素足の先、足の指を何度か蠢かせてウォームアップ。そのまま、結び目に足をかける。
単純な二重結びだ。焦れないよう心を落ちつかせ、長い足を曲げてつまんでいく。革
紐は固く、指先がひっかからない。どうにか、足指をねじこんでいく。
一巡目を外して、さらに根元へ。
もどかしさのあまり、アームバインダーの内側で、指先が革を引っかいてしまう。
「ん、んっぐ」
呻くと同時、しゅるっと結び目がほつれた。なんども巻かれた紐をふりほどいていく。
見上げた掛け時計はすでにタイムアップだった。
一刻のゆとりもない。
もがきまわってベッドの端に寄り、革ベルトで括られた右足の膝からズリ落ちていく。
フローリングの床をもぞりもぞりと、尺取虫のように這いずった。
さぞかし浅ましく、小気味良い光景だろう。
完璧な縛めに囚われたM女が、懸命に、床を這いずってあがくのだ。
点々と涎をしたたらせ、それをぬぐうことさえ物理的には不可能なまま、ただ玄関へ。
近づいてくる外廊下の足音に気づき、焦りは加速した。
むろん、少女かもしれない。もしも違うなら、なおさら半開きはマズい。こんなわい
せつなカラダを誰かに見られたら、その瞬間犯されたって文句は言えない。今の私は
無力なマゾ女そのものなのだから。
死にもの狂いでのたうち、玄関の段差を膝立ちで乗りこえながらドアにもたれかかり
‥‥ぴたりと凍りつく。
玄関ドアは、やはり、半開きのままだった。
寄りかかれば廊下へ倒れ、梱包済のなまめかしい裸身を夜気にさらしていただろう。
顔をかたむけ、躊躇なくL字のドアノブにかじりつく。いや、そうしかけ‥‥不可能
だと気づいて蒼白になる。
「ッ、んぁんン‥‥ほんあ、これひゃ‥‥っ!」
かじりつく?
あごが外れるほどぶっとい鉄の輪っかを、口枷としてディープに噛まされてるのに?
フェラチオ用のリングギャグで、顔の下半分を覆いつくされているのに?
いまの私の口腔は、栓のはずれた下水管と一緒。
舌を喘がせ、男根を根元までしゃぶりつくす、それだけの器官にすぎない。奴隷なん
だからそれで充分。他の使いみちを奪うのが、拘束具としての口枷なのだ。
はぁはぁ乱れた呼吸のかたまりを吐きだす。
変質的なマゾの愉悦が神経をむしばみ、ぞわわっと軽くイかされてしまう。
あぁ‥‥
こんなの、ダメ‥‥絶体絶命よ、もう‥‥
甘いしびれが背筋を走りぬけ、びくんっと乳房をたわませ、逆海老にのけぞっていた。
足音が部屋の前に来るまで、もう10秒もない。
これで私は、音羽かなめのもの。
従属させられ、前も後ろも、リングの填まった口唇さえも蹂躙されてしま――
――いや。
――待って。そうじゃない。違う。できる?
――やるしか!
刹那イメージがはじけて、真っ白な頭でふたたびドアノブにむしゃぶりついていた。
正確には、リングギャグの輪っかに、むりやりL字ノブをねじりこんでドアを閉ざす。
あと、一手。
サムターンに口枷のふちを引っかけ、力まかせに体重を預けてズリ下ろす‥‥っ!
べったり涎をつけ、かろうじて、サムターンが半回転する。それで限界。
コツンと音をたてて、足音が、ドアの前で止まった。
心臓がドクンドクンと跳ねている。
音羽かなめに違いないはず。でも、もし、だれか近所の隣人だったなら。こんな破廉
恥なプレイぶり、ぜったい誰にも見せられないというのに‥‥
ぐぐっと、L字型のドアノブが下がっていく。
「あら‥‥開かないわ。間一髪、ね」
「‥‥かなへ、ひゃ」
「残念、私の負けですわ。みなみ先生の勝ち」
ドア越しのくぐもった声が少女のものだと分かり、嬉しさのあまり口枷をぐっと噛み
しめた。マゾ奴隷の身に堕とされ、少女の言いなりに翻弄されながら、小悪魔めいた
トラップをやりすごしたのだ。
存分にアームバインダーを軋ませ、こらえきれぬ歓びを火照った躯で表現する。
ふぅ、とため息を落としながら、かなめはどこか他人事のように私にむかって呟く。
「仕方ありません。先生の言う通り、今日はもう帰ります」
「‥‥へ?」
「先生、つづきはイヤなんですよね。私も無理強いできないもの。先生も自由だし」
や‥‥ウ、ソ‥‥?
みるまに、血の気が引いていく。
「待っへ、まっへひょうらひ‥‥かな、へ‥‥ひゃ」
ぞくりと戦慄をおぼえ、自分を見下ろす。
隅から隅まで、これ以上ないほど完璧に固縛され、庇護欲をかきたてるマゾの裸身に。
状況は、何一つ好転していない。
アームバインダーに上半身をみっしり緊め上げられて。
自前のスラックスのベルトで足を括られ、歩く自由さえも剥奪され。
水道管めいた口輪を嵌められ、涎をこぼすことしかできない裸身をひくつかせている。
無力な奴隷女、そのものだ。
かなめが戻ってくるって分かってから、だから、少女に甘えていたのだ。もし一人で
取り残されたなら、革の縛めから抜けだす見込みなんて数パーセント以下だ。
‥‥それは、教師人生の破滅につながらないだろうか。
「まさか閉め出されるなんて‥‥」
「‥‥」
「ゴメンなさい。私、本当にみなみ先生を傷つけてしまったみたい。もう、帰ります」
だめ。
ダメ、待って、いかないで‥‥っ!!
「ひゃ、な、め‥‥っフ!」
おそらく、この瞬間が最大のパニックだったのだろう。
無我夢中でドンと扉に体当たりし、焦って、開くはずもないドアノブをガチャガチャ
言わせ、むせび泣きながらサムターンに必死で口枷をひっかけようとして‥‥
そのサムターンが綺麗に回り、かちりとドアが開く。
勢いのまま、私はバランスを崩して開いていくドアごと外廊下に倒れていった。頭を
うちつける寸前で抱き寄せられ、汚れた床にお尻をなすりつけてしまう。
端から端まで、廊下を一望できる場所。
このとき、私は完全なM奴隷の、一糸まとわぬ裸身を、野外にさらけだしていた。
まだ痙攣のとまらない躯を、小さな手が這いまわる。
「嬉しいわ。みなみ‥‥こんなにも、私を求めてくれるのね?」
おずおずと見あげれば、そこに、お澄まし顔の音羽かなめが。これ見よがしにマンシ
ョンの鍵をひけらかして、うふふ、と冷たく笑う。
「莫迦ね。私、約束したじゃない。みなみが望まない限り、傷つけたりしないって。
これでも頭の回転は早いんです。みなみがエスケープに失敗する可能性なんか織込済
ですから」
「‥‥」
つまり。またしても、音羽かなめにまんまと乗せられた、ということらしい。
顔をおおい隠す口枷の下でむっと唇をゆがめてしまう。
「――でも、本当にどうします?」
一瞬、雲が月光をかざして逆光をつくり、少女の顔色を隠した。
「もしみなみが何も言わないなら、いい? 私このまま続きしちゃいます。あのアタ
ッチメントは使わないけど‥‥でも、同じくらいひどいことするよ」
「‥‥‥‥」
「抑えがあんまり聞かないから。だから、遠慮なく意思表示、して?」
「あ、ひ‥‥を?」
「もう限界だ、やめてって言うなら、いますぐ拘束をすべて解いて帰ります。今夜は
私もはしゃぎすぎでした。反省するし、後日、罰も受けるわ」
なにもかも中断してくれると、少女が言う。
この被虐的なあきらめも、知ったばかりのMの感覚も、疼きだす躯もすべて放りだす、
そういうこと。この物足りなさをかかえたまま、元の関係に戻る。おそらく二度とは
交わらないだろう。
私も大人の女だから、今回の件は流す。ただし、アームバインダーは没収する。
この危険な領域へは、少なくとも音羽かなめとは、もう到達しえない。
正論で、最適な選択肢だった。
なのに‥‥わきあがるのは、理不尽な激情だった。
こんなにもグズグズに煮込まれ、今すぐ虐められたいのに。じくじくするのに。イき
きれない思いがつのるのに――なんで今、この正論を、私に投げてくるの?
うごけない。
舌をはぁはぁ垂らしたまま、声が出ない。
ひゅうひゅう息が洩れ、無言で口枷を噛みしめるばかり。
なにかを期待するかのように、瞳をほそめ、上目づかいに少女を眺めやってしまう。
躯を支える少女の腕に、たゆんと、裸身をあずけてしまう。
「‥‥いい、のね?」
「‥‥」
「本当に‥‥‥‥みなみ、私、いっぱい、虐めちゃうからね」
「‥‥‥‥」
「ン。分かったわ。気持ちを受け取ります」
ありがとう。
そっと呟いて、音羽かなめは顔を傾けてきた。
人がいつ来るか分からないマンションの自室前で、奴隷の拘束姿で、キスを奪われる。
それも背徳的な舌同士のまじわりだ。ねろねろと吸い取れない唾液が、顔のまわりに
飛び散ってしまう。
‥‥心から溶けてしまうような、甘くみだらな、予感のキス、だった。
この子の舌づかい、クセになりそうだ。
「じゃ覚悟してね。もう、許さないから、みなみ」
「う‥‥ぁあン」
こくりと一度だけ、まっすぐ少女の瞳と交わり、うなづく。
この躯を委譲する。
いまから、私の裸身は、一切を教え子の少女にゆだねる。そう、私が、望むのだから。
何をされても――私は、抵抗できなく、なる。
あきらめの絶望が心にしみわたり、とろりと雫があふれだす。
ふふ、とはなやかに唇をほころばせ、音羽かなめが上品に腰を折った。目線をあわせ、
かァっと灼りつく裸身を冷たい視線で舐めまわす。
「さて。みなみには、どっちのごほうびをあげたらいいかしら?」
「へ、ふぇ?」
封じられた声はもつれ、ろれつは回らない。
口枷のリングからこぼれる舌は涎まみれだ。みじめにしたたる雫をすすりかけた矢先、
そこにねっとり少女の舌をまぶされ、奪われた。ずるりと吸いあげられ、途方もない
悦びに腰が抜けてしまう。
唯一拘束をまぬがれていた伸びやかな左脚を、ぐっとねじまげられる。目を落とすと、
今しも音羽かなめの手が、通学鞄からとりだした残酷な足枷を折りたたませた左脚に
装着していくところだ。
抵抗しないの? 
薄い笑みをのぼせて少女がはなやぐ。虐めちゃうよ、と。
真っ赤にゆだった頬を見られたくなくて、ぷい、と顔をねじって伏せた。足首だけは
従順にさしだし、巻きついていく革の圧迫に心を揺すぶられていく。
そっぽをむいた夜空には、おぼろに燻る月。
ギチチと仕上げのベルトが絞られて、これで四足の獣と同じ。這いつくばるしかない。
少女の願望どおり、逆らうこともできず自由を剥奪されていく。それこそが裏返った
快感なのだ。
音羽かなめも無色の瞳をうるませ、目尻を赤らめていく。
睦言のように、誘惑を私の理性に吹きこむ。
「ねえ‥‥みなみ。調教されるの、家の中がいい? それとも、お外がいい?」
私は返事できなかった。
いや‥‥とうに、返事をすることさえ、許されずにいた。
凍りつく如月の夜風が廊下を吹き抜け、ただれきった奴隷の肌を揉みしだいてゆく。
選ばせてあげるわよ、と。
「あら、お外でいいのね? 本当に?」
本当に容赦がない。残酷で気まぐれで、でも、ツボを心得ていて。
リードをひっぱられる私は女教師の立場さえ忘れ、本気の涙目ですがりつきながら、
不自由な裸身をいざらせていくのだ‥‥


               ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


永い夜が、明けていく――

土曜は半日授業、眠い目をこする女子生徒らが、涼栖学園への長い坂を上っていく。
「今日の1限は、前半が保健のビデオ。後半、小テストだそうです」
視聴覚教室がざわつく。この寒さの中のマラソンと、小テストを比べているのだろう。
ぼうっとした目で、生徒らをみわたす。
体育委員の少女が私の袖をひき、教室の後ろにあるコンソールへ連れていく。
「しずかに! 見ての通り、橘先生は風邪で声が出ません。静かに視聴してください」
「‥‥ん、ぁン」
教室の視線がいっせいに、私の顔の下半分、膨らんだ立体マスクにむけられる。
うなじの裏をかすかに染め、少女にうながされて教卓についた。
私の代わりに少女が窓のブラインドを下げ、DVDをONにして戻っていく。その間、
肩からコートを羽織ったまま、背後でそろえた腕を伸ばし、私は、左右の指をきつく
絡めあわせていた。
私をチラチラ見ていた者も、DVDが流れだすと視線を前に戻す。
ちょうど『性意識』に関するテーマの回だった。
暗闇のなか、少しだけ少女らが騒ぎ、けれど、じき静かになる。考えてみれば当たり
まえ。このDVDは教育用だ。もっと過激な表現や描写なんか、TVでもネットでも
拾える時代だ。
それに少女の‥‥音羽かなめという、実例だって目にしたばかり。
逆三角錐のカタチをした獣の拘束具。アームバインダーのもたらす余韻に酔いしれる。
あんなにも女を限界まで絞りだす道具に、身も心も絡めとられてしまうなんて。
この肩に、ずしりと食いこむ重さ。
手首の根元をきりりと引き締めるベルトの痛みと疼き。
外側から施錠されているという完膚なき絶望感‥‥それは容易にマゾヒスティックな
あきらめにもつながるのだ。
ぞくぞくっとわきあがるアレは、かつてどんな性的刺激からも得られなかったものだ。
今だって、こんなに、裸身の底から感じきっている‥‥
ぱぱっと明かりがつき、ビクンとして意識を取り戻す。DVDを消した少女が、私の
代わりにコンソールをいじっているのだ。
「先生。操作はやっておきますから、とりあえず一言お願いします」
「ン」
ぎくんと立ち上がり、少女に背を押されて教室の前に歩いていく。
後ろ手に歩かされる感覚を知り、下半身がわなないた。迫りあがってくるのは、甘い
被虐の予兆‥‥
「これが、今のビデオに関連した小テストです。期末試験に出るそうです」
「‥‥」
内心のドキドキを押さえこみ、私は、体育委員の少女に感謝の目を向けた。
ペンを手にした生徒らをみわたす。事前に準備さえしておけば、意外と、教師が動か
ないでも授業を進められるようだ。
つまり。
「じゃあ、初めて。時間は‥‥15分だから」

――掠れ声で、告げる。
――背中で組んでいた両手をほどき、パンと打ち鳴らす。

いっせいに響く筆記の音を聞きながら、私は掠れた喉をなぞり、たった今の、架空の
拘束イメージに酔いしれていた。
今の妄想は、ありえたかもしれないもう一つの可能性。
途方もない過ちの連鎖がつづけば、それこそ、今はこの場にいない音羽かなめの手で
括られたまま授業を強制される未来さえあったのだと、そのひそかな背徳の濃厚さを
あらためて確認する。
一応のどのスプレーを応急で使っているが、ほぼ徹夜にひとしい昨日の今日だ。あれ
だけ狂わされたあとで、喘ぎ以外の声なんて出せそうもない。


――ねえ、舐めて‥‥
――だめよ。もっと奥まで。センセ結構、舌長いでしょう。私、知ってるもの。
――そう。そうよ‥‥あっ、んン‥‥イイっ、みなみぃ‥‥っ!!


鼻孔にフックをひっかけられ、なかばムリヤリ屈辱的な口腔での奉仕
ぷにっとした無毛の肉が、鼻梁に押しつけられる。
あどけない聖少女の性の匂いが鼻孔いっぱいに流れこみ、たまらなく惨めな自分に、
さらに酔いしれてしまって‥‥
久しぶりのセックスだった。充実していた。もう、そう言いきってしまうしかない。
言いぬけてしまうほかない。
‥‥まったく。どこまで、少女に魅せられてしまったのか。
教師としては失格そのもの。
溺れ、流されて、最後の最後までさせられてしまった。結局はそれも自分の意志だ。
重すぎる秘密の共有だった。他人に知れたら、免職程度では済まない。
しかも、今この瞬間も、なお‥‥
コンソールの陰にケータイを置き、ワイヤレスのイヤホンを耳に掛ける。そっと彼女
のケータイを呼びだした。ツーコールで画面が点る。テレビ電話なのだ。
マンションの寝室が映る。少女の横顔とともに。
顔をこちらに向けた音羽かなめが、色のない瞳でとろんと視線をさまよわせる。
「こら。かなめ」
誰にも聞き取られないよう、風邪マスクの影でささやく。
かなめはごろりと身じろぐと、怜悧な瞳をまたたかせ、ちろりと舌先で口枷を舐めた。
‥‥そう。
‥‥今度は私の――橘みなみの、番だった。
いま拘束され、監禁されているのは、ローティーンの清冽な少女の方。
小さな口が痺れるまで無骨なリングギャグを根元から咥えさせ、アームバインダーを
限界まで絞り上げ、胸の上側できっちり肩紐をクロスさせ掛けている。両脚は昨夜の
私と同じ、ひっくりかえったカエルのように膝で折りたたみ、革の足枷で愉しませて
いる。その上で幾重にも南京錠をかけ、彼女の首輪から垂らしてきた――
「嬉しい?」
「‥‥ン、んん。‥‥ぇア」
どことなく拗ねて、けれどかまってもらって嬉しいのだろう。少女が甘やかに喘ぐ。
ベッドに繋がれた少女は、およそ人間性の一切を剥奪されている。
家畜やペットと同じ扱い。
分かっていればこそ、彼女は台に立てたケータイに顔をむけて目をくるくるさせる。
バイブを噛みしめる楽しみと、気まぐれでかかってくる私からのTV電話だけが、少
女の世界すべてだった。
ひどく可愛い。嗜虐的な気分がこみあげる。
コンパクトに梱包され、完全に無力化された奴隷のパッケージだ。
その上、彼女のカラダは首輪から伸びる革紐でつながれ、絶対にベッドから降りられ
ないように縛られている。
「やりかえす」感覚が、どうしようもなくブルブルっと感情を震わせるのだ。
あの狭隘な獣皮の檻に囚われたから、分かる。
SとMは表裏一体のもの。完全に純なSも、完全に純なMもめったにはいない。虐め
られる快感が、虐める愉しみにすり替わるのは、そう不思議ではない。
だから‥‥
「いいわ。ちゃんと返事できないダメな奴隷には、お仕置き、ね」
「っひ、ひぅ、ひゃへ‥‥ヘンセ‥‥ッッ!」
愉悦に吊りあがる口元を意識しつつ、カチリと、手元のスイッチを押しこむ。
効果は、あまりに劇的だ。



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