まなざし その1

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ねっとりした暑苦しい夜の圧力が、アパート1階の玄関ホールをつつみこんでいる。
生ぬるい空気にやわやわ火照った肌をねぶられ、一糸まとわぬ裸身をホールの明かり
に暴きだされ、後ろ手枷を食まされたボンデージを屋外にさらけだす。
あらゆる自由を剥奪され、今の私は、ただ発情した牝だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
襲われて犯される妄想によがり泣く、自縛マニアの女なのだ。
手首を噛む革の光沢が、施錠された金属のきらめきが、ゆだった女の肌の艶っぽさが
‥‥夏場の夜にこの無力な肢体をさらすことがどれほど危ういスリルを秘めているか
熟知していればこそ、とめどない疼きがジクジク私を焦がす。
「ん、かふぅ」
口の端が歪むほど革紐を食いこませたボールギャグをかっちり味わい噛みしめていく。
浅ましく粘液をひいて垂れる雫は、上の唇ばかりではない。
瞳をつぶり、伏せたまつげがひくひく震えた。
すでに頭の中には、きっちりと脱出までのグランドデザインができていた。
3歩ほど進んだ先にエレベーターの扉があるはずだった。鉄の箱。公共の密室。一度
入ったら逃げ場のない、セルフボンデージにとっては最悪の場所だ。
その、最悪の場所でイかされたいがために。
たぷんたぷんと快楽に溶けた下半身を波打たせ、私はエレベーターに近づく。手首は
いつもより遥かに厳しく吊り上げられていた。首輪にくっつくほど高手小手の拘束で
なければ、指先がエレベーターのボタンに届かないはずだから。
キリリと食い入る束縛の痛み、関節のきしみ。
下腹部におさまった淫らな玩具が甘く滾ったマゾの裸身を犯しぬき、淫らに奏でだす。
意識をもうろうとさせる鮮烈な振動を止めようにも、太ももの革ベルトに収められた
リモコンは、高手小手のカラダでは指で触れることもできない。
数分前の私の手で、今の私自身が凌辱され、マゾの情感を拒む肢体をいじましく責め
嬲られていくのだ。
静寂をひびかせ、エレベーターの回数表示がくだってくる。
「ッ‥‥ア、むふぅ」
声を殺して辱めに酔いしれていた意識が、ふっと焦りに引きもどされた。
下りてくるエレベーターが無人である確証などない。人が乗っていれば、恥ずかしい
全裸露出の格好を見られてしまう。同じ階の住人に見られたり、知りあいに出くわし
たり‥‥安全の保証なんかない。
そんなことになれば、このアパートから出て行かねばならない。
あるいは、この深夜のこと、その場で犯される可能性だってゼロじゃない。
背徳感、恐怖、おびえ、しり込み。急にふくれあがった感情に飲みこまれ、すくんだ
足はまるで動こうともしない。
ポーン。
‥‥1階に到着したエレベーターが、チャイムとともにガァッと扉を開く。
「!!」
本当に飛びあがりかけ、けれど、エレベーターは無人だ。
中に乗りこみ、閉ボタンを押して先に扉を閉ざす。すくむ意志を、弾む鼓動を、まず
平常に戻さないといけない。その後エレベーターの手すりに結びつけたキーチェーン
で手枷をつなぐ南京錠を外すのだ。
しゃがみこみ、不自由な背面の手で、もどかしくキーチェーンをいじりだす。
ガァァ――
ふいに、扉が開いた。
1階の玄関ホールと、のりこんできた男性が、私の顔をのぞきこんでいた。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


「‥‥‥‥‥‥‥‥!!!?」
恐懼のあまりカラダがつっぱり、ガクガクと何度も裸身が軋む。
失敗した‥‥
通りすがりの男に見られ、乗り込まれてしまった‥‥
ベッドの海に身を沈め、目を瞑ったままゆっくりカラダをのたうたせる。
淡いまどろみの中、実際にセルフボンデージを施され、最悪の可能性をなぞっていく。
このイメージトレーニングこそ、妄想上の自縛プレイそのものだ。柔らかなシーツに
くるまれ、じわじわ浮上していく意識で今の行動と結果を検討していく。
最悪、だった。
完全なのぼせあがり。久しぶりのマゾの悦びに溺れきってしまっている。
初めて試すプレイこそ快感をおさえて理性で判断していかないといけないのに。足は
すくみ、危険な一階から移動するより、目の前の鍵に意識を奪われて‥‥なにより、
むせかえる情欲の悦びに、私自身が呑まれてしまっていた‥‥
「ンッ」
自嘲ともつかぬ吐息が口の端からあふれでる。
これがリアルだったら、今ごろ私はこうして自分の部屋でたたずんでなどいられない。
全身を濡らすのは、発情よりむしろじっとり嫌な冷や汗だ。
なのに。
これほど怖いのに、エレベーターの中でいやらしく自慰にふける自分の姿を妄想する
だけで、甘い陶酔がカラダの奥深くへと広がっていくのだ。
鉄の箱。
とざされた密室。その快楽。
なぜこんな妄想にとらわれてしまったのか‥‥理由はあまりにもはっきりしていた。


「彼も部屋まで待ちきれないんですよー。エレベーターでキスしてきて」
「またよ。啓子がおノロケモード突入ね」
嬉しげにまくしたてるのは職場の後輩OL、中野さんだった。
ボヤく幸崎さんに肩をすくめて同意し、食後のお茶をすすってため息をつく。空いた
会議室でお弁当を食べた後の団欒中にでてきたノロケ話。いつもの光景だった。
「まあ、啓子の話は過激で面白いけどさ。で、今度は何したのよ」
「抱き合ってるうち、急に彼がジーンズの前をはだけて、私のスカートまくって」
「‥‥え!?」
「エレベーターのなかなのに、私、腰を抱えられて、下から、入れられ‥‥ちゃって、
他の人もいるのに、声出さないのが精一杯で‥‥すごい、すんごい感じちゃうんです」
「う、ウソ‥‥‥‥それ、伝説のエレベーターセックス?」
めずらしく、幸崎さんの声が裏返ってしまう。
頬を真っ赤にしてコクリとうなずく中野さんを目にして、衝撃が背を走りぬけていた。
甘い愉悦の波。会社では隠し通している生々しい私の中の女が、彼女の話を理解した
瞬間、ズクリと太い背をのたうたせる。
「彼‥‥狙ってたみたい。どしゃ降りの日で、湿った音もかき消されるし、グレーの
雨合羽で腰のあたりまで隠れるし、他の2人も濡れた傘がくっつかないように距離を
あけていました」
「それ、本当に、彼とその場で繋がっちゃったの?」
「はい。ちょっとこう、背伸びして繋がるじゃないですか。ほんの少ししか動けない
のが逆にメチャメチャに感じちゃって‥‥声だせなくて、向きあったまま彼氏の肩に
噛みついて、顔を埋ずめていました」
「う、わぁぁ‥‥ポーズじゃなくて、没頭してんだね、Hに」
「ええ。最後はもう前の人も不審そうに背中をうかがう感じで、それに刺激されて、
彼ったら私の片足を折り曲げて抱え込んじゃうんです。もう絶対変じゃないですかー」
一番奥まで、彼のがコツコツあたる感じがあって‥‥
お酒も入らぬうちから延々つづくハードな話と幸崎さんの直球の質問に割りこむこと
もできず、私は一人放心していた。SM好きな彼氏を持つ中野さんも普段は昼間から
こんな話をする子じゃない。およそ、おっとりした彼女らしからぬ興奮とのぼせ具合
なのだ。
エレベーターでの淫らな行為。
それは、それほどの快楽なのだろうか。
狭い密室が、人目を意識することが、スリリングにカラダを追いつめるのだろうか。
気づかれぬよう息を殺し、ひそやかにオルガニズムまで昇りつめていくことが。
だったら、それが、私だったなら。
自縛姿でエレベーターに乗りこんだりしたら、どんな快感を味わえるのだろう。身を
もって体験する危うさは、どれほど気持ちイイものなのだろう‥‥?
「あ、あの‥‥早紀、さん?」
「ひやぁァッ!?」
「キャッ」
声をかけてきた中野さんの方が私の悲鳴に驚き、のけぞりかかる。苦笑した幸崎さん
が私を気づかって声をかけてきた。
「あーあ。早紀は早紀でまたデリケートよね。こういうの苦手なんだから」
「う、うん‥‥ゴメン、ドキドキしただけだから。2人とも先にオフィスに戻ってて」
2人をあえて誤解させたまま、私は一人、こっそりトイレに向かう。
男関係に興味がなく、Hな話題にもドライなOL‥‥ここでの私はそう見られていた。
そういう仮面を、ペルソナをかぶって、衝動を抑えて通してきていたのだ。
なのに。
「ウソ‥‥これこそ、ありえないじゃない、私‥‥」
駆け込んだトイレで目にしたのは、しっかり濡れじみのついた下着のクロッチだった。


蜜のような吐息を唇からあふれさせ、ひとしきり身をよじる。
あの時ぶるりと体の心を濡らした感触こそ、本当にひさしぶりの、甘く淫らがましい
糸を吐く、セルフボンデージへの欲求だったのではないだろうか。
しずかな夜の気配に、ギシリと躯を鳴らす。
ヴィィィィィンとうねり狂う禁断のノイズが、私の物思いをバラバラに寸断していく。
自力では抜きようのない股間のバイブを甘くうらめしく見下ろす。
「く、かはッ‥‥フ」
ここしばらく、私はセルフボンデージから遠ざかっていた。
自分で自分を虐めぬき、責め嬲り、無抵抗の身へ堕とされたスリルで下腹部を濡らす。
それに倦怠感さえ感じかけていた私は、実は、他人に調教され、なにもかもゆだねる
ことに安易な快楽を覚えかけていたのではないだろうか。
私自身の手でいやらしく調教を施されていく、それがセルフボンデージの悦びなのに。
自分の手になる責めだからこそ、苛烈な縛めに苦しめられるのに‥‥
「ン、ぁう」
シーツを汚さぬよう首をかたむけてトロトロしたたる涎を飲みくだすと、ベットから
半身を起こし、自分のカラダにうっとり魅入っていた。
うつらうつら浅いまどろみと妄想に身をゆだねる前とすべては同じまま。

いまや、たるみ一つない自縛を施され、無力を噛みしめるこの裸身は奴隷のものだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

歯の裏を圧迫し、唇からはみだすボールギャグを今一度しっかり咥えこむ。
高手小手に嵌められた手枷は首輪のすぐ真下に連結され、使いこんだ革の拘束ベルト
が、上半身を一分の遊びもなくみっしり括りあげている。悩ましい仕掛けに、つけね
からくびれたおっぱいをパンパンに腫らし、クレヴァスを抉るバイブは容赦ない振動
でさいなむ。
拘束の仕上がりは完璧だった。
しどけなくも火照りきった裸身を縛める無残な革拘束に視線を這わせ、私はけだるい
陶酔の海にふたたび没していった。
眠ることはできない。
めったに使わぬ最大設定の振動――むしろ衝撃そのものだ――が、下腹部を内側から
みっちり突き上げ、ゆすりたて、蒸らし、ほとんど痛みまじりのヒリヒリした刺激で
あらがいようもなく私を犯しつづけているのだから。
甘く、無残な凌辱の味。
こんなにも疼く‥‥
やはり、奴隷の味に酔いしれてしまう。
――妄想だけで、あれほどカァッと下半身を熟れただれさせた裸身。
その妄想と寸分たがわぬ無残な自縛を施されてしまった私は、失敗の影に怯えつつ、
ミスを犯した妄想と同じ露出プレイを実行しなければならない。
後ろ手に一体化した拘束具は、決して自力では引き剥がせない奴隷の躾け着そのもの。
縛めであり裸身であり、媚薬そのものでもあり。
その虜の身を解放する鍵をエレベーターに置いてきたのも他ならぬ私自身なのだから。
「ンフッ」
極限の望みどおり、無力に捕らわれた牝のカラダが気持ちイイ。
とろりとしたたったヨダレが、パンパンに充血した乳房を淫靡につたいおりていった。
今度こそ失敗は許されない。二度目の失敗は、決して取り返しがつかないだろう‥‥
ゾクリと、ふたたび嫌な感触に、背筋が引き攣れていく。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


いつものように部屋の玄関でかがみこみ、外の様子をうかがう。
たとえようもなく緊張と興奮に心かきみだされる、窒息せんばかりの愉悦の一瞬だ。
単なる破廉恥な妄想から、逃がれようのない現実へ足をふみだす、不可逆な倒錯調教
への第一歩。それはいつだって、自分の意志でふみだすしかない。
自縛が残忍であればあるほど。
縄抜けの手段が、絶望的であればあるほど。
マゾの裸身はいやおうなく昂ぶり、ひりひりと灼けつく疼きを全身へもたらす。
外の様子をうかがう、この瞬間が最大の恐怖だった。出しなを他の住人に見られたら
ごまかしようもない。自縛したヘンタイ女が私だと気づかれてはいけないのだ。慎重
にも慎重に、扉に耳をあて、外の様子をうかがって‥‥
「が、ハァッ!? ぐふっく」
引き裂くような振動に襲われ、たまらずに腰がグラインドしていた。
お股に埋もれ、革ベルトによって根元まで長々と突きこまれたバイブレーターの重み。
力をうしなって扉にもたれかかったまま、内側から攪拌され、ボタボタッとしたたる
しずくで太ももを濡らしてしまう。
ダメ‥‥じっと息を殺していると、かえって意識してしまう。
外の様子をうかがうはずが、いつのまにかバイブのリズムに腰を弾ませているのだ。
こ、こんなムチャクチャに抉られたら、私、全然‥‥集中できない‥‥
「ほひィ‥‥んぁ、なぁァァ」
焦燥にかられ、無意識にリモコンを求めて内股にのびた後ろ手が、首の真下でガチン
と引きもどされた。
反動で首輪が締まり、拘束された手首がギジッと痛む。
観客もいないドアの内側で、一人くるおしい自虐のステップをふみしめてしまう。
裂けちゃう‥‥良すぎて、アソコが、裂けちゃう‥‥
この拘束姿では太もものリモコンにさえ指は届かない。玩具に犯されイかされながら、
それを止める手段を持たないのだ。
扉にたいして背を向け、中腰になってお尻をくっつけると、バイブの振動で扉を震わ
せながら、後ろ手でノブを回す。体重をかけ、一気にお尻から扉を押し開けて‥‥
「!!」
ダメ、いけない‥‥!!
気配だったのか、鋭敏な肌がなにかを感じたのか。
かろうじて押しとどまったドアの隙間の向こうを、通りすぎていく靴音がこだました。
あと一瞬気づくのが遅かったら、私は文字通り、足音の主とご対面することになって
しまっていただろう。それも、自分の部屋のドアを握りしめたこの奴隷のカラダで。
ガクガクと膝がわらいだす。
あっというまに跳ねあがった動悸が、私をおかしくする。
冗談じゃない。いくら久しぶりだからって、こんな初歩的なミスを犯しかけるなんて。
足音が遠ざかり、ドアの開閉音がひびき、それでも私は動けない。
なにも聞きとれなかったのだ。
これほど耳をそばだてて、廊下の様子をうかがっていたのに‥‥
怖い。出たくない。
でも、なら‥‥この革拘束を汗まみれにして一晩中玄関に座っているとでもいうのか。
鍵を取りに行くことも叶わず、自由を剥奪された裸身をビュクビュクよじらせて。
「‥‥くぅぅ」
ボールギャグに歯を立て、涎をあふれさせながら手に力を込める。
いいんだ、違う。かまわない、いや、怖い、怖いけど。
でも、見られてしまう、すべて終わるその瞬間さえ、私は待ちわびているのだ。
かじかむ手をドアノブにからませ、おもいきり、ギィィと音高く扉をきしませ、踊る
ように廊下へ飛びこんで裸身をさらけだす‥‥
誰も、いなかった。
へっぴり腰でドアに背をへばりつけたまま、私は露出の恍惚にわれを忘れてその場で
ぶるぶる不自由な四肢を震わせていた。
そう、この戦慄と安堵、緊張と解放こそが、私をやみつきにして離さないのだ‥‥
無防備なカラダに仕立て上げられて。
感じすぎた代償を支払うため、いやらしい露出プレイのスデージに降りたつ。
素足を廊下に置くと、ズンと、おなじみの諦めがあふれだしてきた。
この先は後戻りがきかない。リスクを犯して、自由を取り戻すために恥ずかしい行為
を強要されることになる。
コートは、身にまとっていなかった。
がんじがらめの後ろ手拘束でカギを外すのに、コートなど着ていけるはずがない。
全裸のカラダを、先程の妄想どおり、ねっとりした熱帯夜の夜気がおしつつんでいく。
張りつめた乳房をさすられ、ぷっくり膨らんだ土手を風の手で嬲られる。
「‥‥ン、くぅ」
すでに、私のカラダはすっかり出来上がっていた。
いつものような、まだるっこしいローターによる焦らしなどではない。爛れた肉ヒダ
をまとわりつかせ、こそぎとる長大なバイブの充足感は、貫かれた私のカラダをきち
きち引き裂き、残酷な振動とうなりは、ただ歩くだけでとっくの昔に私を何度となく
浅いアクメへと導いてしまっている。
足を踏みだし腰をひねる動きだけでイってしまう、イかされてしまう、このおののき。
お尻をふりふり、白桃の裂け目に透明なオツユをまぶしまぶし、上半身を揺すって、
淫らなケモノとなり官能を肌から飛びちらす。
水谷君の部屋の前を通りすぎ、よろけないように、感じすぎないように頭を空にして。
眩しいばかりの道のりを歩ききり、9階のエレベーターホールまでたどりつく。
ボタンを押し、いったん階段側の影に身をひそめて待機した。
ポーン。
到着したエレベーターが一度閉じるまで待つ。他の階に利用者がいれば、この時点で
エレベーターは下がっていく。9階で待機している時がチャンスなのだ。
ボタンを押すと、ふたたびエレベーターが開いた。
「‥‥」
息をつめて乗りこむ私は、奥の手すりに結ばれたお守り袋を見て胸をなでおろした。
小さな玩具で施錠された袋の中身が、手枷を縛る南京錠のカギだ。布袋のカモフラー
ジュは、親切な人がカギを管理人室へ届けてしまわないための策であり、セルフボン
デージを困難にするいやらしい手でもある。
お守り袋を開けるには、玄関ホールのポストから布袋のカギをとってくる必要がある
のだ。
何もできぬまま汗ばむ背をべったり壁に押しつけ、蕩けきった陶酔に酔う。
犯される恍惚のなかで、それでも階数表示から目は離さない。他の階のランプが急に
点灯したら、そこに利用者がいることになる。安心はできないのだ。
下降する振動がゆっくり鈍くなる。
ポーン。
到着を告げるそのチャイムだけで、私はつつぅと爪先立ちに反り返っていた。
違う、いけない。感じてる場合じゃない。本当は、ここで壁ぎわにくっついて、人が
ホールにいないか確認しないといけないのに。
ガーッとエレベーターが開いた。
中央で仁王立ちになった私の裸身が、玄関ホールから、そして外から丸見えになる。
あぁ‥‥
無人のホールを眺め、私は自分のおろかさを悔いた。いつもいつも幸運が味方すると
限らない。もっと慎重に、奥ゆかしく愉しみをむさぼらないと。
「んきィィッッ」
ぶるぶるっと嬲り狂うバイブに突き上げられ、痛烈な悦びに立ち眩みをおこした私は、
またも裸身をのけぞらせてしまっていた。

おそるおそる玄関ホールを出て、集合ポストに向かう。
さながら、発情しつつも全身の毛を逆立てた、気性の荒い牝ネコといった感じ。
外からのぞかれようのない9階の廊下とはわけが違う。仮に路地の暗がりから覗かれ
たとしても、携帯のカメラでこのカラダを撮影されてしまっても、私は抵抗どころか
気づくこともできない‥‥
甘やかで悲惨な妄想を振りはらい、ポストを開いた。中を探る手が小さな玩具の鍵を
つかみとる。ここまでは、OKだった。少なくとも、大きなミスは起こしていない。
いや、それはさっきの妄想でもそうだった。
この先‥‥
エレベーター内で手枷の施錠を外す過程が危険で、失敗の可能性を劇的に高めている。
もうろうとした裸身を動かし、エレベーターを呼びだす。
ゆっくり3階から下りてくるエレベーターを、私は呆けて見つめていた。これでよし。
あとは中でお守りの錠をはずし、手枷のカギを手に入れるばかり。
だというのに、なにか違和感を感じてしまうのはどうして‥‥‥‥だろ‥‥う‥‥?
それは、ほんの刹那、意識をかすめた感覚だった。
分からずに首をかしげ、それと同時。
さっきまで一階にあったエレベーターが、移動していた‥‥
‥‥!?
全身を、太い蛇のような恐怖がのみこんでいた。冷水をあびせかけられた感じ。無我
夢中で足をもつれさせ、ホールから階段の暗闇に向けて走り、身をおどらせる。
ポーン。
到着した扉から大股で出てきたのは、舌ったらずに会話するカップルだった。
壁にはりついてのぞく2人の姿はどちらもヤンキー風で、もしその場で出くわしたら
何をされていたか、見当さえつかない。
まさに、髪ひとすじのギリギリ加減。一歩間違っていたら助からなかった‥‥
「あ、あ、うァァ‥‥」
噛みころしていた喘ぎが、2人が外に出たとたんにボールギャグから洩れだした。
長々と甘い啜りなきをこぼして裸体をうちふり、がむしゃらにエクスタシーを貪る。
怖かった、見られるかもと思って、そのせいでものすごく濡れそぼってしまった。嫌
だからこそ、絶望をもとめる誘惑の強さは痛烈なのだ。
ビタビタっと足首にまでオツユをしたたらせ、その場で一気に昇りつめていく。もう
自分の心も自由もない。ただもどかしい疼きに載せあげられ、裸身を揺するばかり。
私は、こんな屋外でイッてしまう最低のマゾ女だ。


ふぅふぅと、乱れた息がいくつも重なって静寂にとけていく。
ようやくカラダのコントロールを取り戻した私は、玄関ホールにあゆみでた。絶頂を
むさぼりすぎ、体力を消耗して足がふらふらになっている。
エレベーターは一階に止まったままだった。ボタンを押し乗りこむ。ほんの一瞬袋を
探したが、結んだ紐が解けて床に落ちているのを確認してホッとした。
これでいい。大丈夫、予定通り、焦ることはない。
閉ボタンを押し、外から見られないように身を隠す。ゴウンとエレベーターが唸りを
あげた。そのまま、爪先立ちの後ろ手で9階のボタンをまさぐる。


火照った顔から血の気が引いていくのが分かった。


こんなことに。
単純すぎるこんなことにどうして気づかなかったのだろう。
9階へ向かうランプに、手が、指先が、どうやっても届かないのだ‥‥‥‥


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