縄掛け その2

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どちらかが縛られないといけない‥‥って、まさか!?
不覚にも、ギクリとした私は腰を浮かせかけていた。中野さんと肘がぶつかり、2人
して小兎のようにおびえてしまう。
「あら」
私たちのうろたえぶりに、女性バーテンは目をみはった。意外に年なのか、目尻には
小さなシワが刻まれていた。
「別にムリヤリ何かするつもりはないわ。さっきの子たちだって、ほら」
うながされるまま、さっき舞台に出た女の子のいるブースに目を走らせ‥‥あやうく
私はあっと声をあげかけていた。
あの子だけだと思っていたマゾヒスティックな緊縛が、全員の身に施されていたのだ。
キッチリ後ろ手に折りたたまれ、あるいは気をつけの姿勢で太ももと手首を革枷でつ
ながれ、拘束具や高手小手に食い込む縄目に彩られて‥‥
セルフボンテージの経験があるからこそ分かる。4人とも決して自力では抜け出せぬ
完璧な拘束を施されていた。恥ずかしげに身をよじる4つの緊縛姿はあまりに扇情的
で、呟きかけた台詞は掠れ、喉がゴクリとなった。
「う、ウソ‥‥」
「別にさっきの子も、むりやり私が舞台に連れだしたわけじゃないわ。ちゃんと彼女
の承諾を得て、彼女の希望にしたがって軽いSMプレイを体験してもらっただけ」
そんな‥‥
わざわざ自分からさらし者に‥‥?
もうワケが分からなかった。動悸が乱れ、床がかしいでいるような気分だ。彼女たち
は本当に自分から縛られたがったのか。バーテンがウソをついていて、私たちもこの
まま騙され、縛られてしまうのだろうか。
さからう私自身の手が背中にねじられ、縄に括られて、抜け出せなくなっていく‥‥
先走った妄想に、意味もなく自分の手をきゅっとつかんでしまう。
「もしかして、うちのサービスを知らずに来たの? わりと有名なはずだけど」
「え?」
「睨まなくても大丈夫。つまり、縛られた女の子はチャージ料がただ、グループ全員
が縛られた場合さらにワンドリンク無料。SMを気軽に体験できるサービスなのよ。
雑誌にも載っているわ」
はっと上げた顔がよほどこわばっていたのか、女性バーテンは苦笑した。その言葉が、
パニックで真っ白だった頭にしみとおっていった。
‥‥そういうことか。
つまり、誰かさんの事前調査・説明不足。
一瞬の気まずい間をへて、私は横に座る中野さんをジロリと見つめた。
「わ。は、あはは、イヤだな早紀さん、カオ怖っ」
「怖いじゃないでしょー!!」
抑圧されていた緊張と恐怖がどっと吐きだされ、思わず声を高くしてなじってしまう。
黙っていたバーテンは、やがて微笑とともに割って入った。
「で、どうするの? 二人とも‥‥する?」
「‥‥」
「見たでしょ? 私の縄さばきはプロの、本格的なSMの縛りだから。気持ち良くし
てあげるわ。初心者でも、上級者でも」
嫣然たる笑み。
ふたたび、ドクンと大きく鼓動が弾むのを私は感じていた。
一気にまわってきた酔いと興奮とが、甘やかな誘惑を加速していく。初めての緊縛を
体験できる機会が、すぐ目の前にあるのだ。
なによりあの子がショーに志願していたことが、疑いない事実を明らかにしていた。
他人に見られる羞恥心を上わまるほど、視線さえ忘れて本気でイッてしまうほど‥‥
バーテンの緊縛は気持ちイイものなのだ。
カウンターの下で、中野さんがぎゅっと私の手を握ってくる。
まるで二人が恋人かなにかのように、甘くうるんだ瞳で、私の同意を待つかのように。

ちろりと、バーテンの唇から舌がのぞいたように思えた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

カウンターを離れ、さりげないバーテンの誘導でSMバーの奥へと向かう。壁ぎわに
拘束具がおかれた一角もあり、吊り下がる手錠や革の首枷に震える指で触れたりした。
ドキドキと恥ずかしいぐらい胸が高鳴っている。
従業員ドアの脇の小部屋に入ると、そこはさっきのステージの裏手らしかった。部屋
のあちこちにビザールな衣装やメイク道具、SMの器具が積まれている。
「縛られる過程は、人目に見られないほうがいいでしょう?」
「ひゃっ」
おそるおそる革の衣装をつまんでいた私は、別室から入ってきたバーテンに声をかけ
られて飛び上がった。中野さんが代わりに応対する。
「でもなんか、妖しいお店ですね。本当の意味で」
「あら失礼な。SMを身近に感じてもらうためにバーを始めたようなものだから」
「どういう意味です?」
「私は昔SM嬢やっていたのよ。仕事でも、プライベートでも」
驚きと納得の色を同時に浮かべた私たちに目をやり、バーテンは首をかしげた。
「それで、決めたのかしら」
「‥‥はい」
中野さんと私、どちらが縛られるか。
ドクンとひときわ跳ね上がる心臓を押さえ、中野さんに流し目を向ける。
話の流れから言えば、彼氏とのSM経験のある中野さんが縛られるのが自然だった。
なのに、なぜか理不尽に感じてしまう。恥ずかしくて志願できないのに、物欲しげに
バーテンの声がかかるのを待ち焦がれている自分がいるのだ。
本当は、私だって‥‥
「わ、私‥‥ですかぁ? ですよねぇ。やっぱり、誘ったの私ですし」
うぅぅと哀しげに呟きつつ、中野さんはしっかり快楽に期待して耳たぶを染めていた。
おずおずと進みでたきゃしゃな体をさっとバーテンが捉え、あっという間にその手を
背中にねじりあげる。
「キャッ」
「あら。やっぱりあなた経験者ね。じゃ遠慮はしないわよ」
後ろ手に手首を組まされて従順に首を垂れた中野さんの仕草から悟ったのだろう。手
にした二つ折りの紺のロープが、するすると彼女の手首を絡めとった。たちまち手首を
縛りあげ、二の腕をくびれさせて胸の上下にきりきり絡みついていく。
「ンッ」
中野さんの瞳がすうと細まる。まぎれもない愉悦の光がその奥で踊っていた。
会社の誰もが知らない、欲情にとろけた彼女の顔つき。
切なさと、被虐のうるみと、自由を奪われる悦びが、彼女の躯をなまめかしくオンナ
の肉づきに変えていく。それは目で見てとれるほどの、あまりに鮮やかな変化だった。
ギシ、ギシッと音を立てて、中野さんの体を鮮やかな紺の縄が彩っていく。
トップスの上から縛めが這い回るたび、彼女の躯は跳ねた。
ときおり喉を鳴らし、食い込んだ縄のキツさを悦ぶかのように腰を弾ませて。
パンツの股下を裂くかのように、縦に股縄さえも通されて。
「ふふ、あなたのご主人様、縄はそんな上手じゃないのね。私のと、どちらが好き?」
「ふ、ふぅぅ‥‥こっちの方が、ずっと‥‥ンァァ」
いたたまれない。
立っている手の置きどころがなく、無意味に腕を組んだり服のシワをつまんでしまう。
本気で‥‥この子、私がいることさえ忘れるほど、本気で感じちゃっている。
よがりかけて、喘いでいるんだ。
愛撫されるわけでもなく縛られるだけなのに、そんなに違うもの‥‥?
「違うわよ」
「‥‥!!」
バーテンのまなざしが、いつのまにか私をからめとっていた。
「女の子のカラダは繊細なの。本当にきちんと縛ってあげれば、Mッ気のある子なら
それだけでイッてしまったりするのよ‥‥彼女のようにね」
中野さんの縄尻をつっと絞ると、高手小手に彼女を括った全身の縄がギシリと鳴った。
股縄のコブが、しわのよった下半身の奥にいやらしくうずまっている。
ピィン、と指で縄の根元を弾く。
「んぁ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ッッッッッ!」
声なきアクメの嬌声。
見る者の目にそれはそう映った。
息を詰まらせ、吐息の塊をはきだす中野さんが大きく足をもつれさせる。バーテンが
縄尻をつかんでぐっと支えると、再び縄に感じさせられたのか中野さんは目をとろん
と溶かしてむせぶように呼吸を弾ませた。
「‥‥こんな感じよ。幸せよね、縄だけでイカされちゃうのって」
「ふぁ、はぁい」
ぼんやりうつろに彼女が答える。意識は明らかに、揺り戻す快楽をむさぼっていた。
両手で自分のカラダを抱く。
‥‥こんな風にされたい。本気で、今すぐに。
かって感じたことのない強烈な欲求に耐えた。このバーテンは鋭すぎる。中野さんの
前でこの人に縛られたら、きっとセルフボンテージの性癖から何からすべて知られて
しまうに違いない。けれど身のうちからこみあげる感触は深く、ともすれば感じると
ころに指が伸びてしまいそうなのだ。
クタクタっと力の抜けた中野さんを手の中であやしながらバーテンが続けた。
「で、どうするの?」
「‥‥」
「せっかくだから、縛ってあげるわよ。あなたも。こっちにおいでなさい」
ドクン、と大きく心臓が弾む。
縛ってあげる‥‥その言葉の、なんと魅惑的な甘美なことか。
「あ、イイです、私は、そのぉ」
瞬間的に拒絶をしてしまい、直後に後悔した。
本当にそれでいいのか。何のためにバーテンの申し出を了承したのか。
そう、ほんのちょっとだけ、体験したりできないだろうか。
バーテンは答えず、探るような私の瞳を見つめ返す。鋭すぎるドミナのまなざしで。
「あ。あのぉ」
息詰まるような沈黙に耐えられなくなり、私は意味もなく口を開いていた。
「や、その、えっと‥‥そういえば、バーの名前の"HEDNISM"ってどんな意味です?」
「快楽主義者」
中野さんの縄尻をキュキュッとしごきながら、バーテンは、片頬だけで笑みを作った。
「私たちに・・・・、ぴったりでしょ?」
「わ、分からないですけど」
共犯者めいた笑みに、心がぐらぐらと動く。本性を悟られたくない。なのに、私の中
にいるマゾの部分はいじめてもらいたがっている。相反する二つの気持ちが、激しく
葛藤しているのだ。
「いいのよ。SMに興味が無ければうちには来ないでしょう? せっかくのひととき
ぐらい、アバンチュールを楽しんでもらいたいの。ね」
「本当に、それだけ、ですね」
慎重に言葉を選んで投げかけた。
「ん?」
「ただ縛るだけですよね? 余計なコトや、それ以上は、何も、言わないですね」
「‥‥」
今度、探るような目をしたのはバーテンだった。
ややあって、言う。
「いいわ。何も言わない。何もしない。縛るだけ。今みたいなこともしない」
コクリと頷き、私はおじけづく膝に力を入れて歩み寄った。

「さぁ、行くわよ」
首輪からのびる紐をちょんとひっぱって、バーテンがほほえむ。
分かっている。これがちょっとした大人のお遊び、ゲームなんだから‥‥割りきって
何度も自分に言い聞かせているはずなのに、私の頬はカァッと熱く火照りだしていた。
後ろめたい、じくりとした感覚。
カラダのうちから湧きだすような、奇妙な甘いぬめり。
「‥‥‥‥‥‥」
「なぁに?」
「いえ。なんでもないです」
バーテンから目をそらし、私はちりちりと唇を噛んで。
これは‥‥ひょっとして、バーテンに口答えした罰、なのだろうか。
むしろ燻る物足りなさ。
カラダを這いまわる縛めは、あまりにも単純で、感じるツボを外してあった。胸の前
でファーつきの手錠が両手にかけられ、ゆるいリードで首輪と結ばれたきり。
たしかに全身は火照っているけど、その感触は行き所をなくしてムズムズ疼くばかり。
隣でふらふら床を踏みしめる中野さんを見つめる。
目にもあでやかな高手小手の縄化粧。背中高くまで後ろ手を吊られ、あの姿では上体
は身じろぎも苦しいに違いない。それがどんな感覚なのか、私には分からない。
なんて、意地の悪いバーテンなんだろう。絶対わざとだ。
『放置責め』‥‥そんな言葉さえ、酔った頭に浮かんでくるぐらいなのだから。
「ねぇ、SMには興味あるんだっけ」
「ありますよ。じゃなきゃ来ません、こんなトコに」
どうしたって恨めしげな顔が出てしまう私を見やり、バーテンはくつくつ笑っていた。
すっかり呆けた中野さんを座らせ、次に私のストゥールを引いたところで小さく耳打
ちする。
「そうよね。なら、覚えておいて」
「‥‥なにを」
「次は、一人でいらっしゃい。サービスしてあげるから」
「!!」
目を見開く私のうなじをそっとあやすように撫で、彼女は身を引いた。かわりに中野
さんが、快楽と酔いの回った瞳でバーテンに尋ねかける。
「でも、どうしてこんなに拘束具持っているんですかー? 第一、お酒をこぼされて
汚されたりしたら大変でしょう?」
「うちはバーだけじゃなくてSMショップも経営しているの。すぐ下の階よ」
「そうなんだ〜」
「だから、うちのバーを気に入ってSMに興味を持ったら、下の階のSMショップで
彼氏とのプレイ用に気に入った物を買ったりしてもらうのよ」
「へぇ〜。私も、買おうかなぁ‥‥」
ちろちろと、奇妙な感覚がカラダを駆け抜けていく。
ときおり、この年季の入った女性バーテンが私にだけ投げかける視線がどんな意味の
ものなのか。その時は、まだ分かっていなかった。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

目覚めたとき、私と同じシーツにくるまって中野さんがすうすう寝息をたてていた。
ツクンと痛んだ二日酔いの頭が昨夜の記憶を思いだす。
そうだった‥‥
パジャマも着ず、下着姿で寝こけている彼女の肌に指を這わせる。ほっそりした手首
に生々しく残った緊縛のあと。アザになったまだらの縄目。なぜ彼女だけがバーテン
に選ばれ、私の縛めはあんなにもおざなりだったのだろう。
むらむらと嫉妬にも似た激しい感情にかられ、痕のついた手首を強く握りしめる。
「‥‥襲います? 私を」
いつのまにか薄目を開けた中野さんが、私を見あげていた。甘く煙る瞳の奥には昨夜
の残滓が見てとれた。指先がゆっくり私の掌をくすぐり、指と指とをからませあう。
「そうね、たまには食べちゃおうかしら。後輩を」
「怖〜〜い」
「それか後輩の彼氏を」
「早紀さんマニアック〜〜」
「‥‥それ、どの口が言うの。あれだけ昨夜は盛り上がっておいて」
軽口を叩き合って、私たちは起きあがった。休日の遅い朝食を手分けして用意する。
勝手知ったる他人の家のコーヒーメーカーをセットしながら、中野さんはちらと婀娜
っぽい瞳を投げてきた。
「昨日は意外でした。早紀さん、もっとSMに興味あると思っていたんですけれど」
「あら。どうして?」
そういえば、この子は昨日もそんなことを言っていた‥‥
不意に訪れた緊張を顔に出さぬよう、つとめて普通に訊ね返した。セルフボンテージ
の秘密は誰にも知られるわけには行かない。なのに彼女もあのバーテンも、私のSM
めいた部分に気づいていた。なぜだろう。
「う〜ん。早紀さんは、彼とのSM体験談を真摯に聞いてくれる数少ない人だから」
「‥‥それだけ?」
私は吹き出した。中野さんがぷっとむくれる。
「啓子ちゃんのアレは、正直グチの体裁を借りた甘々な話ばかりじゃない」
「どうせ私のは彼氏のノロケです。分かってますって。でも」
言葉を切り、宙に目をさまよわせる。
「SMの話を聞くとき、いつも早紀さんの瞳は潤んでいる気がします。そのせいかも」
「そう」
「きっと早紀さんなら、私と同じように感じてくれるって、つい思っちゃうんです」
油断がならないと思った。頭でなく感覚で彼女は感じ取っているのだ。
ふと、あることに気づいてゾクッと背筋がしびれる。
まさか‥‥
今度は一人で来てねと囁いたバーテンは、私が自分の性癖を隠していると気がついて
あんなことを言ったのだろうか。昨日のあれも、わざと私を焦らしてもう一度バーに
来させるための罠だとしたら。
「あの、早紀さん。スクランブルエッグ、火を通しすぎじゃ」
中野さんに指摘され、ぼうっとしていた私はあわててフライパンに意識を戻した。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

上司の目を盗んで給湯室で一息ついていると、中野さんが入ってきた。お盆を出して
3時のお茶の準備を始めたので、私も手伝う。
雑談のさなか、ふと彼女がいたずらめいた目を向けてきた。
「そういえば、この間会った彼が、うわさの水谷碌郎(ろくろう)クンでしょう?」
「噂ってなによ。失敬な」
「あら、たしか以前、早紀さんから相談してきたはずですけれど?」
ぐ、と返答に詰まる。
週末のあの朝、マンションを出しなに会ったのが、隣の907号室に住む水谷君だった。
軽くあいさつした程度だがそれだけで彼女はピンと来たらしい。
「イイ感じの男の子じゃないですか。早紀さんって、男性選びのセンスいいです」
「ちょ、もっと小さな声でお願い」
たしなめつつも、彼のことを後輩OLに褒められ、顔がゆるむのを抑えられなかった。
中野啓子はおとなしそうに見えて、その実かなり男性の批評眼は厳しいのだ。
「一見優しそうで、だけどクールな芯もありそう。私の彼氏に似てる雰囲気ですよ」
「あら、あなたの彼ってあんな感じなの」
うんうんと真面目にうなずき、湯飲みにお茶をそそぎながら中野さんは目を向けた。
「意外と、ああいうタイプがSM好きなんですよ、早紀さん」

仕事に戻ってからも、彼女の言葉がリフレインしていた。
いや、それだけじゃない。正確には、あの週末の晩に訪れた、SMバー"HEDNISM"の
こともだ。次の週末に3連休を控えたここ数日は、仕事もこなしている間もついつい
あの日のバーテンとの会話を思い出していた。
――次は、一人でいらっしゃい。サービスしてあげるから――
あの、明らかな誘いの台詞。
彼女はたしかに、私の秘めたM性について何かを嗅ぎ取っていた。それを同僚の中野
さんに対して隠していることも。考えれば考えるほど、そこには危険な匂いがした。
おそらく、あのバーテンは彼氏やご主人様のいる相手には手を出してこないのだろう。
だが、もしSMに溺れた女性が、マスターを持たぬ一人身の奴隷だと知られたら‥‥
彼女はバーテンの毒牙に捕らえられ、二度と戻ってこれないのではないか。
奴隷として快楽漬けにされ、捕らわれて。
「もう一度。ひとりで‥‥か」
思わず一人言が唇までのぼりかけ、そこでふっと‥‥
まさに、唐突に、悪魔の計画が頭に浮かんだ。

場所柄も忘れ、瞬間、その思いつきだけで軽いアクメをおぼえてしまうほどに。

            ‥‥‥‥‥‥‥‥

コツ・コツ‥‥
夜の繁華街を歩くローヒールの足音が、おそれと不安にわなないている。
押し寄せてくる秋の冷気にあらがって、コートの襟をおさえるように私は歩いていた。
長らく抑えつけてきた、自縛への希求。
たゆたゆとあふれだす欲望をじっと我慢する行為すら、なおさら私の理性をかき乱す。
3連休初日の夜は意外なほど人が少なかった。大型連休でもないかぎり、最近は家に
こもってゆったり休日を過ごす人間が多いらしい。
「‥‥」
そう。久しぶりのハードなセルフボンテージの舞台には、まさにおあつらえだった。
あの老練なバーテンがどう出てくるか、いくつもの可能性を検討する。
私はマゾでもサドでもなかった。セルフボンテージのもたらす絶望の味に、ひりつく
焦燥に魅せられたSM好きのOLに過ぎない。そのことを、あのバーテンに知られる
わけにはいかなかった。
ある意味、今まででもっとも困難なプレイではないだろうか。
「‥‥」
ずく、ずくっと心がうずきだす。
ジクリジクリ滲みだす被虐的な気分に、後戻りできない一点に向かけて集束していく。
内に秘めた、いやらしいマゾの心を持つ私という奴隷を所有できるのはただ一人きり。
他ならぬ、サディスティックな私自身の意志だけなのだから。
繁華街の裏手を通り、ビルの前で一度立ち止まる。
時間は夜の11時。
そう悪い時間ではない。なかで時間をつぶし、人気のない深夜になるまで待つのだ。
もう一度、カラダの芯で渦巻き、どろりと下腹部に溶けていく感じを噛みしめる。
すでに私の脳裏は、無謀とも思えるあの思いつきをあきらめる選択肢があることさえ
忘れていた。
そうして、あのSMバー"Hednism"へと足を向ける。

「いらっしゃいませ‥‥あら、あなたは」
「お招きに応じて、一人で来ました」
カウンターに座り、ほどなく現われたあの年上の女性バーテンににこりと微笑む。
バーの入りは4割といったところだった。前回同様すでに何人かは全身を拘束されて
未知なる感触にブルブル身を震わせている。
汗がじっとりとコートの内側を伝うのを感じながら、私はバーテンに話しかけた。
「たしか、SMショップもあるんですよね。あなたに見せていただきたいのだけど」
バーテンが、私をじっと見つめた。
相変わらず深いドミナの瞳。ちりちり身を焦がされる錯覚を感じつつ、見つめ返す。
ふふっと笑う。それを合図に、バーテンは立ち上がった。後を追う。
店の一番奥のドアを開け、むきだしの外階段を下りて一階下へ。
やはり従業員用の通路を抜けた先が店だった。思っていた以上に柔らかいイメージで
統一され、飾り棚に黒光りする革の腕輪やコルセット、ボールギャグやらチェーン、
もちろん様々な色の縄の束も用意されている。
「で?」
とんと、背中から手を置かれた。その手がびくりと震える。やはり、気づかれたのだ。
「‥‥どういう、つもりかしら。しかも私を指名して」
「難しい事じゃありません」
前を向いたまま、縄の束を手で触って感触をたしかめつつ私は答えた。全身鏡の前に
立ち、ゆっくりとコートの前をはだけていく。
「このロープで‥‥必要なだけ買いますから‥‥私のカラダを縛ってください」
「‥‥」
音もなくコートが落ち、くるぶしにからみつく。
ローヒールを履いたきり。ただそれだけの姿で、汗ばんだ裸身をさらして、私は囁く。
「もちろん、いい加減じゃなくて。本物のマゾ奴隷として。絶対にほどけないように。
私一人きりでは決して縄抜けできない縛り方で」
ドミナの瞳が炯々と輝き、片手を背中にねじりあげられた。
うっと息を詰まらせながら、なおも告げる。

「‥‥それが、ご主人様からの、その‥‥命令、なんです‥‥‥‥」


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