仮宿 その1

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「好きなのよぅ、ユージが。したいの、彼と」
「‥‥微妙なギャグね」
「って言うか、オチになってないし。ソレ」
 11月の学食内部には暖房がいきわたり、暖かな木目を生かしたロッジ風のデザインが
果てしない睡魔と気だるさをあおっている。吹きつける木枯らしは耳に遠く、恋の悩みを
聞きだすにはぬくぬくとした空調だ。だから、モジモジためらう時羽(ときわ)菜穂子が
トロンとした瞳を宙に漂わせて呟いた時、私たちの返事が呆けていたのにも、それなりの
言いわけはあるのだった。
 私の隣にいた葉村宏明など、律儀に椅子からずり落ちてみせる。
「一発ギャグにしちゃぬるいよ時羽さん。どうせウケ狙いなら『文香お姉さまが〜』とか、
さっきの仏文Bの禿げた教授とかでもいいんだし」
「葉村君? なぜそこで私の名前を?」
「あ‥‥いや谷崎さん、いまのは例え話だから。怖いなぁ、その顔」
 わざと音をたてて珈琲カップを置き、私は葉村をにらみつけてみせる。
 けれど、いつもならそこから始まる冗談の応酬は、真剣な顔の菜穂子に止められていた。
「わ、私‥‥ジョークなんか、言ってないから」
「‥‥‥‥」
「本気なの、私」
 冗談じゃ、ない?‥‥時羽菜穂子の瞳をのぞきこんだ私の心が、トクンと大きく震える。
ほんの二月前、井沢祐司は私の彼氏だった。菜穂子も葉村もそのことを知らない。だから。
「お願い。力を貸して。葉村君も、文香も」
 彼女のお願いは、井沢祐司を含めた私たち4人の大学生に訪れた、変化の季節の始まり
だった‥‥

                   ☆

 テニスサークル『風きり羽』の新入生のなかでも、井沢祐司はひときわ目立っていた。
遊びなれた洒落っ気とソリッドな風貌を併せもつ姿は同じ新入生に思えず、2浪している
と聞いた時は妙に納得したものだ。
「谷崎文香さんか。よろしく」
 初めて彼と会話を交わしたのは、先輩の運転で新歓合宿に向かうヴァンの中でだった。
手を差しだされ、びっくりしながらの握手を覚えている。握った手は大きく暖かく、祐司
はまぶしい笑顔を見せていた。
「こちらこそよろしくお願いします、井沢さん」
「ハハ、敬語はカンベン。大学じゃ現役も2浪も3浪も同じさ。気楽に行こうよ、ね」
「あ、うん‥‥井沢君」
「文香ー、ずるいー。私にも紹介してー」
「‥‥さすが、祐司は高倍率。俺なんかダメさ。オッズ高そうだよ」
 後ろのシートからは菜穂子がかじりつくように身を乗りだしてきて、その様子を葉村が
ニヤつきながら茶化している。知り合ったばかりなのに、打ちとけた雰囲気。
「よせって。そう言う葉村こそ、昨日の飲み会で王様ポジションに陣取ってたじゃないか」
「あれ、そうだっけ?」
 はやりのTVドラマみたいな人間関係だと、わけもなく胸がときめいたものだ。


 思えば、出あってすぐに、私たちは今のバランスを作り上げていた。
 社交的で大胆な祐司に、4人のストッパー役をつとめる冗談好きの葉村。私は思った事
を何でも口にする性格で、菜穂子はおっとりぽややんとしている。そして全員、テニスに
惜しみない情熱をそそいでいた。
 私たちがほどなく仲の良い友人同士になったのも、ごく自然な成り行きだったのだろう。


 ビリビリと強風が学食の窓を震わせ、葉村が思わず首をすくめる。あまりにまっすぐな
時羽菜穂子の視線を受け止められず、私は手元の珈琲カップに視線を落としていた。
 頭をよぎる記憶の欠片を押しやり、会話に注意を戻す。
「本気なのか‥‥そうか、分かった」
 低く語尾を沈ませ、葉村は一転してカラッと陽気な声を張りあげた。
「よし。俺も男だ。こうして悩みを聞いたからには、全力でバックアップするぜ」
 言いながらチラリと私の方を見る。
「そ、そうね。私も手伝うわ」
「ありがとう、文香。葉村君もー」
 彼女が、祐司と私の過去を知るはずがない。分かっていても、チクリと胸の奥に痛みが
走った。自分をごまかす痛みなのか、彼女に対する後ろめたさなのかは分からないままに。

 
 数日のち、私は井沢祐司を誘って、いつかのジャズバーに来ていた。
 バーの奥にあるステージでは、ファーストセットを終えた演奏者がトランペット片手に
お辞儀している。カウンターに腰かけると、ひとしきりの拍手を送って彼が向き直った。
懐かしいバーに懐かしい2人きりの雰囲気。チリチリ心のどこかが疼いている。
「珍しいね。文香のほうが俺を誘ってくれるなんて」
「そうかしら?」
「ああ。てっきり俺は‥‥いや。まずは、乾杯しようか」
 せっかくのお誘いだしねと私に微笑みかけ、井沢祐司が軽くグラスを触れ合わせてくる。
澄んだ音とは対照的に、グラスの中のカクテルは燻り、波打っていた。私の心のように。
(“てっきり俺はもう嫌われたと思っていたよ”‥‥かしらね)
 口に出さずとも彼が何を言いかけ、口ごもってみせたかは想像がつく。男女の仲なんて
出会いも別れもフィフティ・フィフティ、なのに彼と話していると、無意識に腰が引けて
しまう。そうさせたのは誰‥‥追求したくても、今は柔らかく微笑み返すしかない。
「文化祭も終わったし、祐司君の成果を聞きたいなー、なんて思ってね」
「成果? なんのことだろう」
「今さらとぼけないの。今、祐司君の心の中にいる女の子は誰なのかなって」
「露骨だなぁ」
「いいんじゃない? 私だって、その‥‥昔の、彼女なんだし」 
『昔の彼女』‥‥言葉を押しだした口の中が妙に渇く。
 祐司はふふっと笑った。
「嬉しいな。少しは、まだ俺のことを気にかけてくれるんだ」
「‥‥どうかしら」
 言い返したいが、彼を誘った目的を忘れるわけにはいかない。口の固い祐司からつきあ
っている女の子の事を聞きだすには、これくらいしか方法を思いつかなかったのだ。
「そうだな。いつもここで、2人並んで。よく、そんな話をしてたっけ」
「ほんの二ヶ月前までは、そこが私の席だったのに、ね」
「‥‥失礼な男だよな、俺って」
 遠いステージを見つめ、祐司が呟く。私は何もいえなかった。
 なにげなく横を向いた一瞬、細くしなやかな指がそっと頬の輪郭をなぞってくる。
「キレイになった。文香の、その横顔のライン」
 トクン‥‥
 また一つ、小さな胸の疼き。それはほとんど痛みに近かった。
「‥‥私と同じ不幸な女の子が何人増えたのか、興味あるだけよ。いけないかしら」
「おーお。怒ったのかい、文香」
「別に。付き合いだす前は、あなたも私に恋の悩みをいろいろ聞かせてくれたじゃない。
知りたがっているのは、私の中のほんの、きまぐれな好奇心よ」
 どこか未練を残しつつも、強がって見せる女。そんな自分のどこまでが演技なのだろう。
嘘と本心の境目はあいまいで、いつしか頬が熱を帯びてゆく。

                   ☆

 新歓が始まってほどなく、私たち4人は『風きり羽』の一年生を束ねる立場に収まって
いた。もともとが遊び重視のサークルなので、毎回の練習にまできっちり顔を出している
一年部員は重宝がられるのだ。
 合コンや飲み会、ひっきりなしのイベント。夜遊びが楽しい春のひととき。
 恋の季節‥‥あの狂騒の時期は、そう呼んでもよかった。誰もが浮かれ、新たな出会い
を求めている。祐司には恋の噂が絶えず、菜穂子は頻繁に合コンに参加しては愚痴ったり
泣きついてくる。私だって、男の子のお誘いを断るのはかなり苦労していたのだから。
 恋愛抜きでくつろげる等身大の相手を、私たちは欲していたのだろう。
 気づいた時、私たち4人はお互いを認めあい、信頼しあえる深い関係になっていた。
 友人以上・恋愛未満‥‥
 ときおり、自分たちをそう言いあっては面白がったものだ。
 ただの友人以上に親密で、なんでも打ち明けられる仲間。高校時代とはまた違う、一歩
踏みこんだ人間関係が嬉しかったし、4人ともそれを必要としていた。葉村のマンション
に押しかけては、4人でたわいないお喋りやゲームを楽しむ。そのまま雑魚寝しても何も
おきない、少しだらしなくてオープンな関係。
 たぶん、無意識に皆が感じていたのだと思う。お互いに恋愛感情を抱かないこの距離感
こそが、男女の友人を長続きさせる秘訣なのだと。


 祐司と飲んだ翌日、私は時羽菜穂子の質問責めにあう事になった。
「ねぇ、ねぇったら。文香ー」
「うん分かってる。祐司ね、今は彼女いないって」
「ホントー!?」
 かわいらしいタレ目を大きくして、菜穂子はじれったそうに問いつめてくる。聞き出し
た経緯をぼかしつつ祐司はフリーだと教えると、彼女の目はさらに輝きだした。
「ど、どうしよう。ねぇ、私どうしたらいいかな?」
「そうねぇ」
 教授の退室で急に騒がしくなる大教室を見つめ、私は気乗りのしないあいづちを打つ。
 おそらく他の男性なら、いつものように私ももっと親密に相談に乗っているのだろう。
あるいは、相談を持ちかけてきたのが他ならぬ菜穂子でなければ。

                   ☆

「相談に乗って欲しいんだ。その、○○さんの話で」
 友人として親しくつきあうようになってから、井沢祐司は恋の相談を私に持ちかけてく
るようになった。相談場所は、彼お気に入りだという例のジャズバー。○○さんの部分は
大抵違う名前ばかりだ。
 どうして私にと問うと、谷崎さんは顔が広いし女の子の間で信頼されているから情報の
精度も高いだろ、そう答えて祐司は笑う。
「でもねー。祐司君の相談にのるのって、少し、悪の片棒担いでいるみたいでイヤだわ」
「ははっ、ヒドイな。悪だなんて」
「だってそうでしょう。あなたは女の子をたくさん泣かしているんだから」
「よせよ。俺は一方的にふったりしない。別れた後でも、親しく友だちづきあいしてるぜ。
お互いの気持ちを大事にすればこそさ」
「よく言うわね」
「女性誌のコラムとかに書いてあるだろう、出会いも別れもフィフティ・フィフティって」
 遠まわしに非難すると、祐司はさも心外そうに答える。
 それが、彼にとっての恋愛の普通だった。自分の魅力を最大限に活用し、女の子たちの
間を上手にわたりあるく。別れの時でさえ相手を陶酔させるんだろうなと思うと、どこか
女として腹立たしささえ感じてしまう。
「じゃあ何かい、谷崎さんはどんな女の子なら俺が長続きすると思ってるんだよ」
「フフッ、私なんかどう? 甲斐性もあるし、優しくリードしてあげる。なにより、もう
こんな別れ話の相談しなくてよくなるわよ」
「冗談だって分かるのが悔しいぜ。手に入らない女の子ほど輝いているんだよな」
 むろん、私も本気ではない。からかってみるだけ。
 悪い男だと思いつつも、彼の向ける感謝の笑みを思えば、私はいつだって祐司からの相
談を断りきれない。積極的に彼を欲しいとは思わないにせよ、女としてのしたたかな打算
だって働いていたと思う。このポジションが、一番有利だから‥‥と。

 
 アドバイスの中に辛らつな言葉を重ねたときなど、祐司が逆襲してくることも多かった。
「谷崎さんこそ、ガード固いじゃないか。誘いを断られて泣いている男、多いぜ」
「私はいいの。そんな餓えていないし」
「へぇー。な。俺なんかどうよ。そろそろ夏だし、本気の恋愛をしたいんだ」
 決まって頼むカンパリソーダを手に、私は流し目をくれる。ジャブのような軽いさぐり
合い。意識されているらしいのは悪い気分ではない。
「そうね。ルックスは合格かしら。これで祐司君が今の20倍誠実ならねー」
「なんだ、それ」
「ほら。自覚ないんだもん」
 男女混合のダブルスで試合を重ねていくと、けっこう性格や個性が動きにでる。葉村や
私はパートナーを思いやって慎重に動くが、祐司や菜穂子は完全に攻め重視でフォローを
こちらに任せてしまう。特に祐司はその傾向が強かった。
 めいっぱい攻めるが、その後のフォローは甘い。彼自身の恋愛のクセにどこか似ている。
冷静でいられるポジションを求め、全体を俯瞰したがる私とは対照的だ。
 あるいは、多少のおそれも交じっていたのだろう。
 この手の男に惚れたら、きっと取り返しがつかなくなる。冷静な自分でいられなくなる。
「クールだよな、谷崎さんは。そんなんじゃ、恋も不自由だろうに」
「‥‥身勝手な男のセリフ」
 予想通りの返事だったのか、井沢祐司はにっと笑う。
「いい男がいないなら紹介するぜ。谷崎さんも喜ぶと思うけど」
「あら。誰なの?」
「ずっと前から目の前にいるじゃないか。ここに」
 トクンと、動悸が昂ぶる。
 くさい台詞‥‥そう吐き捨てかけ、なのに言葉は喉につっかえていた。酔った勢いでの
言葉じゃない‥頭で理解できても、不意打ちで心臓がおかしな方向から戻ってこないのだ。
「‥‥」
「‥‥‥‥」
 沈黙はやがて意味をはらむ。感情が加速する。それが怖かった。
「恋愛感情を持ち込まないのが、私たち4人が上手くいく秘訣だったんじゃないの?」
 どうにか出た切り返しは、かなしいぐらい一般論だった。見ないふりをしてきた感情が
酔いに溶けてあふれだそうとしている。私は顔をそむけ、カンパリソーダを流しこんだ。
じわっとした苦味が躯の奥に広がっていく。
 もう一押し、背を押してもらえたら。きっと私は陥ちてしまう。
 けれど、もちろん、祐司はそんな事はしない。駆け引きに長けた、ずるい男なのだ。
「あぁ、以前そんな事を言ったかな‥‥悪かった」
「な、なんのこと?」
 そっぽを向くのは、赤くなった顔を見られたくないから。心を見透かされそうだから。
快活な笑い声をあげて、祐司は私の腰に手をまわした。
「今度、葉村たちには内緒で、2人きりで遊びに行かないか?」
 トクン‥‥もう一度、小さな疼きがほころぶ。
 弾む胸を抑えつけた私は、逆にしたたかそうな笑みを浮かべてみせた。
「デートのお誘い? 高くつくかもよ」
「すべて受け入れるさ。障害が高いほど、気持ちは燃えあがるからな」
 歯の浮くようなことを平然と言う。井沢祐司は、いつだって女の子を動かすのが上手だ。

                   ☆

 カサカサと、丸まった街路樹の葉が歩道を転がっていく。
 葉村宏明のマンションに向かうのは、文化祭が終わって以来久しぶりだった。部屋の隅
に乱雑に積まれた文化祭のチラシや出店ののれんが、近づく冬を暗示してどこか物悲しい。
「よっす。この顔ぶれで集まるのも久々だな。なんか飲むかい?」
 上がってきた私たち3人に、ラフなトレーナーを着た葉村宏明は手にしたボトルをかざ
してみせた。一足先に、余りもののウィスキーをちびちびやっていたようだ。
「ん〜、暖房効いてる〜。くつろげるねぇ、祐司」
 私から情報を仕入れた時羽菜穂子は、どうやら祐司のそばでべたべたすることに決めた
らしい。さりげなくだが服装も化粧も気合いが入っている。
「OBの後藤さん? あの人、すごい私を意識してんだもん。売り子、やりにくかったよ」
「菜穂子も気づいてたか。変な目で見てたぜ。よっぽど言ってやろうかと思ったよ」 
「あはは」
 二人で仲良く笑っている。それとなく私も微笑んで雰囲気に合わせ、葉村に近づいた。
「何これ。おつまみのつもり?」
 コンビニで買ったらしい大きなおにぎりに、あきれ果てた私は首を振る。
「おにぎりとかソバとか、糖質は悪酔いを招くのよ。強くないんでしょう、葉村は」
「あ、おいって、何を‥‥」
「何か作ってあげるわよ。酒の肴を」
「あ、いや、えっとその‥‥ありがとうな、谷崎さん」
 うろたえつつも、感謝するような葉村の表情の七変化がかわいらしくて思わず吹きだす。
葉村宏明は、井沢祐司の真逆を行くタイプだ。気配りは細やかなのにどこか抜けている。
きっと付き合いだしたらスキだらけなんだろう。そんな感じだ。
 でも女の子は、そういう男の子の方が嬉しいのかもしれない。どこまでも完璧で無欠の
相手だと、きっと疲れてしまう。
 そういえば、葉村君の彼女の話はほとんど聞かないのよね――適当に素材を選びだし、
フライパンを暖めながらふと思った。


「で、何を作ったの? わぁ、それ小っちゃなハンバーグ。おいしそうな匂いー」
「韓国風の牛肉団子よ。この前、料理番組でやっていたの」
 香ばしい匂いのたちこめるお皿を並べ、私も背の低いソファに腰を下ろした。来る途中
買ってきたチーズやおつまみは、すでに菜穂子が並べ終えている。
「ま。なんだ。もう一週間経っちまったが、遅まきながら文化祭の成功を祝って」
「屋台で黒字が出たお祝いも忘れずにね」
 くすくす笑って菜穂子がつけたし、4つのビールジョッキがぶつかりあう。喉を鳴らし
一息ついたとき、ふわりとした手が頭にのせられた。
 柔らかい手。虚脱した私をなぞる指。けだるい瞳に写るまなざし‥‥
「文香も、お疲れさん‥‥」
「いやっ」
 反射的に、祐司の手を避けて私は身をよじっていた。
 ぎこちない沈黙が広がる。私は、ごまかすこともできず凍っていた。それは祐司も同じ。
 何がおきたか分からぬ菜穂子だけが目をぱちくりしている。
「頭をなでられるの、嫌なの?」
「え、ええ‥‥」
 フラッシュバックのように唐突によみがえった感触が、生々しく私の体をとらえている。
不可解そうに首をかしげたあと、菜穂子はにこっとした笑みを祐司に向けた。
「私もなでて、なでて。今回がんばってたでしょう?」
「あ、あぁ‥‥よしよし、お疲れな」
「うん」
 珍しく声もないままに、心配そうな葉村が私の顔をのぞきこんでくる。返事をするのも
わずらわしく、私は大丈夫だからと手を振って伝えた。
 菜穂子は持ち前の無邪気さで、祐司になでてもらっては喜んでいる。
 彼女がうらやましい。打算抜きで男に甘えられるのだって、才能の一種だ。私にはそれ
ができない。こんなにも息苦しくなる。過去にとらわれてしまう。

 祐司に抱かれたのは、2度目のデートの時だった。



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