グラップル・フィーラー 〜凌辱の美姫〜 01

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瀬戸内、鳴神市。
おだやかな入り江と風光明媚な群島に面するこの市は、つい10年前までは旧臨海工業地域
の遊休化に悩む他の内海の町々となんら変わるところはなかった。それが今では人口80万、
整備が始まったばかりの山陽リニア新幹線も開通し、爆発的な変化を遂げようとしている。
本土における初の経済特区指定――
そして、真っ先に進出してきた多国籍企業――
特に、鴻神サイバイオテック社の躍進が、この発展を支えていると言っていい。
新世代の技術グラップル・ガード・デバイスの圧倒的な普及はいくつもの野心的な企業や
大学機関の招致につながり、小さな漁業の街を西日本きっての大都市に作り変えつつある
のだ。
今や和製シリコンバレーとも呼ばれ、活気のあふれる実験モデル都市が鳴神市だった。
ただし、無視することのできぬ変化もある。
新たな繁栄の輝きは必ずもう一つの側面を、欲望の闇をもたらすものなのだ――


「んッ、く‥‥んんっ」
密室の中、男の力でむりやり床に組み敷かれた少女が身をよじっていた。
本校舎の対角線、体育館の3階にある柔道場は、授業や部活以外でめったに生徒がこない
学校の死角だった。入口近くの壁に固まって寄りかかった数名の男子生徒が、少女の姿を
楽しげに眺めていた。
のしかかられて苦しいのか、少女が大きく喘ぐ。
「どうして‥‥‥‥ンッ」
「‥‥」
早口に囁きかける少女を無視して、男はぐっと身を乗りだした。反射的に身悶えた少女の
襟もとがはだけ、鎖骨のあたりから乳房にかけての胸元のラインがあらわになってしまう。
唇を噛み、悔しげに少女がくりかえす。
「どうして、サイはあいつらの味方をするの‥‥」
すでに男の手は少女の股間にもぐりこみ、完全にそこを押さえつけていた。逃がれようと
する動きに反応して力強い腕がさらに深くがっちり食い入り、少女を刺激する。
「どうして」
おしひしがれ、身をよじりながら少女が言う。
青く澄んだ神秘的な瞳が、不思議な色をたたえて男を見つめ返していた。
うっすら屈辱に染まった頬。瞳には、憧憬とも、おののきとも、反発ともつかぬ何か。
無言の男も彼女に劣らず流麗な面差しをしていたが、その瞳はどこか気だるく眠たげだ。
やや細身で長身、ボサボサの髪をまとめればいくらでも女子にもてはやされそうな雰囲気
がある。
「酷いよ、こんな‥‥サイってば‥‥信じてたのに‥‥」
「‥‥」
「ンッ、だめ‥‥そんなトコ、痛い‥‥」
「‥‥」
「あァン、やっ、いヤァッ」
「‥‥」
「サイ‥‥サイの、えっち‥‥ダメ‥‥」
しだいに少女の囁きがうわずりだし、周囲がざわつきだした。
男の額に、深い険が刻まれていく。厚い胸板に胸を押しつぶされ、畳に指をたててあがく
少女にたまりかね、ついに彼は面倒くさそうにうっそり声をかけた。
「なぁ、いいか」
「ん、ふぁァ‥‥な、なに」
もはや抵抗をあきらめ、ひくひくと跳ねる少女のカラダをはがいじめにして男が言う。
「‥‥試合中に喘がないでくれ。マジで教師がみてる。つか、にらんでる」


「一本、それまで!」


「また、負けちゃった、サイに‥‥」
横四方固めを解かれたあとも、彼女は柔道着の裾を乱れさせ、立ち上がらずに倒れていた。
自嘲とも、自虐ともつかぬ、あきらめの笑いが口を彩る。
「約束、覚えてるだろうな」
「『勝ったほうが、一つだけ負けた方の言うことを聞く』でしょう? わ、分かってるわ」
「上出来」
手を伸ばし、彼女を助けおこしながらなにげないそぶりで男が低く耳もとに囁く。
青い瞳をうるませ、少女ははかなげに頷いた。
「お願い、優しくして」
「‥‥」
「サイの要求は分かってるわ。でも、サイになら、私の初めてをあげ――」
「今朝のこと、あいつらに謝罪しろ。心を込めて」
「――って、せめて最後まで聞きなさいよ、このぉっ!」
「いりすのは本気かボケか分からない」
「なおさらたち悪いっ! うら若き乙女がカラダを張ってボケてるのよ。どう思ってるの」
「おおむね異論はない」
「鈍感、石頭。サイなんか。いーーーだ」
猛然と抗議する少女を風祭西(かざまつり さい)は軽く受けながした。大騒ぎの少女を
注意しかねて苦りきっていた教師に一礼し、すっと壁ぎわまで下がって言う。
「勝負は勝負。約束は果たしてもらう」
「んぬぬぬ」
ふっと唇を緩ませて男子のところに戻った西は、男子からやんやの喝采で迎え入れられた。
駄々っ子のように唇を尖らせ、下がった後もむくれた少女は風祭西の背をにらんでいた。
仲の良い友人、大地伶奈(だいち れな)がほわほわ声をかけてくる。
「どど、どんまい。勝負は時の運だって。ね、早川さんもそう思うでしょう」
「あぁ。次の試合で借りを返せばいいんだよ。いりす」
「‥‥自分たちが勝てないからって、アイツらなに? 助っ人に使われるサイもサイよ」
「大体さ。いりすだから、先生も怒らずに見逃すんじゃん?」
「そそ、そうだよー。早川さん正しい。あんな騒いで、よくゲンコ岩先生が我慢してた」
「伶奈は分かってない‥‥特別待遇なんて、大っ嫌い」
親友の台詞でかえって頭にきたのか、少女の瞳が深みをます。
祖父の血を引くクウォーターだと示す、青みがかった神秘の色と、大胆で柔らかい躯つき。
それでいて腰あたりまで届くストレートヘアはつややかに黒い。ギリシアと日本、2つの
血がせめぎあう深い色のバランスは、怜悧な美貌を冷たくきわだたせていた。
少女の名は鴻上いりす。
家柄・学力ともにエリートぞろいの涛季羽学園、その教師さえ遠慮するのも無理はない。
彼女こそ、今や名だたる多国籍企業にしてG3デバイスの開発元、鴻神サイバイオテック
の令嬢であり、鴻神・ゾイ・タウマスその人の孫娘なのだ。
一目ぼれして彼女に告白し、文字通り秒殺された哀れな男子など枚挙にいとまがない。
「特別待遇なんて‥‥」
「‥‥」
「まだサイの方がいいわ。昔から鈍感で失礼な奴だけど」
「あ。西クンで思いだした。いりすが変な声上げたから、波田織さんが怒ってるぞ」
仲の良いグループの一人、早川沙織があごをしゃくった。名前とうらはらに髪型も口調も
ボーイッシュな彼女は、腕組みして壁に寄りかかっている。
「波田織さんって‥‥波田織郁(はたおり みやこ)さんが? どうして」
「嫉妬に決まってんじゃん。あの子、西クンの隠れファンだから」
早川につられて目を向けたいりすは、ギラギラした瞳とぶつかってたじろぐ。取りまきと
一緒になった波田織都は、レーザー射撃さながらの睨みを浴びせてきていた。
「‥‥呪われそうな視線なんですが」
「そうだね」
「相変わらずなおでこの広さも呪われそうね、彼女」
「えっと、ん? 今日は良いお天気だな、っと」
「‥‥意気地なし」
「ま。HU−TRIC社ご令嬢としては。こう、鴻神サイバイオテックの令嬢がライバル
として気になって仕方ないって感じじゃないの。西クン取られちゃうぞ、いりす」
「なによ、早川まで私をからかって。知らない。あげる、あんな奴」
「さささすがー、よゆーだねっ」
つんといりすが鼻をあげると、なぜか嬉しそうに伶奈がいりすの腕にからみついてきた。
大きな目をまたたかせて諭すように言う。
「それでこそ。西君のことなんかいいのよ。いりすには私たちがついていてあげるんだし」
「なんでそうなるの」
「女の子にもてるんだし」
「あんまり‥‥その、嬉しくない」
「わ、私が会員第一号だし」
「なんの」
「”いりすちゃんゲットし隊”の」
「会員一人きりでしょ」
「な、ななな、なんで知ってるのぉ?」
ふうとため息を吐いて、いりすは試合形式の授業に目を戻した。
フラれた腹いせに下らない噂ばかり流す男子生徒たち。ここ一月ぐらいで急激に増加した
違法改造G3による犯罪が最近の彼らのお気に入りで、根も葉もない噂にいりすが怒った
‥‥というのが、今朝のトラブルの経緯だった。
そこになぜか風祭西が介入してくる。それが、彼が男子の味方だったのが、無性に悔しい。
(お爺様の発明は、犯罪に悪用されるものではない。この私が、必ず‥‥)
柔道場に射しこむ冬日を眺め、いりすは黙然と思いをめぐらす。
そうして――
「――いりすはギュッと押しつけられた、自分よりもたわわな胸の感触にはんなり頬を赤
らめるのであった」
「‥‥」
「赤らめるのであった。まる」
「‥‥な〜にウソ実況してるの伶奈。どっち向いて誰に喋ってるのよ」
「わ、わわっ。モニタ画面に決まってるじゃない。カメラ目線でアピールしとかないと」
「カメラ目線ってどこ。大体そこ換気用の格子窓‥‥」
「伶奈の応援も、よろしくね? 出番少ないけれど」
「話を聞きなさいよ、それ以前に汚いから床に這いつくばるな」
「この美乳でご奉仕しちゃう♪」
「わっ、窓に胸押しつけて何やってるの! ウソはやめなさい、伶奈は全然ないでしょう。
美乳っていうより、一文字違いで微乳のぺったん――」
「う、うひゃー。真実をバラすのはこの口か―!」
「うぐ‥‥もが、やめなさいってば、ナイチチのくせ‥‥もが」
「仲の良いことで」
あきれ返って2人のじゃれあいを見つめながら、早川がそれぞれの袖を引っぱった。
「それ以上騒ぐと。今度こそゲンコも仲良く食らいそうだよ、お二人さん」
「ひぁぁぁ」
「ぐぉぉ」
「‥‥ちょっと、遅かったかな」


               ‥‥‥‥‥‥‥‥


「もー、ゲンコ岩の奴ったら。女の子の頭をなんだと思ってるのよー」
頭をさすり、鴻神いりすが早口でまくしたてる。
授業が終わり、週末の解放感あふれる涛季羽学園の廊下に瀟洒な制服がひるがえっていた。
白系統でまとめられた冬服は学園の内外から人気が高い。独創的なデザインは、セーラー
服というよりむしろ女の子向けにアレンジされた学ランだった。前開きの詰襟服は首から
下をきっちり覆い、大きな3つボタンで留められている。淡い青のセーラーカラーはただ
の装飾となって少女たちの肩から背中を流れるように彩っていた。
手首で折りかえす袖口と詰襟、セーラーカラーにはアクセントのラインが入っている。
「いりすも賭けに負けたくらいで素直に謝ることなかったと思うんだよ」
「そうそ。アイツら、すごいイヤ〜な感じに勝ち誇ってたし」
下駄箱で靴をはきかえつつのお喋りが、二階まで吹き抜けのエントランスに反響していた。
涛季羽学園の校舎は、近未来的なデザインの市街とは対照的に重厚でアカデミックだ。
「私も同感だ。今朝だって男子がケンカ売ってきたんだぞ。あれは」
「いいのよ、早川さんも」
校門を出たところでクルッとふりむいた鴻神いりすは、翳りのない表情でにこっとした。
純粋な笑みに、クラスメイトが一瞬ドキリとなる。
「賭けに負けたのは私。力が及ばなかったのも私。悔しいのも私。自業自得だから」
「‥‥殊勝な心がけね、鴻神さん」
暖かみのあるしとやかな声をかけられ、いりすたちのグループはぱっとふりむいた。
「樹里先生!」
「今から帰る所? ご一緒していいかしら」
ポニーテールをかるく傾げ、パンプスを鳴らして立ち止まった平良樹里(たいら じゅり)
はいりすに微笑みかけた。ジャケットとタイトスカートが風に揺れ、すらりとした女教師
の足を美しく際立たせていた。G3研修と情報処理を担当する彼女は、若く清楚な容姿と
物柔らかな言葉づかいから男女を問わず生徒に支持されていた。
ぞろぞろ下校する生徒に混ざって歩き出した彼女は、冗談めかして鴻神いりすをにらんだ。
「今日は派手に騒いだそうじゃない。フフッ、教員室で岩井健吾先生が弱ってたわ」
「大丈夫ですよ、先生。私、ちゃんと約束は守っていますから」
「そう? ならいいけれど」
「な、なな、何? いりすと平良先生の約束って」
なにやら意味深な会話を耳にして、大地伶奈がじれったそうに割り込んでくる。一瞬顔を
見あわせた2人は、ふふっと秘密めいた笑みを交わして同時に口にした。
「――むやみに男の子に手をださないって約束」
「――グラップル・ガードを悪用して教師をからかわないって約束」
「2人とも言ってること違うー!」
ショックを受けた伶奈のわきで、いりすがじろっと平良先生を見あげる。
「しかも日本語おかしいし。『手をだす』なんて、私が男好きみたいじゃないですか」
「あらあら、ちょっと間違っちゃった。『手を上げる』よね」
「ちょっとじゃないですっ」
学園の近辺は区画整理された高級住宅街だった。綺麗に緑化された並木道をしばらく歩き、
シビックパークをつっきると鳴神グリーンマートはすぐそこだ。
いりすの抗議をふわふわ受け流していた平良先生は、何に気づいたかふと目を輝かせた。
「あら。そういえば鴻神さんのソレ、機種はディーセント・ケアね」
「もう、流さないで下さいよ‥‥これですか」
宙に掲げられた鴻神いりすの左手には金属のオープンフィンガーグローブがはまっていた。
表面のASCインジケータがキラリと光を反射する。
グラップル・ガード‥‥G3デバイス。個人が所有するにはまだ高価なこの端末をいりす
は常に身に着けていた。しかもディーセント・ケアは数多い機種の中で唯一G3キューブ
なしに擬装手を使える、きわめて汎用性の高い最上級のデバイスだった。
そのいりすと同じ機種を買ったばかりなのだと、平良先生は自慢げにひけらかす。たしか
に左手の甲に装着されたデバイスは鴻神いりすのものと同一だった。
「私の場合、お爺様に頂いたんですけれど、買うとなると高かったんじゃありませんか?」
「どうかしら‥‥」
小首を傾げ、平良先生はちょっと計算をするみたいに考えこんだ。
「でも、愛車売っちゃったから全然大丈夫だったわ」
「うそっ!」
「それ全然大丈夫じゃないし!」
「やっぱり授業で情報処理を教えてるからですか?」
「あー、なるほど。勉強熱心なんですね、先生」
大騒ぎで畏敬のまなざしを向ける生徒にちらりと瞳を投げ、平良先生はしっとりほほえむ。
「私、ほら、筋金入りのデジタルマニアだから。欲しくて我慢できなくて、つい」
「‥‥駄目大人だった」
「しかもかなりハイグレード」
「うん」


と‥‥
談笑しつつ鳴神グリーンマートに足を踏みいれた鴻神いりすは、不意に立ち止まっていた。
ゾクリと、背筋のうねるような悪寒。
モダンな街灯の立ち並ぶ大通りには主婦やOL、学生らが行きかい、ショーウィンドーを
覗いたりしていた。デパートのいくつかからは派手な垂れ幕も掲げられていた。
すべてがいつも通り、人々と車の雑踏でにぎわう光景。
なのに、世界のすべてが鏡のごとく砕けちったような不快感を鴻神いりすは感じたのだ。
「ッッ!」
「平良――先生? いりすも、どうしたの」
はっと我に返った時、立ちすくんだ鴻神いりすの脇で平良先生が顔をしかめ左腕を押さえ
こんでいた。気づかず先に行きかけていた友人たちがあわてて戻ってくる。
「ううん、ちょっと昨日の古傷が」
「古傷!?」
「あ、ううん、じゃないの。えーと、え−と、ふる‥‥古着を縫ってたらケガしちゃって」
何やら苦しげな言い訳を口にしかけた平良先生の台詞は、女性の絶叫にさえぎられていた。
通りの向こうで噴きあがったOLの絶叫に、その意味に、誰しもが凍りつく。

                 ・・・・・・・・・ 
「イ、イヤァァ‥‥なにアレ、なに、あの触手はァァァ!」

ガバッとふりむいたいりすは、そこに、さっきまで何もなかった・・・・・・・・・・・街灯の天辺に吊り下げら
れた2つの肉の塊を‥‥いや‥‥悶え、あられもなく喘ぐ全裸の女性を目にしていた。
ありえない状況だった。
前触れなく視界に現出した裸身は、グロテスクな触手にがんじがらめにされ、とめどなく
犯されてよがり狂っていたのだ。つかのまギョッとしていた通行人が、あわてて彼女らを
助け下ろそうと街灯にしがみつき、
「お、おい、大丈夫か君たち‥‥グァァッ!」
あっという間もなく擬装手のうねる一振りで車道の反対側まで吹き飛ばされる。擬装手を
操るべきG3デバイスは犯されている女性の手に嵌まっていたが、明らかにコントロール
を何者かに奪われ、暴走していた。
「擬装手犯罪ね‥‥おそらく、悪質な、愉快犯の」
低い声で呟き、平良先生が立ち上がる。さっきまでとまるで違う厳しい顔つきだ。
「け、けけ、警察呼ばないと。お巡りさん、なんとかしてくれるかな?」
「ダメね」
「ダメよ」
裏返った大地伶奈の声に、即座に答えた鴻神いりすと平良樹里は目を見交わした。
違法改造G3による犯罪を、現状この国の警察は阻止できずにいた。治安力としてのG3
デバイスに法的な定義がないため、警察は実効力としてこれを使用できないのだ。法改正
の遅れを重くみた鳴神市ではHU−TRIC社の暴徒鎮圧用パトロイドを試験導入したり、
サイバイオテックの技術供与を仰いだりしていたが、ときに重機クラスのパワーさえ発揮
する擬装手に生身の警官が立ち向かえるはずもなかった。
確とした決意を秘め、平良樹里は左手のディーセント・ケアを構えた。まだ腕が痛むのか
顔をしかめつつ、生徒たちをかばうように足を踏みだす。
「擬装手に対抗できるのは擬装手だけ。私があれを、痛ッ‥‥アレを、抑えるわ。だから
鴻神さん、あなたちは、通行人がパニックを起こす前に、この場から早く離れ‥‥」
「断ります」
凛とした声が、沈黙をうみだしていた。
おどろく平良樹里や友人の凝視を受け、鴻神いりすはG3の嵌まった左手を握りしめた。
「お爺様の発明を悪用する犯罪者は、私の敵です」
「鴻神さんダメ。これは教師としての――」
「この力はそういう力だとお爺様に教わりました。人を助ける力だ、ただ便利な機械じゃ
ないと。そのお爺様と同じことをあの時言って下さったのは、樹里先生じゃないんですか」
「‥‥」
「今、人を助けられるこの力を、先生は否定されるんですか?」
ざわざわと膨らんでいく群集を前に、いりすと平良先生が正面から向き合っていた。
神秘的な青い瞳の底が揺れ、昂ぶった思いに揺れている。
――永遠にも感じられる拮抗を、やがてため息とともに、平良樹里の一言が破った。
「‥‥分かったわ」
「はい!」
「鴻神さんと私があのG3を抑えこみます。あなたたちは急いでこの場から離れなさい」
「は、はいっ」
「いりす‥‥ムチャしたら怒るからね」
不安げに後ずさりする大地伶奈に鴻神いりすは軽く手を上げる。向きなおった瞳は冷やや
かに街灯を見つめていた。
生徒たちが充分離れるのを見届け、平良樹里はふっと笑みをもらした。
「巻き込んでゴメンなさい。生徒を守るのが私の仕事なのにね」
「いえ‥‥私こそ、ムチャ言ってます」
「分かっているのに、あなたは引こうとしない‥‥変わらないわ」
きっぱりと言い放ったいりすを頼もしげに見つめ、そうして2人は走り出した。
ディーセント・ケアは悪用をふせぐため、使用者が自分の声で登録した承紋(パスコード)
で完全に能力が覚醒するようになっていた。口元にデバイスをあてがい、平良先生が言う。
「いい?」
「いつでも行けます!」
タイルで舗装された歩道を疾走しつつ、鴻神いりすと平良樹里は同時に承紋を口にした。

『虚無を食らいてよみがえれ!』
『さぁ、お仕事よ、ミギーちゃん!』

二振りのディーセント・ケアが起動した。
滑らかなグローブの表面に光が走り、眩い輝きとなってあふれだす。内蔵されていたナノ
バイオクラスターがこぼれ、使用者の投射テレパスに反応したのだ。手の甲の直上、ごく
小さな空間がひずみ、万色の渦が、ナル空間への亀裂が生じる。裂け目からあらわれたもの
こそ鈍くぬめる無数の擬装手、フィーラーだった。
いりすの黒き擬装手と、平良先生の純白の擬装手。奇しくも補色の関係だ。
「ミギー、ちゃん‥‥?」
「ええ、そうよ。ウフフッ、かわいいでしょ」
いっとき、両者を沈黙がへだてていた。
人の流れに逆らって走りながら、鴻神いりすはぎこちなく訊ねかけた。デバイスの覚醒で
変成意識野が強制的に拡大し、前を向いたまま女教師の横顔とフィーラーを視認できる。
ぐにぐにうねる白い触手は、どう好意的に見ても可愛らしいモノではなかった。
「名前、つけてるんですか。グラップル・ガードに」
「そうよ。愛しい相棒(バディ)だから」
「‥‥」
「相棒だから」
「‥‥‥‥」
「夜の、相棒?」
「下品なジョークで含み笑いしないでくださいっ」
「うふふ、マニアなの、私」
「全然なんの免罪符にもなってません」
なぜか相棒(バディ)のイントネーションだけが完璧だった。
そこだけクリアに発音しなくてもいいのにと、痛切にいりすは思った。愛車一台分の費用
を投じたわりに、ネーミングセンスがあんまりじゃないかとも。
勇気をふり絞ってもう一つだけ質問をぶつけてみる。
「ミギーなのに、左手?」
「右手用と左手用、注文する時に間違っちゃったのよー、うふふっ」
‥‥たしかに、激しくなにかが間違っていた。


暴走した擬装手の真下では、修羅場が始まろうとしていた。
右往左往する人々に向け、街灯の上の擬装手が無数の肢を伸ばしだしたのだ。逃げ遅れた
若い女性が一人吊り上げられ、むりやりにブラウスを引き裂かれて絶叫した。
――それが、パニックの引き金となった。
「イヤァァァァ!!」
「うわ、わぁぁ、うわぁぁ!」
雄叫びのような声をあげ、恐慌にかられた人々が押し合いへし合いどっと走りだす。
狂乱して迫ってくる人波を前に、平良樹里は手首をひねった。
するりとデバイスから滑りだした純白の擬装手がバネのようにねじれてしなり、地を叩く。
ピシリと舗装されたタイルにひびが入り、次の瞬間、平良樹里の姿は消えた・・・。
「通行人を巻き込みたくないの。一気に翔んで!」
「はいっ」
上空から降ってきた・・・・・・・・・声に応じて、いりすも擬装手を地に叩きつける。
荒っぽい衝撃、続いて重力の呪縛がふっと緩み‥‥
いりすと樹里は、擬装手の一撃で街灯の天辺のさらに倍近い高みまで舞い上がっていた。
ビル風にまかれかけ、とっさに擬装手を網のように射出してバランスを取る。
つかのま、いりすの周囲に静寂が下りた。
テレパスによって広がった変成意識野は、上下左右を完璧に把握していた。
足下の群集は完全に我を見失っていた。元凶たるグロテスクな擬装手の森までは街灯の間
隔で4本近くへだたっている。落下にともなう慣性で接近するには遠すぎた。
3人の女性を絡めとリ、毒々しく咲き誇るは大輪の菊。花弁の一枚一枚がのたうっていた。
(このまま、一気に上から攻めるわよ)
(‥‥樹里先生!)
指向性のテレパスが直接いりすの脳裏に流れこんだ。
どうやってと訊ねるより早く、滞空中の樹里のカラダが大きく弾んだ。白い擬装手が眼下
の街灯に巻きついたと思うや否や、しなる反動で遥か前方のビルに飛び移った樹里は足の
裏で外壁に着地し、壁を蹴って触手の塊に向け殺到したのだ。
天翔けるは無垢なる白き翼。
電光石火、跳弾のごとき鋭角な軌道を描き、なびくポニーテールの尾を曳いたグラップル
フィーラーが、暴走G3に、触手の婀娜花へと襲いかかった。
あまりにも猛々しく、闘いなれた者の所作‥‥見る者誰もがそう感じたことだろう。
「シィィッッッ!」
逆上ともとれる触手の蠕動が唸りとなって大気を震わせる。
邂逅と激突はまさに一刹那だった。
ディーセント・ケアからあふれだした擬装手は樹里を包み、触手の豪雨を叩きつけて肉弾
と化した。ただの一撃でタイルさえ砕く打突の連撃。ふりそそぐ猛攻は、迎撃せんと舞い
上がってきたグロテスクな擬装手とぶつかり、肉が肉を撲つ鈍い打擲の剣戟を打ち鳴らす。
はじきあう触手の手数は互角、しかし重力の加速を載せた分、樹里に分があった。
先んじて粘つく触手の海を切り裂き、擬装手の一本が正確に暴走G3の本体へ疾った――
だが。
「‥‥クッ」
G3を叩きわらんとする寸前、樹里の擬装手はピタリと停止していた。
プログラムされた防御反応なのか、敵は凌辱されていた別の女性の裸身を盾に使ったのだ。
間髪入れぬ反撃に、樹里が伸ばした擬装手はあっけなくねじきられて組織崩壊する。
一秒にも満たない躊躇が攻守を逆転させた。
「キャッ」
なまなましく淫靡な仕草で粘ついた触手に腰を抱きかかえられ、樹里がはじめて女らしい
悲鳴をあげる。嫌悪感に身をよじって離脱しかけた樹里はうっと呻いて左腕を押さえた。
過度の肉体の酷使が、忘れかけていた痛みをぶり返させたのだ。
「クッ‥‥やはり、昨日の手傷が‥‥」
慙愧の思いで呟く平良樹里の全身にはすでにびっしり触手が巻きつき、両手足をギリギリ
とらえて絞りあげていた。ポニーテールはべっとり粘液にまみれ、太ももの付け根にじわ
じわと触手が食い込みだす。凌辱されよがりなく女性たちと一緒に、拘束された女教師の
肢体は触手の森に閉じ込められ、ずるずる飲み込まれはじめた。

すべては、鴻神いりすが風を切って次の街灯にたどりつくまでの秒間の攻防だった。
「鴻神さん、ダメ‥‥ムチャよ、逃げて」
「樹里先生!」
悲鳴をあげ、いりすが翔ぶ――軽率な行動だった。
経験乏しいアクロバティックな行動のせいか、焦りゆえか、距離を稼ぐために叩きつけた
黒い擬装手は街灯そのものを傾がせ、いりすを不安定に宙に放りだしたのだ。
視界が反転し、いりすは背中から前方に投げ出された。
「‥‥!?」
ビルの4階近い高度で華奢なカラダがバランスを失い、下の群集から悲鳴がわきあがった。
咄嗟に、いりすはディーセント・ケアから放射状に擬装手がほとばしらせた。
慣性の法則で墜落する少女を冷や汗がおそう。
触手のいずれかが手がかりを得なければ、彼女は確実に車道に叩きつけられるのだ‥‥!

一方、平良樹里は肌を嬲りつくす触手から必死になって身を守っていた。
執拗に、力任せに、女の肉体を屈服させようとまとわりつくは大輪の菊の花弁、あるいは
捕食するイソギンチャクか。ビリビリとタイトスカートを引き裂いた触手は懸命にガード
する内股に粘着質な愛撫をあびせ、やがて訪れる最悪の凌辱への慄きを高めていく。
「イヤァ、イク‥‥またオカシク‥‥んンッッ」
「だめよ、あなたたち、お願い、正気を取り戻して‥‥!」
狂ったようにひくひく裸身を波打たせ、気持ち良さそうにハァハァと太い触手を咥えこむ
犠牲者たちに、悲痛な樹里の叫びは届かない。救うべき相手が目の前にいながら、救出に
飛びこんだ樹里もまた理不尽に性感をまさぐられ、新たな凌辱の贄となりつつあった。

危うい空中遊泳の果て、いりすの指が手がかりを『掴みとった』。
限界まで伸ばした一本がビル上方の電光掲示板を掴んだのだ。落下速度をスイングに変え、
擬装手を巻きとった彼女は車道の植え込みをかすめて振り子のように上空に放り出された。
ビルに接近した一瞬、外壁に無数の擬装手を突きたてて停止し、いりすは全力で跳躍する。
今度こそ完璧に‥‥
視野の正面、平良樹里と、犠牲者の手首で輝く暴走G3が見極められた。
(あの子のデバイスを弾き飛ばして!)
(!!)
不意に、平良樹里の切迫した喘ぎがテレパスになって流れこんできた。
(暴走したG3を抑えこむ方法は2つきりなの。使用者を気絶させるか、G3を奪うか)
(はい!)
暴走G3とディーセント・ケアの二度目の対決。次はない。
接近する敵を認識し、蠢きくねりつつ防御陣を描こうとグロテスクな触手が立ち上がって
――そして、痙攣しつつ硬直した。
ギシリと、拮抗する力と力が苦しげな音をたてて軋む。
「ふふっ‥‥舐められちゃ困るわ‥‥二度も負けるとでも?」
低く、勝利を確信して笑うのは、平良樹里だった。
「教え子を同じ目に合わせるわけ、いかないじゃない」
動きを阻まれ咆哮する暴走G3の触手を、純白の擬装手が投網さながらに抱えこんでいた。
樹里のディーセント・ケアがまばゆく輝く。全身を無力に固定され、弄られつつも、彼女
の意志力はひるむことなく暴走G3の迎撃を阻んでいたのだ。
いりすの姿がみるみる近づく。少女のデバイスから雲霞の如く擬装手が滑りだす。
かろうじて樹里の妨害をのがれた触手が焦ったようにいりすに向けていっせいに迸り‥‥
その時には、すべてが手遅れだった。
「今よ、鴻神さん」
「‥‥ここだッ!!」
グロテスクな弾幕をかいくぐり、触手のあぎとをかすめつつ滑空したいりすは一撃の元に
暴走したG3デバイスを女性の手首から剥ぎ取っていた。
金属音をたて、大きくへこんだG3デバイスが彼方へ吹き飛んでいく。
ぶぅん、と。
断末魔の音を発し、車道で跳ね返った暴走G3デバイスの背後で、擬装手を構成していた
肉片がゆっくりその形を失い、溶け崩れながら勢いよく地面にしたたりだした。


                ‥‥‥‥‥‥‥‥

      
「先生、大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと、オッパイもまれちゃった。案外悪くない手つきだったかも。てへ」
「てへじゃないと思います」
「‥‥よくやってくれたわ。ありがとう」
平良先生はギュウッと鴻神いりすを抱きしめ、素直に感謝の意をあらわした。ボロボロに
破かれたブラウスの胸元からたわわな乳がこぼれていりすの頬をくすぐり、赤面させた。
「あああ、あの、お乳が、その、くすぐったくて」
「うふふふ。けっこう自信ありなのよ。サービスサービス」
「男の子にしてあげてください。ぜひ」
ジタバタともがいて離れたいりすのカラダを鋭くみやり、平良先生は安心して息を吐く。
他の女性たちは平良先生が擬装手で助け下ろし、救急車を待つばかりだった。
「ケガは、していないようね。どう?」
「はい。ちょっと筋肉が張るくらいで大丈夫です」
「よかった。なら、すぐこの場を離れなさい」
「え?」
不意に冷ややかともとれる表情に戻り、平良先生は続けた。
「じきに警察がやって来るわ。鴻神さんはその場にいない方がいい」
「ど、どうしてですか。私、正しいことをして、人を助けたのに‥‥」
「犯人の狙いが鴻神サイバイオテック信用失墜にあったとしたら? あなたが通りかかる
タイミングを狙って事件を起こしたとしたら? 偶然なんて誰も信じないわ。おかしな噂
が広がりかねない」
「そんな‥‥私は‥‥」
「いいの。あとは先生の仕事だから、あなたが背負うことないの。私に任せて」
ふっと緊張がとぎれたのか、うるみかけた青い瞳を見つめて平良先生は優しくうなずいた。
いりすが一歩踏み出し、平良先生が彼女の肩を引き寄せ、そして。

「おっ、お嬢様ーーーーーーーー!」

けたたましいブレーキノイズが、2人の会話をさえぎっていた。
正面の車道に乗りつけられたのは、真っ赤なオープンルーフのコルベットだった。
ざわざわっと人の輪が怯え、さらに遠巻きになっていく。
無理もなかった。なぜって、そのコルベットから踊りあがるように歩道に飛び出してきた
のは‥‥
「お嬢様に何をしているんですか! い、い、いかがわしキーーーーーッッ!」
「‥‥」
「‥‥‥‥」
嫉妬のあまり日本語さえ忘れてまくしたてる正真正銘のメイドだったから。
およそ日本ではお目にかかることもない、黒で統一されたゴシック調のメイド服。しかも
間断なくずり落ちるメガネを直している容姿は基準以上の若さと美貌を備えていた。
「若ニャ九ラ‥‥鯛! くぁwせdrftgyぶったいlp@BOT!!」
「‥‥」
「foァ禎うpぁって縺ョ。らグ疹諤ァ壺障の臭lsざxsgvfbhんj!!」
「‥‥」
「‥‥? ‥‥!??」
ようやくそこで自分が言語を話していないことに気がついたのか、メイドはあわてて口を
閉ざした。鼻の下までずれたメガネを押さえつけ、腹式呼吸をくりかえして息を整える。
「どこまでお話ししましたっけ」
「‥‥‥いや、一語たりとも聞き取れなかった」
「それは無念」
「‥‥」
「‥‥」
再び口を開いたメイドは、さっきまでの異常など何もなかったと言わんばかりに涼やかな、
理知的な口調で話しかけた。
「そこのハレンチな服装のあなた、事と次第によっては警察に届けでることになりますが」
「鴻神さん。この方‥‥どなた?」
目をぱちぱちさせ、しごくもっともな質問を平良先生がいりすに向かって投げかける。
鴻神いりすは即答した。
「ストーカーです。残念ながら私専用の」
「ウソっ!」
どうやら、警察に連れて行かれるのはメイドの方らしかった。


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