Fool in Love 〜バカラブ〜 前編

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 ――まだ、連絡は入ってこない。
 何度目だろう、オフィスの時計を見あげて私はイライラとため息をついた。時刻は午後
3時、日付が24日に変わってもう半日も過ぎてしまった。寒気団のおかげで晴れ上がった
窓の景色が、言いようのない焦りをつのらせていく。
 同僚のOLたちも退社時刻が気になるのか、しきりにそわそわしていた。
 クリスマスイブ。年に一度の聖なる夜。
 OLにとっても、妻子持ちの社員にとっても、アフター5が恋しい日。
 こんな日に予定もないのはお局ぐらいなもの。今も、細田先輩が浮わつくOLの会話を
冷ややかな目で咎めるように睨んでいる。その視線が急にこちらを向いたので、あわてて
うつむいた私は書類の作成に戻った。あの人は苦手だ。
“細田みさき先輩ね、営業部の上司と不倫してるらしいよ。関わんない方がいいって”
 誰が言うともなく耳にした噂だ。
 仕事一辺倒の姿を見ているとそれも納得してしまう。冷たくていかにも近寄りがたい。
いくら仕事ができたって、売れ残ったOLには『女』の選択肢なんてそうはないんだろう。
クリスマスに一緒に過ごす相手さえいないんだから。
 ‥‥ほんの一週間前まで、私だってそう思っていたのに。
 カタカタ。カタカタ。
 販売推移のデータを打ち込みながら、気持ちはただただ制服の中の携帯に向いている。
まだこない。まだ連絡がない。まだアイツから、電話がかかってこない。
「‥‥」
 叩いても叩いてもキーボードは返事をかえさない。無機質な数値の羅列が延々と続く。
 なんで連絡をよこしてくれないの?
 そんな程度なの?
 ぶちまけてやりたい苛立ちだけが、しんしんと積もっていく。仕事の手ははかどらず、
単純なミスを何度もくりかえしては次第に惨めな気分に駆られていく。
 純からの、アイツからの連絡はない。
 ひょっとして、私も一人きりのイブを過ごすことになるんだろうか‥‥?
 分からなかった。私が知るわけなんかない。悪いのはアイツなんだから。
 そりゃ、私も短気な方だけど、それ以前にアイツがバカなことばっか言うから頭にきて、
一週間前に大ゲンカをして以来、私は純と口さえ聞いてなくて、メールも交わしてなくて。
 だから、その。
 ‥‥私は、クリスマスイブの予定さえ、彼氏から聞いていないんだから。


               ‥‥‥‥‥‥‥‥


「なぁ玲子。クリスマスって‥‥けっこう特別な日だよな」
 そう純が切り出したのはイブの一週間前のことで、外見からは想像できないほど逞しい
純の腕枕にもたれた私は裸の胸を彼に押しつけてて‥‥つまり、そこはラブホテルだった。
「初のイブだね、純との」
「そうだな。去年は野郎同士集まって寂しかったんだ、ひどい飲みでさ」
 大げさな純の口調にクスクス笑う。お互い社会人一年目、学生気分はまだまだ抜けない。
そういう意味でも純は等身大の彼氏だった。
 すごいテクニシャンてわけじゃないけれど、純とのセックスはあったかくて、優しい。
必要とされる感じがなにより気持ちイイし、私の変化を見て緩急をつけるのが上手なのだ。
本当言えばセックスはそんなに好きじゃないけれど、でも、純の喜ぶ顔だって好きだから
応じている、そういうニュアンスもある。
「クリスマス・イブかー。期待していいのかしらん?」
 いいながら、私の胸は昂ぶっていた。セックスの興奮とは違う、ときめきのようなもの。
社会人になって初めてのクリスマス。どんな思い出を残そうか、夜景を見にいって、その
後のディナーはどこかな、とか、そういうイメージがドンドン膨らんで。
 何をプレゼントしようか。彼は何をしてくれるんだろう、プレゼントだって‥‥
「それで実は、玲子に頼みがあるんだ」
「うん、なに?」
 ときめいて彼を見つめる。うん、せっかくだから、なるべく彼の頼みも聞いてあげたい。
なんだろ。ドレスコードの指定とかだったらドキドキしちゃうよね。かなりグレード高い
フォーマルなレストランで、彼氏と2人優雅なお食事。いいかもしれない。
「普段、いつもあんまり、一生懸命できないジャン。あっても食事だけ、ってのも多いし」
「‥‥え」
 ところが、彼の会話はだんだん変な方に転がりだして。
「だからさ‥‥俺も、玲子のことを気遣って、なかなかできないプレイもあったりして」
「プ、プレイ?」
 なんだか、いやーな予感が背筋を走っていく。そろそろ止めさせなきゃいけない感じ。
なのにヒートした純ときたら私の制止なんか耳に入ってないみたいで、しまいには素っ裸
のままベットの上で土下座をはじめて、
「頼むッ、漢(オトコ)有坂一生のお願いだッッ」
「‥‥」 
「その、えっと‥‥クリスマスのセックスのときに、手錠、かけさせてよ。いいだろ?」
「‥‥‥‥は?」
「頼む。玲子を縛らせて。俺にソフトSMさせて! ね? ね?」
 ‥‥その晩、たぶん純とつきあいだしてから一番激しく、かってないほど私はキレた。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


(そして今に至る‥‥と)
 退社時刻が近づき、職場のざわつきがいっそう大きくなる。
 5時を回ろうとしている時計を見つめ、私はふぅっとこれも何度目かわからない吐息を
もらした。物悲しいような、切ないような、複雑な気分だ。
 クリスマスのデート=変態セックスOK! そうインプットされていた純の頭を疑う。
 別にダメじゃないのだ。
 ただ、あんな頼まれ方、あまりにもバカにされているみたいで、まるでカラダ目当てで
付き合っているような気分にさせられて、純が悪い奴じゃないのは分かっていたはずなの
に怒りが収まらずに、勢いで喧嘩別れしてしまったのだ。
 しまいには彼も開き直り。
『デートの準備はしておくけど、玲子の方から電話がないかぎり誘わないから』だそうで。
そんなことを言われて、じゃあ私から謝れるかって、そんなの不可能ごとだと思う。私に
だってプライドがあるから、だから‥‥
 だけれど、どっちかが連絡を入れない限り、イブの夜ははじまらないのだ。
 制服のポケットに入っている携帯がひどく重かった。なんで電話してくれないの。本当
に一人きりのクリスマスになっちゃうよ? 純はそれでいいの?
 あんまり、ぼんやりしすぎていたんだと思う。
「‥‥さん‥‥‥‥生さん」
「‥‥」
「麻生玲子さん」
 不意にびくっと目を上げる。
 いつのまにか私の手はすっかりいい加減に動いて、作成していた書類は数値がほとんど
デタラメに入力されたまま、そして、細田さんが強い光を溜めた目で私を見据えていた。


「どういうつもりなの?」
「‥‥すみません」
「スミマセンじゃなくて、あなた、今朝私の言ったことを忘れてしまったの? その書類
は今日中に作ってって頼んだのに。あなただから信頼しておいてみれば、あの体たらく」
 なぜか給湯室に呼び出され、重苦しい雰囲気で私は細田さんに叱られていた。
 返す言葉もない。
 どんなにイヤな先輩であれ、細田さんが仕事の上で尊敬に値する相手なのは事実だった。
データを渡された時、念を押されたことも記憶にある。
「まったく。若い子は結局、こうなのね」
「‥‥」
「イブだから、彼と会うから、だったら仕事は適当でいいなんて。順序が逆でしょう」
「‥‥‥‥」
 細田さんは苦手だ。この人は特に私に絡んでくることが多い。エクセルもワードも自由
に使えるせいで他のOLより面倒な仕事をまかされ、よく注意される。そんなの理不尽だ。
「何かあったの、麻生さん。今日は特に集中力をかいているようね。気がかりがあるなら、
先に解決して、仕事には集中して望みなさい。でないとむしろ迷惑よ」
「わ、私は、その‥‥」
 反射的に弁解しかける、その、ときだった。
 不意に、手が制服のポケットに伸びていた。何か予感めいたものに誘われて携帯を開く。
同時に携帯が鳴りはじめた。
「あ、麻生さん‥‥」
 呼びかける声が急速に遠のく。
 電話がかかって来る前から、純だって分かった。今日一日待ち続けていた電話。ワンコ
ールと待たず、即座に出る。
「純? 遅いよっ、いつまで待たせんの」
 沈黙から一泊遅れて、ビックリしたような、純の声が耳元にあふれだしてきた。
「え、玲子‥‥取るの早ッ! ワンギリしようかと思ってたのに」
「しなくて良かったね。私を怒らせるとこだったよ」
 にこやかな顔で声だけは冷たく。携帯の向こうで身震いする音さえ聞こえた気がした。
「で、その‥‥さ。お誘いに、上がったんだけれど」
「うん」
「その‥‥この間の、アレ、本気なんだけど‥‥その、俺‥‥」
「ムカついたけど、許す。今回限り」
 息を吸って、ひとこと。
「いいよ、純。私も‥‥してみたい、から」


 電話を切ると、呆れ顔の細田さんが腕を組み、私をねめつけていた。視線の冷ややかさ
に思わず身がすくむ。今すぐ仕事を切り上げて彼氏に会う‥‥なんて言ったら、この人は
どんな反応をするだろうか。
「そわそわして。仕事一つ上がらないと思ってたら、あなたも電話待ち組だったとは」
「‥‥」
 キョーレツな皮肉。
「おまけに私の話まで完璧無視して、さすが今年の新人はずぶといわ。腰かけOLばかり」
「なっ」
「お茶くみと男性社員への媚が売りなら、黙って座ってなさい。仕事教える必要ないしね」
 さすがに、カチンときた。
 私は、少なくとも自分の仕事には誇りを持っている。こんなになったのは今回だけだし、
いつも真面目に取り組んでいるのに、どうしてこの人は‥‥
「何しているの。気がかりなんだから行ってあげなさい。仕事はもう上がっていいから」
「そんな、先輩だからって言って良い事と‥‥って、え?」
 今、何を言われましたか?
 細田先輩は冷ややかな笑みを浮かべたままだ。
「私が仕事を肩代わりしてあげるから、あなたは早く上がっていいわと言ったのだけれど。
言って良い事と‥‥なに、かしら?」
「‥‥なんでもない、です」
 どうして?
 いきなりの優しさに、むしろ薄気味悪ささえ感じてしまった私は動けずにいた。
 いつも私が細田さんの小言を嫌っていることぐらい、この人は知っているはずなのに。
なぜ、突然のこの温情には裏でも?
「年に一度くらいはね、お局だって仏心をおこすのよ」
 にまぁっと。
 イヤな顔で、細田さんは笑った。私の心なんかお見通しといわんばかりに。
「しいて言えば、だけど」
「はい」
「あなたは恋愛を理由に、仕事をサボったことが一度もないからよ。さ、行きなさい」
 本心なんて分からないけれど、その時の細田さんはやけに優しい目をしていて、台詞の
秘めたおそろしさに震え上がったのは会社を後にしてからだった。
 ‥‥どのOLがいつ、恋愛を理由に仕事をサボったのか。
 あの細田みさき先輩なら、冷笑の影で全員の実態を把握していても私は驚かないと思う。
 

                ‥‥‥‥‥‥‥‥


 30分後、私はイルミネーションのきらめく街角にたっていた。
 辺りを包むのは人待ち顔の若い男女のさざめき。その中央には、駅前にそびえたつ電飾
のクリスマスツリーがすでに聖夜を照らし出している。
 とん、と肩を叩かれ、ふりむくと純がいた。知的な表情が光の下で踊っている。
「お待たせ、玲子。遅くなったね」
「遅い。遅すぎてナンパされたかと思った」
 口を尖らせて抗議。でもきっと、私の顔も純と同じくらいにやけていると思う。久々の
再会がそれだけ嬉しくて、仲直りが聖夜なのはいっそう嬉しかった。
 本当は、こんだけ心配させた文句をがぁっと並べつくして、まだ足りないくらいなのに。
 純が、恋人が、そばにいてくれるだけでこんなに暖かいから。なんだか言いたいことも
溶けて忘れてしまっている。
 彼の手に腕をからめ、私は軽く首を傾げた。エスコートまかせたよ、なんて具合に。
「行こうか。今日は寒いし、カラダが冷えちゃう前にね」
 

 純のエスコートは文句のつけようがなかった。
 ホテル最上階のイタリアンレストラン、それも窓際の席で夜景を見下ろしながらの食事。
華やかなイルミネーションの街路をドライブして、ライトアップされた教会でミサに参加
して。近々と寄せ合うカラダをそのままに、ちょっとグレードの高いホテルへ。
 お給料のこととかを考えても出費が大変だったと思うし、そんな野暮を抜きにしたって
私はもうすっかり聖夜の雰囲気に甘く酔わされていた。
 部屋の中でプレゼントを交換して、そこでまた笑ってしまったり。
 だって、一週間口もきかずにケンカしていたのに、しっかりクリスマスのプレゼントは
買っておいたんだから。本当、2人して強情なところまで似ていると思う。
 ま、だからこそ、好きになったのかもしれないけれど‥‥
「玲子」
「純‥‥」
 ベットの端に座って交わしたキスはしっとり濡れて、心を揺さぶるには充分すぎた。


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