まなざし その2

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ギチ、ギチリ、と。
汗を吸った拘束具の中に塗り固められ、溶けきった裸の上半身が甘美にわななきだす。
身悶えさえ吸収する使いこんだ革ベルトによって、すみずみまで知り尽くされた躯の
ラインを愛情深く緊めあげられていく。
瞬間的に、カラダの芯にボッと被虐の焔が灯ってしまうのだ。
「‥‥んンンッッ!!」
涎と悲鳴を猿轡の穴からほとばしらせ、ボールギャグをきりきり噛み絞ってしまう。
セルフボンデージによって不自由に固められた後ろ手の裸身では、9階のボタンまで
手が届かないだなんて。そんなことが一体どうしておきるのか。わざと厳しく、高手
小手に縛りあげたのは何のためだったのか‥‥ここまでの愚かしいミスは、予想も、
可能性すら考慮に入れていなかった。
このマンションのボタンは、まっすぐ縦に並ぶタイプ。
1階に降りるボタンを簡単に押せたため、この危険性を見逃してしまったのだ。
あまりに初歩的で。
あまりにも幼稚で、拙く‥‥
これは、致命的な見落としによるアクシデントの発生だった。
捕らわれの裸身をピチピチ弾ませ、必死に爪先立って跳ねる。だが、手枷を吊りあげ
られ、太いモノに啼かされている最中の下半身に力が入るはずもなく、ろくにジャン
プもできないのだ。
突き指しかけて、あわてて指をひっこめる。
どうやっても不可能だった。固く縛められた今の私では、9階のボタンは押せない。
まさか、指が‥‥届かないなんて。
これじゃ、部屋に戻れない、私‥‥どうしたら‥‥
頭の中はパニックの前兆でぐちゃぐちゃだった。失敗した、失敗した‥‥あの妄想を、
最悪の現実にしてしまった。もう、このカラダのままでは部屋へ、9階へ戻れない。
「ホグッ、うっ、むぐぅぅ‥‥」
クレヴァスの中を激しく抉られ、ビクビクンと玩具のようにオッパイを弾ませる。
怯えわななく意志とうらはらに、マゾの火を灯されたカラダはいっそう貪欲にバイブ
を咥えこみ、オツユを垂れ流してむさぼりつくすのだ。
女の柔肌をいびつにくびれさせる革ベルトが、ギジリと嫌らしく勝利の軋みをあげる。
終われないセルフボンデージの結末がどんな悲惨なものか、知らぬはずもないのに。
こんな、買ったばかりの新しいバイブに夢中になっているから。
基本を忘れたプレイの末路がこれだなんて‥‥
「う、はふ、っひクゥ」
虚脱した膝から、ふぅっと力が抜けていく。
汚れた床にペタンとお尻をつき、コツンとバイブの底に衝撃を受けて跳ね上がった。
被虐的なあきらめと、火のついたとめどない焦燥感。それらが渾然一体となって神経
を灼きつくし、さっきあれほどイかされて爛れきった裸身を、ふたたびオーガズムの
頂へ押し上げていく。
へたりこんだお尻をじわっと炙るのはエレベーターの振動そのもの。
ゾクン、ゾクンと、機械的な蠕動が、うなりが、私をどんどん真っ白に染めあげ‥‥
「‥‥ン、くぅぅン!!」
眉をきつくしかめ、私は必死の思いで凌辱に溺れる意識をひきはがした。
このままじゃダメ。計画が失敗したからって、あきらめたらそれこそ終わりなのだ。
むずかしく考えない。とにかく行動が先だ。
手の届く階のランプを押し、あとは階段を使えばいいんだ。
見られる危険が増しただけ。セルフボンデージの難度があがっただけだから。だから、
お守り袋のキーリングを外してカギを取りだすことから始め‥‥
くらりと視野が揺れた気がして、集中が乱れる。
気のせいではなかった。
お尻にあたる床が、はっきり重々しく振動しているのを私は感じた。
意識を消し飛ばさんばかりに暴れ狂うバイブにのめりこんでいたら気づかなかったか
もしれない感触。この抑えつけられるような感覚、これは‥‥エレベーターが、上昇
している‥‥?
ギョッとして顔を上げ、私はわなないた。
いつのまにか、8階のランプがついてる!?
今度こそ、はっきりとした冷たい戦慄が全身を侵していた。
誰かがエレベーターを呼んでいる。みるみる最上部の階数表示が2階へと変わった。
このままじゃ、拘束も解けないうちに鉢合わせしてしまう‥‥!?
見られちゃう、見られちゃう‥‥
本当の晒し者に、ボールギャグだけで丸分かりの顔を覚えられちゃう‥‥
それどころか、密室に2人きりで、無抵抗なカラダのまま閉じ込められてしまう‥‥
時間が、意識がねっとり重くまとわりつく。
パニックに陥ったカラダは小刻みに震え、動け、動けと狂ったように連呼する意識を
裏切って動いてくれなかった。足に力が入らず、ただへたりこんだまま、魅せられて
階数表示に釘付けになっているのだ。
もうダメ、間に合わない、間に合わなくなる‥‥
空回りする意識だけが、むなしく焦りもがいている。
2階から3階へ、その数字があっというまに4階に変わり、鉄の牢獄が上がっていく。
どうしよう、どうしよう、どうしよう‥‥
残酷に拘束された後ろ手がギュチギュチ弾み、いやらしく裸身がくねってしまう。
ドロリドロリ胎内で濡れた粘膜やヒダが蠢き、バイブを根元まで飲み込まされたまま、
愉悦の極みへ、まっしろな頂上へと火照った裸身が追い上げられていく。
乳房を弾ませて、乳首をツンツンに尖らせて‥‥
「ふっ、うグ‥‥」
このままじゃ、このオッパイだって、揉みしだかれて酷い目にあってしまうのに。
極度の焦燥感と被虐の悦びに溺れ、凍りつく裸身はまるで言うことを聞こうとしない。
よがりながらぺたんとお尻をつけ、腰が抜けて座りこんでいる私。
ついにエレベーターの表示が5階に変わった。
ダメ、ダメ、終わっちゃう、何もかも終わってしまう‥‥!!
パニックと、蛇のようにのたくる焦りが弾け、しゃにむにカラダを突き動かしていた。
ほとんどバネ仕掛けで立ち上がる。足首に走った痛みに構わず、体当たりする勢いで
壁のボタンに身を投げる。
目で確認するゆとりなんかなかった。
たわませた背を壁に押しあてて飛び上がり、指先で思いきりボタンをかきむしる。
「か‥‥っク、はぁぁァゥッ!!」
痛みと、とほうもない快楽。
舌たらずにむせぶマゾの嬌声が、猿轡ごしに空気をふるわせる。
着地と同時に下腹部で大きくバイブが弾み、深々と女の部分を抉りなおされたのだ。
疼痛が悦びをきわだたせ、しゃがみかけた私はさらに食いこむバイブに呻く。
ヤダ、イク、イッチャうぅ‥‥
海老ぞりにひくひく裸身を波打たせ、あまねく爪先までしみわたっていく快感に奴隷
の身をぞくぞくと揉みしぼっては、拘束をいやらしく奏でなおす。自分の指と指を指
をきつく絡めあい、とろけきった衝撃を胎内に浸透させていく。
何も考えられない‥‥焦ってるのにこんなに乱れて、私‥‥
のけぞった視線が、6階を通過していくエレベーターの階数表示をとらえる。
間に合わなかった‥‥!!
ぞくぞくっと全身をもみしぼったとき、規則的なエレベーターの振動がふっと緩んだ。
ポーン。
音をたて、篭女の檻がするする開く。
人気のない7階のエレベーターホール。まさに紙一重のタイミングだった。やみくも
に探った手が、4階から7階まですべてのボタンを押していたのだ。
もはや、鍵のことなんて頭からすっぽり抜け落ちている。
見られるスリル。
十分すぎるほどに味わったその苦しさに背を丸め、ようやく密室から逃がれでた私は
フラフラとおぼつかない足取りで階段を登っていく。8階のエレベーターホール前を
そっと通り過ぎ、9階へ、そして、廊下を歩いて自分の部屋へ‥‥
もつれて引っかく指でノブをとらえ、中へ入った時には、すでに私はボロボロだった。
何度となくアクメのさざ波に啼かされ、喘ぎだけはこらえつつ深いオーガズムの揺り
もどしに、余韻にイかされすぎて‥‥
「きひ‥‥ぃぅ、うぅぅ」
ぐったりした汗みずくの裸身をベットの上に投げ、屈服の呻きをもらして降参する。
かなわなかった。完敗‥‥私は、私自身の手で完膚なきまで調教されてしまったのだ。
カギを取りにいくこともかなわず、不本意な絶頂に飲みこまれて。
これでもう、私はこの拘束姿ですごすほかないのだ。
自分で計画したはずのセルフボンデージに失敗してばかりで。
無残な縛めに緊めあげられ、寝ている時でさえ犯されつづける奴隷の身‥‥
不自由な身じろぎの中で味わう甘美な絶望の味‥‥
ひときわ深くをバイブに抉られ、快感のあまりうつぶせのお尻が跳ねあがってしまう。
「う、はぅぅ」
じわじわ馴らされていく奴隷のカラダは、さらに過激でないと物足りなくなっていく。
調教を繰りかえすたび、色濃くなるマゾの血がうらめしい。
革枷の軋む手首を、ひねった足首を、少しだけ動かし、ふたたび身を起こす。
「んー」
ひとしきり拗ねたあと、私はキッチンに向かった。
敗北の証に、冷蔵庫から氷漬けになった予備のキーをとりだした。いつかの失敗以来
とっている最後の手段だ。けれど、これを使うということはセルフボンデージマニア
としての誇りを放棄したということ‥‥
ヒヤリと手に吸いつくそれをテーブルの上に置き、私はベットに舞いもどった。
クーラーの効いた部屋では溶けるまで3時間はかかるだろう。それまで、寝ることも
できずバイブに犯しぬかれて身をよじりぬく。それが、命令を聞けなかった私自身に
与えるべきお仕置きであり、罰でもある。
「あ、はぁぁァン!!」
ビュクビュクっと太ももが痙攣する。今度こそ、バイブの味を私は噛みしめていた。
短い夏の夜が、いくえにも引き伸ばされていく。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


あの(ひと)とのデート以来、私の心はマゾの悦びに大きく天秤が傾いていた。
セルフボンデージに気乗りせず、むしろ誰かご主人様の手で心ゆくまで調教されたい
と願っていることに気づく。
私はいつのまにか、変わってしまったのだろうか‥‥
週明けの朝、会社に向かった私の頭はいつになくぼんやりしていた。
もやもやと焦らし責めにあっているようなもどかしさが、カラダの芯に居座っている。
セルフボンデージを引きずらないのが私のルールなのに。課題に失敗した惨めさが、
まだ尾を引いているのだろうか。
「お早うございます早紀さん。どうしたんですか。今日、なんか色っぽいですよ?」
「そ、そうかしら‥‥化粧を変えてみたの、少し」
更衣室を出しなにすれ違った後輩OLの一言に、ドキッとさせられた。
会社の私は仮面の私。
本当は、私は、普通の女性よりもいやらしくて、ずっとインランで、エッチで‥‥
「嫌だな、今日の私」
下を向いてこっそり心の中で吐きだし、背を伸ばしてデスクの書類にとりかかった。


半日もたつ頃には、いつもの佐藤早紀に戻っていた。
書類を作成しつつ、合間にお茶を入れ、電話を取り次ぎ、慣れた仕事をこなしていく。
「今度異勤してきた今内さん、けっこうカッコイイと思わない? 一人身だって噂よ」
「えーでも、もういそうじゃない、彼女」
「そう思うでしょ? でもね今内さん、この週末に合コン行ってたらしいの。うちの
課の加藤君からそれとなく聞き出したんだから」
ゆっくり昼をとり、洗面所で歯を磨きながら仲間うちでたわいないおしゃべりをする。
‥‥そう。週末は週末だ。
合コンにせよなんにせよ、秘密のない人間なんているはずもない。彼女たちも、私も。
大丈夫、私は普通だから。
ようやく緊張がほぐれ、先に洗面所を出てオフィスに戻ろうと歩きだす。
その背に、誰かの声が突き刺さった。


「‥‥マジだって。エレベーターで痴女がでたんだよ」


            ‥‥‥‥‥‥‥‥


足が。
もつれ、痙攣して、その場で棒のようになっていた。
「痴女?」
「アレか、裸だったりしたのか!?」
「違うって、SMだよ。ボンデージだってば。なんか縛られてた。一人きりで」
‥‥カァッと頭の芯に血が上っていく。
部屋の入口脇にある観葉植物に体が当たり、よろめいて転びかける。
私、私のことだ。昨日セルフボンデージで何度も悦びを極めさせられた私がなぜ会社で、
そんな誰かに見られてウソ違うのあれは‥‥言葉が喉奥でもつれる。知らんふりで絶対
無視するべきなのに、ギクシャクと首が振りむいてしまう。
「縛られてたって何。強面のお兄ちゃんと変なプレイでもしてたってか?」
「違うんだ。裸なのに全身縛られててさ、見るからに誘ってるつうか、無抵抗そうで」
「うへぇ、それはうん、美人ならアレだな。ゾクゾクくんな」
たらりと冷や汗が額をつたうのを感じとる。
廊下の向こう、自販機の置かれた喫煙コーナーで同僚の男性らが談笑していた。営業の
大木君と山城君、それに、ちょっとムッツリ系で寡黙な満井さんもいる。時折私の方を
変な目で見ていたりする、なんとなく苦手な人だ。
「で、誰だったのよ。まさか知り合い?」
「‥‥!!」
悲鳴をかみ殺す。
お願い‥‥ダメ‥‥違うって、私のことは言わないで‥‥
気づかれる前にこの場から‥‥でも、膝が震えて‥‥逃げられない‥‥‥‥!
「それがさ」
もったいぶって大木君が口を開く。
「すげぇ美人なのにマスクで顔隠れて分かんないんだよ。俺一人だったし、びびってる
うちにドア閉まちゃうし‥‥満井さん、信じられます? シーズンスタワーでですよ?
利用客の出入りもすごく多いのに、大胆すぎっすよ」
「あぁ、うん‥‥」
「とにかく。さっきの合コンの話で出た一時会の場所ね。現場そこですから」
「マジでか! じゃあ今内や田原や、他の合コンメンバーもそのおいしい光景を?」
「馬鹿。女連れで痴女にあったらかえって気まずいだろう」
興奮する山城君に満井さんが水をさす。
「あ、そうか。じゃ大木、お前も」
「いーや。俺が出くわしたのは、目当ての子に逃げられた後だったんだよ。うまく2人
で抜けだしたのに、マズい話題振ったらしくて。いきなり不機嫌になられてもなぁ?」
‥‥え?
シーズンスタワー? 私の話じゃない‥‥の‥‥?
頭とカラダがバラバラで、まだ動悸の乱れがおさまらない。
シーズンスタワーは近郊路線の乗り換え駅に新しく建った駅ビルで、市役所が低層階を、
上層と一階・地下のテナントには有名なレストランやホテルを招致した高層ビルだった。
たしか、最上階の展望レストランと、ガラス張りのエレベーターで話題のはず。
‥‥ガラス張り。 
不意に、ドクンと、さっきとは違う形で心臓が跳ねた。
ガラス張りのエレベーターの中に、緊縛された全裸の痴女がいた‥‥?
いつ誰に会うかも分からない公衆の面前で、人の中にまぎれて、SMプレイのスリルを
楽しんでいる女性がいた‥‥?
「今内さんの発案で、実際行ってみたらシーズンスタワーは良さそうな店多いですよ。
軽く下見しといて、その次の合コンで使ったらいいんじゃないですか?」
「下見で痴女に会えるかも知れないしな。ちょい楽しみ」
あっけらかんとした山城君の発言で、たむろしていた男性全員がゲラゲラ笑う。外食で
もしてきたのだろう、ネクタイをゆるめ、すっかりネタ程度の扱いだ。
観葉植物の影で、私はふるふると震えていた。
セルフボンデージの秘密を知られてしまうという、せっぱ詰まった最悪の恐怖ではない。
今聞いたばかりのエピソードが、頭にこびりついて離れないのだ。
見てもいないその光景が、勝手に頭の中でイメージを結ぶ。
ボンデージで。誘うように。
一人きりで。
こしを


「あ、ちょっと早紀、何してるの。そろそろ昼休みが終わ‥‥」
「ひゃぁぁ!」
「わっ、な、なによぉ」
肩に手をかけられ、私はキャッと悲鳴をあげていた。呼びとめた幸崎さんまでが驚く。
焦って横目で喫煙コーナーをうかがうと、いつのまにか満井さんが寡黙な表情でこちら
を見つめていた。わけもなくドキリとなる。
「ゴ‥‥ゴメン先に戻ってて。お腹が痛くなっちゃったの」
「え?」
返事を待たず、幸崎さんを置き去りにして私は洗面所に舞い戻った。じくりと下半身に
奇妙な震えが走りぬけていく。もう人気もない洗面所にとびこみ、個室に入る。
おそるおそる、不安にかられながらスカートと下着をズリ下げ、私は、小さく呻いた。
「やっぱり‥‥」
誤魔化しようもなく、まぎれもなく。
下着のクロッチに小さな染みができ、むきだしになった女性の部分はじっとりと透明な
雫でぬめりだしていたのだ‥‥


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


午後の私は、恥ずかしいほど仕事が手につかなかった。
三度ばかり凡ミスを繰りかえし、お局OLに酷く叱責されてやっとのことで解放される。
『佐藤さんは意外と見落としが多いわね』
お局の言葉だ。
『要領よくやっちゃう分、事前の下調べと準備が足りないんじゃないの?』
事前の準備。下調べ。言われてみれば私の欠点かもしれない。残業がイヤだから、時間
内で間に合わせたり、気になっている部分をすっ飛ばしたりする。案外、この性格が、
プライベートでのミスにもつながるのでは、などと考えてしまう。
セルフボンデージもまた、入念な下調べを必要とする。
どれだけ準備しても100%はない。つねにトラブルの可能性はつきまとう。だからこそ、
ギリギリまで用意を整え、無力な奴隷になり変わる瞬間が魅惑的なのだ。
で、あるなら。
例の彼女は、どれだけ準備を重ねたんだろう。
更衣室を後にして、夕暮れの街路を歩きながら、いつかのように私は上の空だった。
シーズンスタワーで、セルフボンデージ‥‥その、準備の重さ。
裸で、SMみたいに緊縛されて‥‥
一人きりで‥‥
ぬるりと日常に忍びこんだアブノーマルな誘惑が、いつのまにか私を絡めとる。初めて
自縛を覚えた時とまるで同じだった。そわそわし、カラダがほてっていく。
私にとって、もっとも大事なのは一つだった。
彼女は、みずから望んで緊縛を施され、危うい遊戯に酔っていたのだろうか‥‥?
シーズンスタワーは複数の路線が入る乗り換えターミナルの駅ビルだ。ただでさえ、人
の出入りが激しいそんなところでSMをするには、かなりの覚悟がいるはず。大木君に
助けを求めようともしなかったのだから、なおさら、彼女は‥‥
「‥‥」
家に帰ってきてからも、想像は広がるばかり。
ゾクリ、ゾクリと、新たな被虐の波が背筋をねぶって妄想を加速させていく。
名前のない人々の中にまぎれこんだ痴女。
彼女はその素性と切り離され、ただの痴女として話題になる中で拡散していく。リスク
をかかえた自宅周辺でのプレイとは違う、究極の、群衆の中での匿名性が与える刺激と
スリルがあるのだ‥‥
いつか、私は興奮し、何度も寝返りを打ちながら匿名のその女性に自分を重ねていた。
何度も裸の女性があらわれるのなら、それは誰とも判らない匿名の「痴女」なのだ。
その中に、私が、自縛を施した私がこっそり混ざってみたとしても‥‥
もやもやとしたカラダの疼き。
十全にみたされないセルフボンデージの渇望は、やはり成功して、困難な自縛の身から
解放される達成感あってこそ。それを感じられなければ、マゾの渇きはいや増すばかり
‥‥つまりそういうことなのだ。
九階だてのアパートでは、エレベーターが動き出して止まるまで20秒もかからない。
赤の他人を意識させられてオルガニズムを極めてしまった中野さんの快楽や、シーズン
スタワーでマゾの蜜に溺れたその女性と等質のものを、生活圏のアパートで求めること
自体が無謀なのだろう。
知り合いや隣人に見られる恥ずかしさは、赤の他人に裸をさらすカイカンとまるで違う。
会社の廊下で感じたおののきと同じ。快感よりなお苦痛が、羞恥が、痛みそのものが、
肌や心を刺しつらぬいて喜びを遠ざけてしまうのだから。
バーで過ごした縄掛けの一夜だって、ステージ上の極限の羞恥は今も身震いさせられる。
つまり‥‥そういうことなのだ。
このとき、確実に、私の中では予定が、すべての段取りが動きだしていた。
見知らぬ他人相手だからこそ感じられる快感‥‥それこそが、私の求めてやまないもの。
公の場で、人に見られながら、視線に嬲られつつ、どこの誰と気づかれることなく思う
存分イってしまう。
その痴女の堪能した楽しみを、私は、みずからの手で追体験させられるのだ。もう一人
の私――嗜虐的な、私の嗜好を知り尽くした、ご主人様である佐藤早紀の手で。淫靡な
拘束姿へと仕立てあげられ、言葉も、弁解のゆとりも奪われ、密室に追い込まれて。
徹底的に辱められ、裸に剥きあげられてゆく。
「ンッ」
パジャマの下でゾクリと裸身がよじれ、私は恥ずかしい場所に手をもぐりこませていた。



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