馴致 その3

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完全に凍りついた私の前で、ようやく外れた手枷のカギが転々と転がりだしていた。
シーツの上を弾み、埋もれる小さなカギ。それが気に入ったのか、しきりにテトラが
前足で転がし、そして、次第にベットの端の方に追いやっていくのだ。
「んんンッ、んふぅぅぅゥーーーーッッ」
喉の奥で声も吐息にもならぬ絶叫をあげ、慌ててテトラを押さえつけようとして‥‥
わが身の浅ましい現実に愕然となる。
みっしりと革の手枷足枷に塗り固められた彫像そのものの裸身。
今の私は、テトラをつまみあげることさえできない、どころか声を荒げて叱りつける
ことさえできない、文字通りの無力な状況におかれていたのだ。
それでも、被虐の官能に浸かりきって力なく折りたたまれた下半身を悶えさせ、深く
シーツに沈みながらも無意味にあがきまわって子猫に近づこうとする。たぷんたぷん
乳房をふりまわし、はたから見たらさぞ扇情的だろう煩悶も、エクスタシーの苦しい
痙攣を押し殺す私にとってはこれが最後のチャンスなのだ。
とにかく、カギさえ手に入れれば、あとはこの辛い一人遊びから解放されるのだから。
一度に5センチずつ、10センチずつ、じりじりと子猫ににじりよっていく。
駄目よテトラ、違うの‥‥
それは、あなたのオモチャじゃないの‥‥やめなさい‥‥!!
本当に‥‥怒る、から‥‥だから‥‥
「はグぅぅ!」
ぐらりとよろめいて踏んばった瞬間、鮮烈な快感が衝撃となってカラダを貫いていた。
ニップルチェーンが足枷の紐にからまり、私は私自身の全体重で爛れきった乳房を、
すでに虐めぬかれてジンジン痺れている乳首を、円錐形に引き伸ばしてしまったのだ。
純粋な、まじりっけなしの痛みに涙があふれだす。
ひどい、こんなの‥‥カラダ、壊れちゃう‥‥
つんのめった躯が、頭からひっくりかえりそうになる。
あわてて体を支えかけた手はしかし革の枷に引き戻され、今度は逆に自分の漏らした
おしっこの痕に顔からつっこみかけていた。焦って弾ませたカラダは反動でずるりと
滑り、かせいだ距離をあっというまもなく引き戻されてしまう。
まったくの無駄。手を休めた子猫までのほんの1メートルが、はるかに遠すぎるのだ。
「ン、はぅ‥‥ンンッ」
乳首の痛みに上体を折ってよじったカラダを、つぅんとマゾの愉悦がつきぬけていく。
不思議そうに首を傾げるテトラにさえ、子猫にさえ弄ばれ叶わないこの現実ときたら。
あまりに、あまりにいじましくて、私をおかしくさせていく。
本当に‥‥どうして、私はこんなに惨めな目にあわされているんだろう‥‥
ひどすぎる‥‥こんなので、もう、感じちゃっている‥‥
ゾクゾクッと悦びに口の端から涎があふれ、下腹部でジュブブとバイブが蠢き、甘い
甘い悦楽がびっしょりと全身にしみわたっていく。もはや、裸身を嬲りつくす情欲に
あらがうのがやっとの私は、這いずることさえ満足にできないのだ。
「みャ、み?」
私をじっと凝視していたテトラが、ふたたび興味を失ったのかカギに向きなおった。
焦燥と恐怖にかられ、大きく瞳を開いて口枷から嗚咽をもらす。
駄目、お願い、テトラ‥‥それだけは‥‥
許して‥‥
「くぅ、んん、ンンンッッ」
「ミ゛ャン!」
叩きつけた前足に弾かれたカギは、放物線を描いてベットのふちを飛びこえて。
そのまま、あっけなく、視界から消え去った。


時が、止まった、ような気がした。
チン、チリンとフローリングの床に金属音がこだまし、そして静寂が戻ってくる。
手枷のカギを、拘束を外す唯一の手段を、失った。
薄ら寒い事実が、状況が、認識が、紙のようにうすっぺらく頭の中を上滑りしていく。
脱出の手を奪いとられ、イかされ続けたカラダは消耗しすぎていて。
もう‥‥
私は、二度と‥‥
この拘束から、死ぬまで‥‥脱出、できない、の、だろうか‥‥‥‥?
‥‥
‥‥‥‥
転がり落ちたカギを、さっきまでカギがあったはずの場所を、私は呆然と見つめ‥‥
刹那、発狂せんばかりの桃源郷が、快楽の深淵が、怒涛をあげて殺到してきた刺激の
濁流が、緊縛され発情した汗みずくの裸身をのみこんでいた。
イったばかりのカラダがたちまちよがり始め、昇天へのカウントダウンを刻んでいく。
未だに止まらぬバイブに犯され続けて、せわしなく弾む四肢は私の意志をうらぎって
ひくひく蠢き、縛めの残酷さを嫌というばかりこの躯に味あわせてくるのだ。限界を
知らぬアクメの途方もない刺激が、ひらすらに神経を灼きつくしていって。
「ひィィ‥‥グッ、うブッ」
あまりの快美感に息さえ詰まりかけ、ボールギャグの中で激しくむせこんでしまう。
辛い、苦しい‥‥
極まった快楽の頂上が、こんなにも、痛みにさえ、近いなんて。
酸素不足で意識が白く染まっていく感覚さえ、ただ果てしなくとめどなく快楽衝動を
あきあがらせて。ビュクビュクンと、男性みたいに悶え汁をクレヴァスのほとりから
垂れながし、なす術もなく躯を革の枷に預けきったまま、上気しきった裸身で被虐的
な絶望の調べをどこまでも奏でさせられて。
ただ、私は無力に、拘束された肢体をしどけなく突っ張らせ、のたうつしかなかった。
嫌というほど味あわされた、エクスタシーの頂点めがけて意識が遠のいていく。


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


「あ、お早うございます、佐藤さん」
「お早う、水谷君。今日もずいぶん早いのね」
扉を閉めたところで耳にするのは聞きなれた爽やかな声。ちょっと胸を弾ませつつ、
私もとっておきの笑顔で答える。
「部活の方で集まりがあって‥‥駅まで一緒に行ってもいいですか?」
「いいわよ。せっかくだし、腕でも組んでいきましょうか」
「は、はは‥‥もう、参るなぁ、早紀さんには」
年下の男の子をからかうのがこんなに楽しいなんて。
今朝もまた、彼を異性として意識する自分を再発見して、新鮮な気持ちになれるる。
アパートの隣の住人、水谷碌郎(ろくろう)君は最近越してきた大学生で、はにかみ
気味の笑顔がかわいらしい好青年だった。
何度か宅配便を預かってもらったのがきっかけで仲良くなり、最近はバーに誘われる
こともある。まだ男女の関係ではない、けれど、お互いに強く意識し、惹かれあって
いるのはまぎれもない事実だった。
OLと大学生、本来なら生活時間もずいぶんズレそうなものだが、お隣同士の私たち
はたいてい毎朝マンションの廊下で顔をあわせることになる。
「じゃ、行きましょうか」
「そうですね」
並んで歩きだすのがごく自然に思えるほど、私は彼を身近に感じるようになっている。
かわいい年下の子。
それだけでないミステリアスな部分も、彼は持っていた。
セルフボンテージを始めるようになったきっかけ。
危うく他の人に見つかりかけて、何も知るはずのない彼に救われたこと。
およそ出来すぎなほど、彼は私の自縛プレイに知らず知らず関わってきている。
それゆえ、私は疑ってもいた。
実は水谷君が、佐藤志乃さんのご主人様だったのではないのだろうか‥‥
彼こそが、私に拘束具を送りつけ、自縛マニアに調教してのけた、まだ姿の見えない
ご主人さまその人ではないのだろうか‥‥


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


「う‥‥」
つらい、つらい意識の浮上。
酸素が欲しいのに水面がはるか上にあって、泳げば泳ぐほど沈んでいく‥‥
「‥‥ッ、あむ、んんンッ」
目覚めると同時に口腔いっぱいに食まされた口枷が軋み、歯を立ててむさぼるように
ボールギャグを噛み絞っていた。たまった涎を苦しい思いでふたたび飲み干していく。
ひどく空腹で、ひどく気だるく、そして、喉が渇いていた。
あれほど濡れそぼっていたボールギャグも、かなり乾いてきてしまっているのだ。
しずみかけた残照が、室内を照らしている。
顔を傾けて日の残り具合を確認しようとすると、ベランダをしきる窓ガラスに私自身
の完璧な拘束姿が鏡写しにあぶりだされていた。もう、それほどに夜が近いのだ。
‥‥時間の流れに、なんの意味があるのだろう。
縄抜けの、セルフボンテージからの脱出に、私はしくじったのだから。
ただの一度。そして、致命的なミス。
TVが消えていたのは、お腹をすかせたテトラの仕業だったのだなと今にして思う。
その子猫も、彼女が弾き飛ばしたカギも、どこにも見当たらない。
「‥‥」
もう、おしまいなのだろうか。
完膚なき絶望しか、残されていないのか。
縛りつけられた手首に目をやる。硬い革のミトンに指の自由を奪われた手。仮にあの
カギを手にできていたしても、この手ではカギをつかむこともひねることもできない。
まして、その手首を縛りつける手枷の鍵穴にカギをさすなど、物理的に不可能なのだ。
最初から穴だらけの杜撰な計画で。
とにかく早く気持ちよくなりたくて、いい加減なセルフボンテージを施してしまって。
「うぅ、うぅぅ‥‥」
涙があふれた。悔しさと、情けなさと、自嘲がグチャグチャになっていた。
こんな躯で感じまくって、本当にもう何度イかされたか数えることさえできないほど
よがり狂わされて、これが、この貪欲で意地汚い姿が、奴隷としての私なのだ。
だって‥‥
こうして悶えているのさえ、気持ちよくて、死にそうなんだから‥‥
ジュブ、ジュブブッと、淫らな律動が下半身で響いている。喰い緊める秘裂の内側で
粘膜をかきみだすバイブの振動。かなり弱くなってきたリズムに合わせて、今だって
腰がグラインドして、止まらないんだから。
恥ずかしい‥‥バカみたいで、このままいくらでも飛べそう‥‥
「‥‥」
長く息を吐き、じょじょに、ゆっくり躯を起こしていく。
このままで良いはずがない。まだ、なにかあるはずなのだ。忘れていた何かが‥‥
その時、ようやく呆けた頭が引っかかっていたことを思いだした。
ひどくのろのろと上体を起こしていく。
キシリ、キシリと上半身を何度もうねらせ、窓ガラスに映った自分を確認する。
自分の背丈より長い金属のポールを背負わされ、両手をみっちり括られて前屈みの姿。
ゾクゾク背を嬲るマゾの妖美さにあてられぬよう、脱出方法をふたたび検討していく。
たしか、最初の自縛後‥‥
理性を取りもどした時に頭をよぎった可能性は2つあったはずなのだ。
一つは手枷のカギをニップルチェーンからはずし、ミトンをかぶされた手でどうにか
手枷を自由にすること。すでに失敗した手だ。
そして、もう一つ。
背負った磔柱から飾り玉を外し、手枷を固定する金具そのものをポールから抜き取る
こと。それがができれば、カギなどなくても自由を取り戻せる。
きっちり両端に嵌まった飾り玉を、ポールのネジ溝に沿って回転させ、外す‥‥
でも、どうやって。
肘も手首も固く締めつけられていて、裏返すことのできぬ緊縛姿では、飾り玉を手で
回転させることが不可能なのだ。仮に手枷がゆるんだとしても、なめらかな飾り玉の
表面は、革のミトンではつかめず回転させられないのではないか。
「‥‥」
実際に手首をひねり、懸命に飾り玉をつかんで回そうと試みる。
革手袋の表面が飾り玉の球面でつるつる滑り、どうやっても、どんなに力を込めても、
この不自由な体勢では回転する気配もない。ミトンの表面で飾り玉を磨いているよう
なもので、逆にどんどん手がかりを失い、回せなくなってしまうのだ。
どうしよう‥‥
深い、絶望の暗闇が足元に口をあけて待っている。
もはや背中合わせの感覚。ううん、すでに、私はこの虚無に飲まれているのかもしれ
ない。縄抜け不可能だと、この拘束は残酷なのだと、身にしみて感じているのだから。
今度は、腕をベットにすりつけてみる。
飾り玉を回転させるように、背負った磔柱の端をこするようにして弧を描く。うねる
シーツになるべく均等に力を加え、少しでも嵌まったネジ溝がゆるむようにと期待を
かけてじりじりした作業をくりかえすのだ。
何度も、何度も。
長い金属ポールを背負っての作業はひどく疲れるものだった。もどかしい作業のせい
で躯が焦れ、消耗がそのまま疚しい不自由な快楽に、マゾの官能にすり変わっていき
そうになる。乳首の疼痛を、下腹部のうねりを、ぐっと噛み殺して悶え続けるのだ。
「ふグ、んむぁぅ」
いらだった声が甘く乱れ、ギョッとしてさらに腕をこめていく。
感じてしまってはいけない。それだけははっきりしている。
しかし‥‥
ピクピクンと背筋が引き攣り、自らの行為の惨めさに、その望みのあまりの薄さに、
裸身が痺れはじめていた。こんな非効率的な作業に意味があるのだろうか。ここまで
完璧に私自身の手で施された自縛が、この身を陶酔させるほど無残に食い入る拘束が、
今さらあっさりほどけるとでも思っているのだろうか。
だとしたら、あまりにご都合主義で、いい加減な妄想じゃないだろうか‥‥
やがて息が切れ、ようやく作業を中断する。
柔らかいベットに擦り付けたところで手ごたえなどない。けれど、ひょっとしたら、
少しでも緩みだしているかもしれないのだ。
おそるおそる手首をひねった私は飾り玉に触れ、力を加えて緩んでないかたしかめる。


左右の端についた飾り玉は、溶接されたかのようにびくともしなかった。


「うぅン、ハァ、ンンンッッ」
こらえきれずに倒錯した喜悦の喘ぎがあふれだす。
幾度となく、手を返し品を返し、くりかえし肌にすりこまれていく無慈悲な絶望の味。
わかりきっていたことだった。当然、あの時の私はこんな単純に外れるような仕掛け
を用意して、自分にセルフボンテージを施すはずがないのだから。
何よりも私自身の発想を知り尽くしている、もう一人の、サディストの私自身の罠。
どうやったって、逃れようがない‥‥
「あぁ、ぃあぁァァ」
ぶるぶるっと、魂の奥底から揺さぶりかけるような被虐の波が覆いかぶさってきて‥
アクメへの階段を駆け上がりながら、くるんと意識が暗転した。


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


あの朝も、いつものように水谷君は照れた笑みを浮かべていた。
「週末のこと、なんですけど‥‥どこが、いいですか」
「‥‥」
爽やかな笑み。嬉しげな表情。その彼を、私はきちんと見ることができない。その朝
が、バーテンに脅されて調教の約束をさせられた次の日の朝だったからだ。
「実は、ちょっと変わったバーを見つけて」
「‥‥」
「バイト代も入ってきたので、良かったら俺にもおごらせて下さい」
すごく嬉しかった。同時に、期待もしている。
SMにのめりこんでいるとはいっても、私もまだ普通の恋愛を捜し求めているところ
はあって、ようやく積極的になってきた年下の彼が発するサインは分かりすぎるほど
感じ取ってしまう。
ここしばらく恋をしていない。最近、久しぶりに、そうなりかけているのを感じる。
だから‥‥なのに‥‥ううん、だからこそ‥‥
「ゴメンなさい」
「え」
「急なことで悪いのだけど、用事が入ってしまったの。だから、その」
「キャンセルですね。分かりました」
傷ついたような目を伏せ、さとられまいと水谷君はかえって明るい声を上げていた。
答えてあげたいのに。
本当は、彼にリードされても良いかなって、思いだしているのに。
今の私は、彼とつきあうわけにはいかないのだ。
なぜって。
その時、私はもう、私自身のカラダじゃなくなっているかもしれないから。
バーテンとの約束の期日は2週間後。その後、私があの女性バーテンのモノになって
いないと、あの人だけの奴隷に堕とされていないと、誰が断言できよう。
拒絶するつもりでいる私でさえ、本気で迫られたら逃れられないと感じているのだ。
だからこそ。
彼を好きになれそうだからこそ、裏切るようなことはしたくない。
だから‥‥


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


「はっ、ハァァッ」
ぶり返してきた淫虐の熱に浮かされ、私はギシリギシリと身をよじって悶えていた。
唐突にあふれだす、尽きることのない甘い果実。被虐の陶酔にかられ、火照った肌は
いくらでも刺激を受け入れてしまうかのようだ。
腰を浮かし、振りたててみる。
とたんにビチッと濡れた音がつぶれ、強烈な痛みと狂おしい愉悦が神経に流れこんで
くる。みっちり股間をクレヴァスを左右に裂き、バイブの底だけを残して長い全体を
みっちり肉洞に埋め込ませている張本人‥‥拘束衣の革ベルトが、みじろぎに合わせ
クリトリスを揉みつぶしながらギクギク前後に擦れてしまうのだ。
こんもり左右にくびれ盛り上がった恥丘の谷間で、真っ赤に爛れているだろう肉の芽
が、クレヴァスからのぞく淫核が、たえまなく甘い高熱を発して私を煽り立てるのだ。
「‥‥ッ、ムフゥッッッゥ、くぅ、んブ、オブッ」
息もつかせぬ連鎖的な絶頂と昇天。
跳ねる腰がとどまることなくアクメを導き、びっしょり濡れそぼって繊細な毛を張り
つかせるみだらな潤滑液が、この期に及んでさらに私をいくらでもイかせようとする。
悩ましく惨めな愉悦によって奴隷ならではの快楽を与えられ、躾けられて‥‥
従属させられた私は抵抗もできず、強制的にイかされるばかり‥‥
ガクガクンと裸身が跳ねた瞬間、腰が抜けそうなほどに深く渦を巻いてアソコが収縮
しはじめた。みちみちと粘膜をまきつかせ、絡みつき、ざわざわとバイブを引き込む
ように蠢く。
セルフボンテージの、残忍な緊縛がもたらす快楽の極致。
ほうけた意識はしだいに現実とその他の境目を失いつつあるようだった。
ひっきりなしにテトラが耳ざわりな鳴き声をあげている。お腹がすき、この娘も不機
嫌になってしまっているのだ。せめてこの声に、この異変に誰かが気づいたら‥‥
しかし、それが甘い期待だということは理解できていた。
ペットOKなマンションは防音もきっちりしていることが多い。つまり、ここでどれ
ほど暴れよがり狂っても、異常は外に伝わらないということだ。
時折、人や車の音が届いてくる。多くの人々が普通にウィークエンドの夜をすごして
いるのだ。マンションの廊下を歩く靴音さえ響いてくる。
‥‥彼らは、扉一枚へだてた向こうで絶望にのたうち、脱出不可能な自縛に苛まれて
助けの手を求めるOLがいることなど気づかないのだ。
閉ざされ、カギをかけたドアでは、どのみち誰も入ってくることなどできない。水谷
君が運良く気づいてくれたとしても、そのときには、私はもう‥‥
「!!」
はっと瞳を押し開き、私は逸る可能性を冷静に検討しようとしだしていた。
部屋の間取りがこうなっていて、ドアの向きがこっち側、ということは、つまり‥‥
ドクンと胸が波打ち、苦労して鼓動を刻んだ。
間違いない。
今横たわるベットの、頭を向けた壁の向こうが、水谷君の部屋だったのだ。とすれば。
この時間、あるいは彼が大学から帰ってきているのかもしれない。
もどかしく腰をズリ上げるようにしてカラダを起こした私は、背中を壁に押しつけて、
ドンドンと金属のポールを壁に叩きつけはじめた。
届くだろうか‥‥
運良く、かって宅配が来た時そうだったように、彼が居てくれないだろうか‥‥
私に、私のSOSに気づいて、ご主人さまがやってきてくれたなら‥‥
ドン、ドンドン。
背をこじって壁をノックする音の弱々しさが、あらためて私の消耗を示していた。
息切れで目が眩み、必死に酸素をとりこもうと胸をあえがせる。
乱れきった呼吸に上半身がよじれ、それでも括りつけられた両手を壁に打ちつける。
ぞわりぞわりとバイブにからみつく下腹部のぬれそぼった粘膜の蠕動。微細な肉ヒダ
は休むことを知らず、別の生き物のようにソレをむさぼりつくす感触にとめどなく、
この瞬間でさえふぅふぅと追い上げられ、いいようによがらされてしまうのだ。
イきたくないのに、アソコは、いくらでも感じちゃうんだ‥‥
おっぱいだって、ヒリヒリ痺れて敏感になっちゃって‥‥
ここまで調教されきった今の私を見たら、ご主人様は、どう思って下さるだろう。
喜んで、私を褒めてくれるだろうか。
いっぱいごほうびをくれて、佐藤志乃さんにそうしたように、私のことも奴隷として
可愛がってくださるのだろうか。
「‥‥」
意識が錯乱しているなと、ぼんやり、思う。
何をイメージしているんだろう。
ご主人様が、まるで、隣の彼であるかのように思いこんで。
水谷君がご主人さまだなんて、なんの証拠も根拠もないくせに。私に都合の良い結末
を勝手に思い描いているだけなのに。
そんな、うまく行くはずが‥‥ない‥‥‥‥
いつのまにか動きは止まり、私は壁にぐったりもたれかかっていた。
壁の向こうから反応はない。
しんと静まりかえった室内が、徒労であったことを告げている。
やっぱり、無駄だったのだ。
最後の、唯一の可能性さえ失った私は、果てしなく絶望の縁に落下していく。
終わらない、とどまることのない凌辱の多幸感。
クレヴァスが真っ赤に充血して、クリトリスが革のベルトに揉みつぶされて、一つ一
つの刺激が鮮明に、クリアにカラダを灼きつくして、ビチビチッと音立ててきしむ磔
の両手に、淫獄の拘束に希望を奪われた私は、薄れかかった意識を悦虐の奈落に沈ま
せてゆく‥‥


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


縛られたカラダだけが、熱い疼きを主張していた。
バーテンの脅迫を受け入れ、自棄になってしまったのか。たまたま悪酔いしていたか。
あるいは‥‥他の女性客にまじってふたたび後ろ手に縄掛けを施され、被虐の境地に
酔ってしまったのか。
「だからね、あなたの自縛はどうも危なっかしいような気がするのよねぇ」
私の意見になど耳をかさず、女性バーテンは首をひねっていた。
「また引っかけですか。違います。私にはご主人さまが」
「ええ。分かってるわ。だからこれは仮の話。もし、あなたがSM好きの自縛マニア
だったら。そういう『もしも』の話よ」
「ふぅん、そうですか。もちろん、その仮定は間違っていますけれど」
私のセルフボンテージは素人めいて危なっかしいと彼女はいうのだ。私自身そんな事
を言われて引き下がるわけにいかなくなっていた。
不自由な体を乗りだし、バーテンの瞳を挑戦的に覗きこむ。
「‥‥もし、もしもバーテンさんの言うとおり私が自縛マニアだったら、なにがどう
危なっかしいというんですか。プロの視点とやらで教えてくださいよ」
「うふふ」
そーきたか、そーきましたねと二度笑い、バーテンはカウンターの向こうに動いた。
別の客にカクテルを出し、再び戻ってくる。
何もかも見透かすような、少しだけ意地の悪い女性バーテンの笑み。
変わらぬ笑みをたたえて彼女が告げる。
「早紀ちゃんの場合、気持ちだけが先走りすぎているような気がするの。技術や冷静
な判断がついてきてない感じ。いつか、手ひどい失敗をしそうで‥‥それが心配だわ」
「‥‥」
「ムチャしないでね、お願いだから」
顔を上げた彼女は、本気で不安そうに、まるで今にも私を抱きしめたそうに、そんな
瞳でこちらを見つめている。
だからだったのか。
「ふぅん。じゃあ、私がそんな窮地に追い込まれたら、助けて下さいますか?」
「ええ、すぐにでも行くわ。だから呼んでね」
彼女の返事は即答だった。


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


バーテンの姿が目の境を浮かんだり消えたりしている。
あれ、今のはなんだったんだろう。
幻視? 記憶の、混乱? 夢‥‥
なんだかよくわからない。
拘束され続けているせいか、カラダに現実感がないのだ。
ぼんやりと、遠い高みで意識が自分を見下ろしている、そんな多幸感。
ふわふわ浮き上がったエクスタシーの悦楽は、まるで自分のことをひとごとのように
意識させて現実逃避をさせている。天井を顔をむけたまま、ぐったり疲弊しきった私
はベットに倒れこんでいた。
充分タオルやシーツを敷きつめていたにもかかわらず、股間の辺りがムズムズ気持ち
悪い。愛液とおもらしがしみこんで、嫌な濡れた肌触りなのだ。
両手は、相変わらずビィンと棒にそって伸びきり、拘束されたまま微動もできない。
首の下に横たえられた金属のポールの頑丈さをあらためてカラダで思いしる。
何時なのか、どのくらい経ったのか。
もはやそんな問いかけに意味はない。夜らしいという漠然とした体感ばかり。
太ももにへばりついて乾いた愛液に新たなオツユがしたたりおち、ぬらついていく。
かろうじて気力を振り起こし、首を傾ければ、窓ガラスに映ったあでやかな拘束姿に
いやでも瞳は吸い寄せられてしまうのだ。
一点の迷いも妥協もない、完膚なき自縛の完成形。
決して、二度と、自力では抜けだせない『嵌まり』のセルフボンテージ。
この思いを味わうのは、何度目だったのか‥‥
案外多いような気がして、われしらず心の中で苦笑する。
だとすれば、女性バーテンは正しかったのだ。いつも紙一重の幸運に助けられただけ
で、私自身は技術も冷静さもない、未熟なマゾの予備軍だったのだと。
絶対に脱出不可能な自縛。
マゾの愉悦にむしばまれ、自力では何一つ身悶えも許されずに衰弱していくほかない、
快楽反応に痙攣するだけの愛玩用のドールに自らを仕立て上げてしまう。
決してやってはならないとされる禁断の自縛。
けれど本気で破滅を望み二度と戻れないほどの絶頂を望むなら、実に簡単だったのだ。
文字通り最後の最後までイキ続ける、そんな極限の自縛なんて‥‥
「んぉ‥‥ん、ンフ」
身をもって思い知るこの衰弱、この消耗、このおののき。
これはセルフボンテージなどではない。
自殺志願者が、自らのあがきを完璧に封じこめる為に施す緊縛にほかならなかった。
あるいはそれは、奴隷に堕とされたい、一方的に無抵抗に身を投げだしてご主人様に
すべてをゆだねて可愛がられたい、そうした痛切な被虐の疼きが歪んだ末のものなの
かもしれない。
あの女性バーテンに出会って、抑圧してきた奴隷願望が加速したのかもしれない。
私の中でふくらむ破滅願望。
今、ここに完成しているのだ。
自縛したOLは自分自身の仕掛けた陥穽に嵌まりこみ、終わらぬ恥辱に弄ばれていく。
そして‥‥
それも、じきに終わる‥‥
「‥‥」
気づけば、甘い鳴き声をあげる力さえ残されていないような感じだった。
浅い息を吸うたび、胸がひくひくと上下してニップルチェーンをさらさらと揺らす。
じきに、衰弱しきった私のカラダは快楽衝動にさえ反応できなくなるだろう。
誰も、誰一人私の存在に気づくこともない。
もはや完全に脱出の望みをうしなった私はすべてを諦め、このいとおしい被虐の情欲
に、慣れ親しんだマゾの快楽に、緊縛の肌触りにゆったりと身を沈めていく。
両手をギッチリと縛りつける革拘束の感触が、最高に気持ち良かった。
恥ずかしい姿で、惨めな自縛の最期を迎えて、おそらくは止めることのできぬバイブ
に犯され続けて‥‥それが、私の、すべて。
もう、二度と私が浮上してくることはないだろう。
二度と。
決して‥‥‥‥‥‥
このまま、悩ましい縛めに悶え苦しみ、取り返しのつかぬ無力感に溺れながら‥‥‥


                    Total  daily  - 

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