仮宿 その3

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                  ☆ 


 提案は簡単なものだ。祐司と菜穂子の事が気になって仕方ない、だから彼らのデートを
こっそり尾行したいのだ。馬鹿げてストーカーじみた行為だと自分でも思うが、このさい
とことんまで固執すれば、祐司への未練も断ち切れそうな気がしていた。
「少年探偵団だねぇ、わくわくするなぁ。装備も本格的にしようか」
「なに、装備って?」
 食後の珈琲を啜りつつ問い返すと、葉村は満面の笑みで応じた。
「変装だよ」

 そんなわけで、菜穂子のデート当日、私と葉村は駅前広場の雑踏にいた。
「葉村君、ねぇ、これ」
「アハハハハ、今日の谷崎さんはかわいいなぁ。クールなのもいいけど、これもよし」
「なんか、けなされてるわ私」
 渡された変装をトイレで身に着けてきた私を見て、これが彼の第一声だ。
 ウェーブがかったロングヘアのかつらとカラーコンタクトに、頬と歯の間にはさみこむ
マウスピースを装着すると、顔の輪郭さえ変わった柔らかそうな女の子が鏡の奥にいた。
丸い小さなサングラスをかけると完璧に別人。年さえずっと幼く見える。
 一方の葉村宏明はわざわざ髪を短く刈り込み、俳優が好みそうなサングラスをしていた。
服も黒っぽいスーツにトレンチコート。まるきりマフィアだ。
「あなたもやりすぎ。むしろ目立ちすぎ」
「でも待ち合わせの時、俺が葉村宏明だと分からなかったじゃないか」
「だいたい、道具を貸してくれた演劇部の友だちって誰よ。探偵か何かじゃないの」
 小声での口論の最中、時羽菜穂子が改札から出てきた。
 お洒落をした菜穂子の姿があまりに可愛くてドキッとする。こんな彼女を見て、祐司は
なにを感じるのだろうか。胸がざわつき、口数も少なくなる。
「大丈夫。負けてないって、谷崎さんも」
 この期に及んでちゃかす葉村の腕を、私は思いきりつねった。
 
 2人の後を追いかけながら、私の心の中は複雑だった。いつか、私がきた道。同じ道を
たどって、菜穂子は祐司にアプローチしているのだ。
 デートの間、終始2人は腕を組み、べたっとくっついていた。頻繁に小声で囁きあい、
クスクス笑いをくりかえす。今日告白するつもりだと菜穂子は言ってたが、とてもそうは
見えない。幸せなカップルそのものの姿だ。
 気づいた時、私はどうしようもなくやるせない気分におちいっていた。
 なんで、人のデートを尾行しようなどという馬鹿を思いついたのだろう。どんどん気分
が落ち込んでいく。祐司が菜穂子に微笑みかけるのを見るたび、心のどこかが暗い沼の中
に沈んでいく気分になる。傷ついた人が、たえまなく思い出を掘り起こしてはその心の傷
をなめ返すように。
 気づくと、葉村が目で問いかけていた。もう帰ろうか、と。
 彼がすぐそばにいることさえ忘れていた。どうにか自分を取り戻し、少し考えて首を横
にふる。最後まで、できれば彼女が告白するまで、見届けたかったのだ。

 冬の短い日が沈み、宵闇がひたひたと迫ってくる。
 2人は、恋人たちのデートスポットとして有名な公園に来ていた。ベンチによりそい、
とぎれとぎれに会話をしている。周囲には同じようなカップルばかり。葉村と私は木陰に
よりかかって2人を見つめていた。冷えた体を抱き寄せる葉村の腕のぬくもりだけが、私
を現実につなぎとめている。
 やがて不意に時羽菜穂子が立ち上がった。薄明かりの中、顔が赤いようだ。ややあって
井沢祐司が立ち上がる。見つめ合う2人に私は息をのんだ。数瞬の沈黙が、たとえようも
なく長く感じられる。祐司が、菜穂子になにかを答えている。
 そして‥‥
 おぼろな街灯と月光に浮かび上がった2つのシルエットは、ゆっくり一つに重なった。

                   ☆ 

「もう、帰ろう」
 どのくらい放心していたのか‥‥
 耳元で葉村に囁かれ、気づいたときには駅への道のりを歩いていた。遅い時間だからか
人影はまばらで、大通りの騒音がひときわ耳につく。
「大丈夫か、文香」
 ふみか、と呼ばれたことで、どれほど自分が取り乱していたのかを知った。ハンカチを
差し出され、怪訝な顔で彼を見上げた頬がべったり冷たい。
「涙のあと。ぬぐいなよ」
「あ、ありがとう」
 葉村宏明は、立ち止まった私が涙をぬぐい、何度か嗚咽を繰りかえして普通に戻るまで、
ずっと風を遮るように私を庇ってくれていた。
 これで、これでよかったのだ。何度も自分に言い聞かせる。
 菜穂子と祐司がくっつけば、もう間に割って入れない。あれほど似合いのカップルなの
だから。私のことは、これで本当に、完全な過去のものになる。
「悪かったな、今日は。すまない」
「え?」
 不思議に思って聞き返すと、彼は悔しげに唇を噛んでいた。
「考えれば、文香がどのくらい衝撃を受けるか分かってしかるべきだったよ。最初から俺
が反対していればよかった」
 そんなことはない。本当に、これでもう祐司に想いが届くことはないのだ。はっきり、
そう心に訣別できただけ‥‥涙を流しただけ‥‥私は、いさぎよくなれる。
 けれど、それでも。
「今日は、もう、帰ろうな」
「帰りたくない。一人はこわい」
 困った顔で、葉村が私を見やる。
 これも、私の本心だった。あれだけ涙を流しても、つらい思いは一度に消え去ったりは
しない。くり返しくり返し、一人きりの瞬間に記憶はよみがえってくる。だから。
「帰りたくない」
「いいから、文香。もう帰るんだ。帰れるだろう?」
「やだ。帰りたくない」
 今の私は、ただの駄々っ子だった。祐司と別れる時言えなかった事。できなかった事。
むきだしの感情が、私を子供のように行動させている。
「じゃ、なら‥‥」
「?」
「いや、いい。なんでもないんだ。気にしないで」
 何か言いかけ、苦しげに口ごもった彼を見上げ、私ははっと息をのんだ。
 わざわざこんな茶番に付き合ってくれた彼。寒い中、私を介抱してくれた彼。いまなら
分かる。同じ思いを、同じベクトルを抱えて苦しんでいる彼の姿が。気持ちは重なるもの
だから。想いは、積もるものだから。
 踏み出さないと幸福になれない‥‥そんな葉村の言葉が、ふっと頭をよぎる。
「うん。そうしたい」
「‥‥?」
 なんとなく、彼の言い淀んだことが推測できた。私と彼は、似たところがあるから。
 だから、はっきりと言う。
「今日は、葉村君の家に泊まらせて」

                   ☆


 葉村のマンションに戻ったとき、時刻は次の日になっていた。
「疲れたーー」
 大声でバタバタと靴を脱ぎ散らかし、彼が部屋の奥に入っていく。そんな背中が面白く
てクスリと笑った。私が泊まると宣言した瞬間から緊張ぎみの彼を見てると、変な話だが
気持ちがくつろいで和んでくる。なぜだろう。身近だからだろうか。
「ありゃ、なんもないよ。参ったね。飯どうするっての」
「作ってあげるわ」
「悪いね、谷崎さん、いっつもこんなのばかで」
 おろおろと台所をうろつく葉村を押しのけると、私は台所に立った。適当に余りモノを
見立ててチャーハンを作り、漬物の残りを添えて出す。本当にいい加減な食事だが、葉村
はおいしそうに食べてくれた。
 会話がとぎれるとTVをつけ、2人で見入った。深夜のバラエティ番組はクリスマスの
ネタのコントをしている。そんな季節なのか‥‥ぼんやり思う。
 私の季節は、いつ止まっていたのだろう。
 いつ、動きだすのだろう。
 隣で、葉村が私を意識しているのは痛いほど分かった。誠実な彼。ちょっと抜けた彼。
惚れた女のために、わざわざ恋敵のデートの尾行にまでつきあってくれる彼。
 まだ、好きとはいえない。心のほとんどを、井沢祐司に持っていかれたのだから。
 だけど、小さなスペースができたのも事実なのだ。
「よせ、文香」
「‥‥‥‥え?」
 私がそっと擦りよると、葉村宏明は厳しい声を出した。
「同情や、一時の寂しさなら。よしておけ。俺は‥‥つけこみたくない」
「一時の気の迷いで体を投げだすようなことはしないわ。信頼できない相手にも、よ」
 言いながら、私は葉村の上におおいかぶさった。
「まだ、好きかなんて分からない。だけど、すごい嬉しいの。葉村君を、もっと近くに感
じたい。それが私の意志なの」 
「‥‥」
「一つだけ聞くわ」
 目尻を細めて、抵抗しない彼に私は笑いかけた。
「葉村君、彼女いないよね?」

                   ☆

 降り注ぐシャワーの音がいとおしい。
 いつぶりなんだろう、こんなにドキドキするのは。シャワールームの淡いオレンジの光
は、いろんな記憶と感情をゆっくり体の外へ押し流していく。
 鏡を見つめた。
 ぱっちり明るい二重の瞳は、まだ少し腫れている。頬からおとがいにかけてのラインは、
咥えていた変装用マウスピースのせいでヒリヒリしたままだ。
 もっと最高の状態の時に抱かれたかったかな。そう思うと鏡ごしに紅い唇がほころんだ。
 
 バスタオルを巻きつけ、ベットルームに戻る。
 いつのまにか、バスルームと同じ淡いナイトスタンドが部屋のイメージを変えていた。
親密で、どこか淫靡な雰囲気。トランクス一枚の葉村宏明がベットサイドに腰かけ、不安
と期待交じりの目で私を見つめている。初めて見つめあう、お互いの裸身と裸身。
 こうして見ると二の腕まわりが太い。筋肉質なんだ‥‥意外だった。
 たぶん、彼も私の身体を値踏みしているはずだ。どうだろう。お眼鏡にかなうだろうか。
「ねぇ、葉村君は‥‥」
 声がかすれ、ハスキーになっている。なんだ、私も緊張しきっているのだ。
「葉村君は、エッチな女の子って好き? 好きになってくれる?」
「どんな文香でも、俺が嫌いになったことは一度もない」
 葉村の声は普段よりずっと低く、耳にしただけでぶるっと背が震えた。
「いいわ‥‥」 
 両手を離すと、ふわりと肩からバスタオルが舞い落ちる。あらわになる身体を我慢して
隠さずに歩みよる。彼は黙っていたけど、その下半身は激しく反応していた。
 求められているんだ‥‥トクントクンと、胸が疼く。
 膝の上にお姫様のように座り、彼を近々と引きよせた。顔を傾けて、じわりと唇を重ね
あわす。お互い、ためらいがちの反応は初々しい。吸いついた唇の隙間から、彼が静かに
舌を差し込んできた。私の閉じた歯をノックして待っている。
「んふっ」
 強引で荒々しい祐司とは違う。紳士だ‥‥そう思ったら嬉しくなった。口を開き、侵入
してくる彼の舌先を受け入れる。ざらりとした感触が粘膜を侵食し、ピクンと腰が弾む。
ソフトなタッチはとろけるようで、身体がゆるやかに女へ目覚めさせられていく。
「んっ、ンンー」
 いつのまにか彼の手が、腰を抱き寄せていた。太ももの辺りにギリギリとたわめられた
男性のこわばりを感じる。気を取られた一瞬に舌を絡められ、ぬるりと引きずり出された。
驚いて暴れた舌先が彼の口腔を侵食する。口臭消しのガムらしいミントの匂いと一緒に、
ドロドロした唾液がまざりあった。
 私の舌をしっかりはさみとって、彼がズルズルと吸い上げる。下品な行為なのに、腰が
抜けそうなほど身体が疼いた。気づけば、右の乳房をこりこりもてあそばれている。
「ん、んンンッ」
「ふぅ‥‥」
 目で叱りつけたが逆効果。つねろうとした手首をつかまれて、ベットに押し倒された。
私にはどこも触らせず、強い力で両手を拘束しておいて、自由な方の彼の手が湯上がりの
肌を這いずりまわる。肝心の唇も喘ぎも、しっかり奪い取ったままに。
 ひどくいやらしい愛撫だった。紳士的な態度から、一転して動きが意地悪になるのだ。
つうっと乳首の頂点から肌をかすめてきた指が、わき腹をぞわっとこすり上げ、腰骨の脇
からクレヴァスへするーっと降りていく。受け身の行為に全身が爛れ、跳ねてしまう。
 顔を固定され、どこを触られるか予測がつかない。それがなおのこと肌を敏感にした。
「ク、ンク、んむぅぅ‥‥」
 ちょ、待って、止まって‥‥目で必死にSOSを訴えてみても、分かるはずなのに葉村
は知らんぷりだ。トプトプ涎を流し込まれ、アゴを引いて抵抗していると右手で顔を傾け
られる。とろとろと粘液が喉の奥をしたたっていく。
 私の体にのしかかって閉じていた膝を足で割り裂き、そこでようやく彼は唇を離した。
新鮮な空気が一気に流れ込んできて、視界がクラクラする。
「ひ、ひおいじゃない‥‥」
 唾液の糸を引いたまま舌がもつれ、抗議のはずが甘え声になってしまっている。開放さ
れた拳でどんと胸を叩くが、それすら反抗になっていない。
「そうか? だって文香、感じてるみたいじゃん。こっちなんか、ホラ」
「ひ、ひあっ」
 ニュププッ‥‥まぎれもない、淫靡なしずくの混ぜ合わされる音。
 目を見開いた私は、ガバッと両手で大事なところをかばっていた。にちっと太い感触が
空洞のふちを犯し引っかいたのだ。ぬるんと抜きだした彼の手が掲げられる。
 人差し指を、とろりとした透明なおつゆが濡らしていた。
「もっとして欲しいでしょう? 違うかい」
「ん〜〜」
 いつのまにか涙目になって抗議しているのは私だった。



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