海のように凪のように 後編

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 その晩、夫が帰ってきたとき、佐由理は照明を淡く落として彼を待っていた。
 テーブルクロスを華やかな色合いのものに変え、夫の好きな赤ワインとグラス、それに
柔らかく溶けたモンドールチーズを用意しておく。嵐模様の戸外からは想像もできない、
おだやかで暖かい秘密めいた空気だ。
 けだるい表情で戻ってきた健一は、いつもとまるで違う雰囲気に呑まれ、驚いたように
妻を見つめた。片頬に謎めいた笑みを浮かべ、佐由理は夫に流し目をくれる。
「おかえりなさい。ねぇ、たまには一緒に飲みません?」
「え、あ、あぁ‥‥一体、これは」
「まぁまぁ。たまにはいいでしょう。つきあって」
 すっかり圧倒されてテーブルの向かいに座る夫にグラスを差しだし、佐由理は笑った。
「ちょっと変わったことがあったのよ、今日は」


 佐由理を呼びだした安藤美月は、そのまま店を開けたばかりの近くの喫茶店に入った。
ひさびさに会った美月は、眉をひそめたくなる派手なコートと革のブーツが目だっていた。
お互い緊張を隠せず、コーヒーを前にしてそわそわしてしまう。
「なぜ、あなたがココにいるの?」
「佐由理さんこそ美術館に行ったのでは?」
 ほぼ同時に言葉を発し、噛みあわないままふたたび言葉を閉ざす。凍てつく師走の豪雨
ばかりが、BGMをかき消すように外の路面を叩いていた。沈黙がまた訪れる。
「ゴメンなさい、佐由理さん。私、誤解していたようです」
「え?」
 首をかしげると、美月はいいにくそうに話しはじめた。
「私、佐由理さんが畑中を好きなんだと思いこんでいたんです。北原さんたちと再会して
から、彼、私をないがしろにして北原さんとばかり遊ぶようになって」
「それは‥‥」
 まるで私と同じじゃないの。言いかけて口をつぐむ。
「とうとう我慢できなくなって、この間2人をつけました。きっと、畑中は佐由理さんと
2人きりになるだろうって。でも、佐由理さんは来もしなかった」
 ふうっと息をついて、瑞々しいルージュのひかれた唇をカップにつける。
 この女らしくもなく、安藤美月はやけに苦心して言葉を選んでいた。佐由理を傷つけな
い配慮なのか、あるいはよほど言いにくいのか。
「その時、遊ぶ二人を見て不意に一つの可能性に気づいたんです。どういうことなのか。
北原さんが誰を好きなのか。私も佐由理さんも絡んでいないのに」
 美月は一息で言い切った。
「健一さんは、すごく物腰の柔らかい、女性的な方ですよね」
「‥‥」 
 夫の記憶が、佐由理の脳裏にフラッシュバックする。
 いつも女の子と同姓の友人のように気軽に話しかけていた健一の姿。繊細で、細やかな
気配り。畑中と出かけるときの、あのどこかそわそわした、後ろめたそうな様子。
「最初は、私も健一さんを素敵だと思いました。正直、ねたましいぐらいに」
 美月は得々と喋りつづけている。
「けれど、いくら誘っても健一さんは興味さえ示しませんでした。それどころか、男2人
で遊ぶ方が気楽だと畑中に言って、私を誘わなくなったんです」
「それ、つまり‥‥」
「きっと、ぼんやりとですが、健一さんは畑中が好きなんだと思います」
 異性としてか同性としてかは分からないですけど。美月はそこで、佐由理の顔をのぞき
こむようにした。たしかに、妻からすれば侮辱ともとりうる発言だろう。
 佐由理は、ただただ唖然としていた。
「その、畑中さんは、それを」
「畑中は、人の気持ちや好意に鈍感なんです。たぶん、北原さんの旦那さまの気持ちにも
まったく気づいてないと思います」
 純粋に頼れる先輩だと慕っているのでしょう。すまなそうに付けくわえながら、美月が
もう一度チラリと見やる。
 その瞬間、なにかに気づいて佐由理は凍りついてた。

 ‥‥‥‥まさか、こんな女から同情のまなざしを向けられるとは。

 気の毒そうにしつつも、美月の目は無遠慮さを含んでいた。口だけは殊勝にしながら、
夫の性癖を知って動揺する佐由理をじっくり観察しているのだ。
 ギリッと、奥歯のどこかが軋れるような気がした。
 いつか、豪雨の向こうに中天からそそぐ鈍色の陽射しが透けはじめている。
 今頃、夫と畑中はいそいそと2人で美術館を巡っているはずだった。5つ年下の畑中を
かわいがる夫に、無邪気に笑い返す畑中の姿がはっきり想像できる。ぼんやりした後輩に
気持ちを伝えることもできず、さぞや夫はもどかしいのではないだろうか。
「ふ、ふふ」
 佐由理は、次第に腹のよじれる感覚に襲われていった。
 そうか、そうだったのか。
 夫は、畑中をひそかに好きだったのか。同姓に対して、報われる淡い思いを抱いていた
のか。すっかり誤解していた私はなんと滑稽でおろかだったのだろう。
 しかも、嬉々としてそれを伝えにきた最低の女と、私はテーブルをはさんで向き合って
いるのだ。
「ふふ、うふふふふ」
「‥‥え?」
 こらえきれなくなって、佐由理は笑い始めた。
 なんというシチュエーションなのだろう。なんて喜劇じみているんだろう。何もかもが
馬鹿馬鹿しい。間抜けな顔をしている目の前の女も、無邪気に遊んでるだろう夫のことも。
この女が夫の何を知っているというのか。何を分かったつもりでいい気なのか。
「馬鹿みたい‥‥ふふっ、あははは」
「は、はは‥‥変な話、ですよね‥‥ハハ‥‥」
 かすかに怯えた視線で、美月が愛想笑いをはじめる。その姿がなお可笑しく、不審そう
なウェイトレスの目など気にもとめずに佐由理は一人クスクスと笑いつづけていた。


 おずおずグラスを触れあわせる健一に微笑みかけ、佐由理はワインを喉の奥で転がす。
すでに回り始めていた酔いは、数杯のグラスを交えるうちにいっそう強まった。
「なんか変だな。佐由理がやけに女っぽく見えるよ」
「ふふ、そう?」
 俺、おかしなこと言ってるよなと、モンドールチーズを口にしながら夫がさほど不快で
はなさそうに呟く。白く柔らかく、粘り気をおびたチーズの芳香がなまなましい。
 今日はね、いままでよりももうちょっと、あなたを好きになったの。
 なんだい、それは。戸惑い、困惑して答えながらも、健一はそっと酔った妻のカラダを
支えていた。明快で力強い、家庭を支える夫の意思が伝わってくる。
 変わらずたしかな、夫の腕のぬくもり。
 不倫の一つや二つ、まったく0だなんてありえないのだと佐由理は思っていた。むしろ
年下の男に懸想しながら、それでも妻を大切に思う彼の姿に、奇妙な感銘さえ覚えたのだ。
ムチャな恋に身を投じる夫。それはまるで初心(うぶ)な女のようで、佐由理のいとおしさ
と独占欲を激しく燃えあがらせた。
 間違っていてもかまわない。こんな夫が私は好きなのだ。誰にも渡さない、渡すものか。
このくびきは、絶対に手放さない。たとえ、まったくその気のない男にだって。
 佐由理は、ゾクリとするようなうるんだ瞳を夫に向ける。
「ねぇ、酔っちゃった‥‥」
「‥‥」
「して。私にも、させて」
 彼は、言葉に含まれた意味をしっかり察したようだった。
 一瞬困ったような顔をしつつも、微笑むと、彼女をお姫様だっこのカタチで抱きあげる。
それも普段とは違う行為だった。
 ゾクゾクッと佐由理の背筋がひきつれる。


 軽々と宙を運ばれながら、佐由理は健一の胸に顔をうずめ、一つ一つシャツのボタンを
外していった。下着代わりのTシャツをまくりあげると、胸板があらわになる。佐由理を
運んでいるせいか、腹筋に力が入り、浅く隆起していた。チロリと舌で舐める。
「うふふ」
「おい、落としてしまうぞ」
 夫がくすぐったそうに笑った。ゾクゾクとした所有欲が、佐由理をみたしていく。もう
一度歯を立てて甘噛みすると、彼はふうっと獣めいてうなるのだ。
 淡い照明に照らされ、夫の瞳がきらめいた。瞳孔の奥に、酔った自分の姿が映っている。
童顔な頬を赤く染め、愛らしい瞳を欲望にうるませている。2重写しの媚びた自分の姿は、
目の当たりにした佐由理のカラダをじゅんと疼かせ、とろけさせた。
 ぽふっと、きゃしゃな肢体がシーツの海に沈みこむ。
 妻の興奮が伝播したのか、健一はもどかしい手つきで彼女のタートルネックを脱がしに
かかった。あっというまに裾がめくれ上がり、ほっそりくびれた裸の腰があらわにさらけ
だされてゆく。羞恥に肌を色づかせながら、彼女は健一の手に一切をゆだねた。 
「ん、んふっク‥‥」
「ん‥‥」
 互いに相手を脱がしあいながら、深々と唇を重ねあう。乾ききった植物が水を貪るよう
に、色づいた佐由理の舌は、ワインとチーズの残り香が潤沢に残った夫の口腔を這いずり
まわった。息もできないほど唾液を吸い上げ、ベトベトの舌と舌を絡めあってはズルズル
ひっぱりあう。とろりと唾液を注ぎ込み、健一に強要されてコクンと喉を鳴らす。奥まで
舌を差しこんで、大胆に粘膜へなすりつけていく。
「んっ、んーー」
 にゅっと舌の根元を歯でくわえ込まれ、自由を奪われて佐由理はあわてたように吐息を
漏らした。ツンとそそり立った乳首をからかうように爪でいじられ、乳房をすくいあげら
れてあえかに喘ぐ。カチカチに尖った乳首の先端は、軽く弾かれるだけでビリビリしびれ、
胸をたわませた。
 くうくうと不自由な声で鳴き、舌を噛まれたまま抵抗するが夫は離そうとしない。
「んうぅぅ‥‥ん、あ、あぁン」
「ふふっ」
 クスリと嗜虐的に笑う健一の表情に、佐由理の裸身は甘くひきつれた。うなじから鎖骨
にかけての感じるラインを指で責められ、首を揺すって懸命にわきあがる快楽をこらえる。
「あ、はぁン」
 不意に夫が舌を解放し、つるんと滑りでた舌先から卑猥なアーチが糸を引いた。
 窒息しそうなディープキスの交歓に呼吸を乱しつつも、佐由理はとろんとした瞳で夫の
目を見つめ続けていた。欲望に目覚めてすっと細まる夫の瞳に、深く求められる感覚に、
狂おしいほどの愛で躯がむせそうになる。
 ショーツが足首から抜き取られ、思わずんっと声を上げる。肌がすうすうすると思った
ら、いつのまにか佐由理はすべて脱がされていた。28の、脂ののった成熟した女の裸身。
ハァハァ白い腹をさらけだし、波うたせる姿は匂いたつばかりに男を誘っている。
「んっ、ダメ、そんな目でみないで」
「‥‥」
 身を縮める佐由理を、なにかぎらぎらした目で夫は見ていた。
 見つめられるだけでカラダがじわりとうるおい、にちゃっと下腹部がひくついてしまう。
瑞々しくしなやかな曲線を描いた躯のラインが、秘められた部分を隠そうとシーツの上で
のたうち、ゆるやかに模様を描く。
 容赦なく妻にのしかかった健一は、恥ずかしさでモジつく妻の下半身を裂くように足を
わりこませた。カタチはイヤがってみせても、薄く上気した裸身ははしたなく相手の体に
吸いつき、躯を押し広げられるまま言いなりになってしまう。
 ぴたりと裸身を重ねあわせ、硬直した分身をひたひた妻の太ももにあてがった健一は、
すぐには挿入せず佐由理の唇を指でねぶった。
「どうしたんだい、今日は。こんなのが好きなのか」
「大胆なのは、んっ、きらい?」
 羞らいつつ、とぎれとぎれにささやく佐由理の唇をこじあけ、ぬぷぬぷと夫の硬い指が
犯していく。唾液を攪拌しながら過敏な舌の腹を愛撫され、根元をつままれて、佐由理は
カクンとのけぞりつつも懸命に彼の指をしゃぶった。
 肉色に染まりすっかり待ちわびたクレヴァスを押しつけても、夫はそそりたった分身を
挿れようとはせず、太いシャフトの腹で裂け目をこじるように擦ってくる。
「あっ、あぁぁン、なんでそんなことするの」
 なよなよ腰を震わせて訴えかけると、夫は抗議の声を封じるように指をおしこんできた。
上下の歯をこじあけられ、汁音をたてて口腔に出入りする指がたまらない。
「こんな昂ぶって、珍しいよな」
 トロンとした瞳を上目づかいにして夫を見やり、佐由理は甘く鼻を鳴らした。
「私、いじめられるのも、結構好きかも‥‥」
「‥‥」
 そっと手を伸ばした佐由理は、使いこまれた、彼女の器をぴったり抉りぬく硬直に指を
這わせてゆく。あやすようにシャフトに沿えつつ手を上下させると、夫の半身は猛々しく
膨張した。みだらにたわむれ、汗ばんだ裸身をうねらせる妻の姿に、いつにない激しさで
肉体が反応してしているのだ。
 佐由理の方も、あふれだした女の蜜がももをつたってシーツにシミを描いている。
「ね、もう、いいでしょう‥‥」
「あぁ‥‥」
 答えながら健一は妻の腰をぐいと引き寄せ、正常位から猛った分身をねじこんでいった。
ぬちぬちっと繊細なヒダをえぐり、馴れ合った肉と肉がぴったり相手を咥えこんで一体化
していく。
「んっ、んんんンンッッ、ん、ふぁァ」
 普段以上に高められ、刺激に飢えていた互いの肌は、めくるめく密着感と高揚感を2人
にもたらした。キリキリ歯をかみ鳴らして妻は肩を震わせ、夫は眉に深いシワを寄せて、
絞り上げてくる肉洞の窮屈さを堪能している。やがてゆっくり彼が動きだすと、こらえて
いた快感のあおりは制御できない嬌声となって佐由理の喉を灼いていった。
「あん、ンッ、あぁぁン‥‥くぅぅ」
 パンパンというより、ずぶ、ぶちゅっと一突きごとに滴りおちる2人の雫が攪拌されて
耳を覆うような淫靡な音律をベットルームに奏でていく。腰から下が溶け崩れて融合し、
まぐわりあう一匹の獣になってしまったような感触。腰をよじり、いざり、乳房を震わせ
て佐由理は啼いた。啼きながら、何度も下腹部で夫の感触を噛みしめ、味わい、そのたび
に気の遠くなるような快感の高みに乗せ上げられた。
 このまま肉も骨も砕かれ子宮の奥へ吸い込まれて、めくるめく最果てに吹き飛ばされる
‥‥ほとんど怖れめいたエクスタシーに恐慌を起こし、佐由理は無我夢中で夫に抱きつく。
健一もまた、腰の抜けそうな収縮感にひたすら両目を閉じ、しゃにむに長いストロークを
どすどすと突きこんでいくのだ。
「あぁっ、んぁァ‥‥ダメ、イクッ‥‥‥‥」
「‥‥!!」
 めったに聞くことのない妻のよがり声に、一瞬、健一は驚いた表情をした。だが、顔を
ゆがめ必死にしがみつく佐由理の姿に、満足げな笑みを作ってとどめに最奥まで貫く。
「んぁぁぁっ‥‥んんぅ‥‥」
 白い喉をさらけだして、佐由理の裸身はくいっと海老状に反り返った。
 ぶるぶると全身がよじれ蕩けて、何もかもが快楽の大波に飲み込まれていく。
 意識も理性もすべてが白々と砕け散り、めくるめく快楽のきわみに連れ去られながら、
反射的に彼女は夫の背に爪を立て、強く強く震えながらしがみついていた。
 そう。このカラダも。この肉も。この血も。この匂いも。
 全部、私のもの。
 誰にも渡したりはしない。私だけの、所有するもの。絶対に、離さない‥‥
 深々と達した夫の分身が激しく佐由理の中でよじれ、ドクドクッと精を吐き出していく。
腰をひきつらせたまま、夫の下敷きになって彼女はヒクンヒクンと余韻に酔いしれていた。

                   ☆

 裸の背中に、佐由理のたてた爪あとがくっきり残されている。いとおしそうにその跡を
なぞると、夫はかすかに顔をしかめた。
「今日はどうしたんだい、佐由理」
「イヤだった?」
 逆に問い返すと、健一は不思議そうな、けれどまんざらでもない表情を浮かべた。
「いや。むしろ素敵だった。最初は驚いたが、久々にのめりこんだよ」
「ふふっ」
「だからこそさ。本当に、何もなかったんだね」
 健一が、もう一度念押しする。淡い照明のなか瞳をのぞきこんだ佐由理は、そこに淡い
疑心暗鬼と不安と好奇心を見てとった。ゾクリと、背すじのどこかがあわだつ。
 夫は何かを気づいていた。でもそれがまさか、自分自身のもっとも知られたくない秘密
だとは、夢にも思っていないのだ。かすかな優越感が、佐由理を大胆にさせる。
 夫のすべては、私のものだ。彼の体も、彼の心も、彼の秘めた秘密さえも。誰にも告げ
る必要などない。ただ、佐由理だけが知っていればいいこと。
 夫は、彼女のものなのだから。
 たとえ夫の命を奪うことになったとしても、彼が他の誰かのものになってしまうよりは
ずっといい。それほどに佐由理は狂おしく夫を愛しているのだ。
「‥‥なんでもないの」
「本当かい?」
 今までの生活が、むしろ優等生すぎたのだ。そう彼女は思う。
 小さな刺激、かすかな後ろめたさ。仄暗い秘密。それが、夫婦をより強く結びつける。
 氷雨で増水し、ごうごうと流れる川音が、マンションの上階まで響いてくる気がした。
激情を、昏い情熱を、すべてを呑みこんで川はおだやかな凪の海へ流れ下ってゆく。
「なんでもないの」
 睦言のように答え、佐由理は夫の腕にもたれかかった。
「愛しているわ、あなた」

                                   



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