縄掛け その6

Novels Back Next    

(※当アトリエは成人向け・SM小説サイトです。検索等でお越しになられた方はまず こちら をご覧下さい)


わきあがる怯え、おののき、冷やりとした恐怖。
それすら飲み込んで、私のカラダはヒクヒク疼ききっていた。
ずっと残酷な高手小手に縛られて血の気のうせた手首を、こわばった関節を這い回る
バーテンの指はさながら妖しい催眠術のようだった。くたびれ、麻痺しきった裸身が
ペッティングにみるみる上気しなおし、半ば強制的にふたたびのオーガニズムに向け
昂ぶらされていく。
ボールギャグと革のマスクが外され、ひさしぶりに私はすべての自由を取りもどした。
ねばぁっと濃い糸を引いて、ヨダレが口からあふれだす。
むせこんだ私を支え、バーテンはささやいた。
「かわいそうな子猫ちゃん。せっかく自由になったのに、今のあなたは私の仕掛ける
罠から逃がれられないのだから」
「く‥‥くふ、カッ、ふぅぅ」
息を喘がせる私を凝視しつつ、老練な指がちゅるりと下腹部にさしこまれる。
しどけなく横たわった裸身を電撃がつらぬき、抜かれそうになった指の感触を求めて
弓なりに腰が浮き上がっていく。
脱力した腕がひきつり、思わず寝かされたシーツに爪を立ててしまうのだ。
罠‥‥
ここまでの調教ぶりを見れば、バーテンの言う罠とは絶望的なものに違いなかった。
この身に何をされるのか。いや、何の為の罠なのか。
散漫な意識は、とぎれとぎれにしかバーテンの台詞を理解しようとしない。
ようやく自由になったカラダは、皮肉にもバーテンの与えてくれる愛撫に感じきり、
今にもひどい目にあわされようとしているのに抵抗する気力さえわきあがらないのだ。
どうにか、それでも必死に理性をたもって声をかえす。
「罠って‥‥なん、ですか」
「フフ。簡単なこと。ご主人さまの命令なのにそもそも時間制限がないのがおかしい」
「時間制限?」
「わざと長い時間あなたを引きとめて様子をみたの。ご主人さまがトラブルに備えて
いるなら、すでにお店にきているか、あとから来るかするはずだと思って」
「‥‥」
「でも、あなたの反応を見ても、それらしい人はいなかったわ」
一語、一語、バーテンの推理は私を追い込んでいく。
的確にウソを見抜かれていく焦りは、なおのこと私を敏感に狂わせていた。ふるり、
ふるりと耽美な手つきに喉の奥から嬌声があふれ、みるまにイッたばかりのカラダが
汗みずくになっていく。
「じゃ、メール調教? 遠隔調教? でもそれにしては、あなたの反応はぎこちない。
なのに拘束されればしっかり感じてイッてしまう。秘めたマゾ性はかなりのもの」
「ン、くっ、ンフ」
「私の出した可能性は2つなの。あなたはSMへの好奇心を抑えられなくなった耳年
増の初心者か、あるいは‥‥」
爛れた乳房を手のひらの柔らかい部分でほぐし、乳首を転がしながらバーテンが言う。
切れ長の鋭い目を細め、犯人を追いつめる検事さながらに。

「‥‥あるいは、ご主人様をもたない自縛マニアか」

ビクリ、と背筋が跳ね、狂おしい戦慄が下腹部をグチャグチャに溶かしていた。
バーテンの手を透明なしたたりで覆いつくすほどに。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


やはり、すべて見抜かれていた――
慄然とする被虐の甘い破滅衝動に震えあがりながら、それでも私は苦しいウソをつき
通すほかなかった。ただの推理にすぎない。彼女に確証を与えてはならないのだ。
なぜなら。
「だからね、あなたを堕とすのは簡単なの」
ちろりと鮮やかな舌をのぞかせたバーテンの表情は今までのどれより凄惨だった。
私の頬を撫で、歌うように言う。
「絶対に自力でほどけないよう縛っちゃえばいいわけ。私の元に戻ってくるしかない
ように。どんな手段があるかは、むしろあなたの方が詳しいでしょうね」
「し、知りません」
せいいっぱいの思いで、うろたえた目をそらす。
そう。絶対に抜け出せない方法なんていくらでもある。だから私は、知らないふりを
続けつつ、自分の幸運に、運よく縄抜けできる可能性に賭けるしかない。彼女が甘く
ないことを知りつくした今では、それがはかない望みだとしても。
「前置きはこのくらいにして、縛りなおしてあげるわ。そもそものお願いだものね」
「‥‥」
ふいっと愛撫を中断したバーテンが私を引き起こし、隣の部屋に消えていく。
逃げようか。一瞬ちらと浮かんだアイデアは、すぐに現実の可能性におしつぶされた。
ローヒールさえ下の階で脱がされ、文字通りの一糸まとわぬ全裸の姿。しかも両膝は
がくがく震え、快感のうねりに翻弄されて脱力しきっている。
どこにも逃げようがない。
それ以上に、この愉悦の渦にひたってしまった心は逃れられない。
どこまで無情な仕打ちが待っているのか‥‥
後ろめたく情けないマゾの疼きが、私自身を呪縛して逃がそうとしないのだ。
わななくカラダを抱きしめているうち、縄束や拘束具を持ってバーテンが戻ってきた。
「おいで」
「‥‥はい」
もはや、どうしようもない。観念し、従容としてドミナの命令にしたがう。
二度目の縄掛けはより巧緻で独創的だった。
自分の腰を抱くようにカラダの前で両手を交差させられ、左右の手首の細いところに
縄がかけられる。二本の麻縄は体の後ろで思いきり引き絞られ、胸の下でくっついた
肘に寄せ上げられたオッパイはいやらしく迫りあがってゆく。
幾重にもウェストの周囲に巻きつき、編み上げられていく緊縛はほっそり腰をくびれ
させ、執拗に手首を左右に引っぱって自由を奪ってしまう。
鬱血するような残酷さではなく、蜘蛛の糸のように全身に吸いつく縛り‥‥
「く、ふ」
麻縄のザラリとした質感に、過敏な肌を刺激され、私は息を乱していた。
すでに腰にびっちり密着させられた手首は裏返すこともできなくなり、さらに両肘を
一つに束ねた縄目は悩ましく放射状に広がって上半身を投網の内にくるみこんでいく。
3箇所で縄留めされた二の腕は逆方向に引っぱられ、腰や肩へと連結されて。
肌という肌、関節という関節にあまさず緊縛が施されて。
当然、いびつに腕の中ではじけた双乳にもがんじがらめの縛りが根元から食い込み、
ぷっくり桜色に腫れあがらんばかりに膨れた乳房には細い縄が十字にかけられ、桃の
ように割られてしまう。
じぃんと痺れきった肌の感覚に、私はしばし声を失っていた。
「ヒッ」
「痛くない、痛くない。見た目は怖いけど、痛くないでしょう?」
あやすように呟くバーテンの言葉どおりだった。
一瞬、感覚を失った肌には徐々に血行が戻り、じわじわ耐えがたい痒みを乳房の表面
にしみわたらせていくのだ。十字に交錯した細い縄の頂点から乳首をつまみだされ、
私は息を飲んであさってを向いた自分の乳首を見やっていた。
「もう動きようがないわよね。でも、鬱血するような箇所はないはずよ。あちこちに
力を分散させているんだもの」
「こ、こんな縛り方‥‥見たこともな、ンンッッ」
バーテンに抗議しかけた躯がかすかに傾ぎ‥‥
とたん、全身を覆いつくす縄目がいっせいに軋んで啼いていた。甘やかな摩擦の調べ。
あちこちに作られた結び目がぐりぐりカラダを圧迫して、無数の手に揉みしだかれた
感触が裸身をはしりぬけたのだ。
目の前が白くなりかけ、濡れた唇に歯を立てて遠のきそうな意識をこらえぬく。
なんという‥‥こんな、気持ちイイ食い込みが、縛りが、あるなんて‥‥
ギイギイと揺れるカラダは爛れきり、表皮の全面が性感帯になってしまったかのよう。
物欲しげにぱっくり開いた女のとばりの濡れた部分に、今度こそ本物のバイブレータ
がヴィィィとこすりつけられる。
うぁ‥‥とうとう、こんな模造のオモチャで、辱めれてしまう‥‥
惨めで怯えているのに、その怖ささえたまらなくイイ‥‥
「さて。じゃお口を空けて。元通り、ボールギャグをかませて上げるから」
「え、やっ」
深い快楽に腰を揺らしていた私は、不意にバーテンにおびえ、後ずさっていた。
この縄目、箇所が全体に繋がった縄は、どうあがいても緩むきっかけすらつかめそう
にない。それなのに口までふさがれたら、ハサミを咥えて使うこともできなくなって
しまうのだ。
バーテンはうっすら、どこか計算高い笑みを浮かべた。
新たなボールギャグを私の唇に滑らせ、いやらしくいたぶってくる。なぜかたっぷり
水を含んだスポンジのボールギャグが上唇を濡らす。
「フフ、やっぱりそうよね。このまま口枷までされちゃったら、あなた程度の縄抜け
の技術じゃもう絶望的だものね。怯えるのもよく分かるわ、子猫ちゃん」
「!」
「あら違った? ご主人さまがいるなら口枷を嫌がるはずないもの。やっぱりあなた、
そうなんでしょう。白状して、私に許しを請いなさいよ。考えてあげてもいいわ」
「ゆ、許し‥‥何を、言っているんですか?」
「ムダな時間を使わせた許し。ウソの許し。未熟な技術のくせに私を挑発した許しね」
バーテンがにやりと笑う。
その見透かした表情に、なぜ怒りが先立ってしまったのか‥‥
「そ、そう思うなら嵌めたらいいじゃないですか。もったいぶってないで」
「そうね、そうするわ」
「えっ、あ‥‥うムッッ、う、ふく‥‥あぅ、ン」
間髪入れぬバーテンの返答に、ハッと気づいた時にはもう遅かった。
硬いスポンジのボールギャグがぐぅっと唇の間をくぐりぬけ、上下の歯を割って深々
と口腔に分け入ってくる。あっという間もなくふたたび口枷を噛まされた私は、唇を
呻かせ、大きなボールギャグをしっかり咥えて声を奪われていくほかない。
ヤダ、こんな‥‥じわじわと、嬲りつくす責めなんて‥‥
本当に、少しづつ無力にされていく‥‥
完璧に舌を抑えつけ口腔を占領したボールギャグの凶々しさに感じ入っているヒマも
なく、さらに元通り革マスクで鼻まで覆われ、首輪をはめられて連結されてしまった。
決して外すことのできない、顔の下半分の革拘束。
うぐ、うぐぐ‥‥必死に呻いても洩れでる喘ぎはそよ風のよう、したたりだす唾液が
またもマスクをべったり顔に吸いつけてしまうのだ。
「こっちのお口もふさぐわよ」
ふぅふぅ呼吸を弾ませる私の足元にしゃがんだバーテンは、無造作にクレヴァスへと
バイブレータを突きこんだ。
ぞぶり。
卑猥な水音が肉を穿ち、ぬらぬら蠢く肉ヒダを唐突な衝撃が抉りぬいていく。
「くぅッ、かはぁァ‥‥」
「あらあら、しっかり巻きこんで食いついちゃっているわ、あなたの中。そんなにも
オチンチンが欲しかったの。いやらしい子」
とろりと粘着質なバーテンのあおり文句さえ、意識の表面を上滑りしていく。
みっちりふさがれてしまった股間。たぎっていた肉洞の奥深くまで満たされた快感は
すさまじく、きりきり硬いスポンジの口枷に歯を立てて悲鳴を絞ってしまうほどだ。
イイ、すごい‥‥おかしく、なってしまう‥‥
縄抜けなんて、それどころじゃ‥‥マタ、またイク‥‥ッッッッ‥‥!!
股縄で抜けないよう固定されたバイブは、その真価をあらわして容赦なく私のカラダ
を攻め立ててきた。律動する機械の振動は裸身を胎内の底から揺さぶりたて、波打つ
刺激そのままに腰がうねり狂う。自分でも止めようのない仕草がさらにエクスタシー
をかきたて、芯の芯からドロドロと愛液ばかりがにじみだしてくるのだ。
ちらりと裸身に目を落とす。
たしかに、ワナというだけあってバーテンオリジナルの緊縛は執拗なものだった。
全ての結び目は背中に集まり、左右バラバラの手はひねることもできない。これでは
縄抜けなど到底できないことだろう。
でも、けれども。
少なくとも指先は自由なんだから、ハサミをつかんで、縄を切るぐらい‥‥
まだ、大丈夫だと、可能性はあると、最後に残った理性が必死に私へ訴えかけていた。
このまま、バーテンに堕とされてしまうわけにはいかない。気力をふりしぼって自ら
足を踏みしめ、緊縛された上体をよじってバーテンを睨み返す。
「さすがね。その気力、その反抗心‥‥心から調教のしがいがあるわ」
私をうながしたバーテンはバイブのリモコンを私に握らせ、部屋を後にした。
ふわふわ地を踏みしめる浮遊感はステージの上よりさらにひどくなり、彼女の支えな
しでは立っているのが難しいくらいだ。
一歩ごとに胎内を、蜜壷をびりびり灼りつかせ、抉りぬく快楽にうかされていく。
いくつか廊下を通りぬけ、外階段を下り、気づくと私はドアの前に立っていた。ロー
ヒールを履かされ、腕を通せない肩にコートをはおらされて前ボタンを一つづつ嵌め
られていく。少なくとも、全裸で放り出されるのではないらしい。
ほっとした意識に、バーテンの最後の台詞が届いた。
「これでワナの完成ね、フフ」
‥‥ワナ?
ワナ、って、なんだったっけ‥‥?
きょとんとした私の耳たぶに、囁きがつむがれていく。
「ねぇ、あなた。そのカラダで、どうやってコートのボタンを外すつもり?」
「‥‥‥‥‥‥」
さぁっと、血の気が引いていく。
前開きのコートの穴に通すタイプの大きな丸ボタン。3つすべてが外側で留められて
しまった今、コートの内側に閉じ込められた緊縛の裸身でどうすればボタンを外せば
いいのだろうか‥‥!?
ひたひた押し寄せる絶望はあまりに甘く恐ろしく、私はほとんど息をつまらせかけた。
真っ青になってふりむこうとした私の肩をつかみ、バーテンが断固として私を扉の外
に押し出していく。
「ンっ、んふ、ふぅぅぅぅ」
「さぁ行きなさい。忘れないで。今日一晩、お店の裏口は開けっ放しにしておくから」
「ンムゥゥゥーーー!」
ぽんと背中を叩かれて、たたっと前のめりの私の背後で扉が閉まる。
ふたたび静寂が戻ってきた時、私は、みるも淫蕩にデキあがったマゾの肢体をコート
にくるんで一人、3階の廊下に立ちつくしていた。


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


呆然となって自失する数秒‥‥
ひくひく収斂するアクメにおかされた意識にも現実は刷り込まれてきて‥‥
今まで何度か味わったことのある、セルフボンテージに失敗した瞬間のあの狂おしい
ばかりの衝撃と苦悩が火照りかえった裸身に襲い掛かってきた。
「ん! んンーーー、んふぅぅぅぅぅぅ!!!」
ヤダ、いやァァ‥‥
こんな、あっけない手ぎわで、無抵抗な奴隷に堕とされてしまうなんて。
セルフボンテージではどうしようもない完璧な『嵌まり』に陥ってしまうなんて‥‥
ぶるぶるっとコートの内側で上体がよじれ、無意味なあがきが腰を弾ませてますます
深く激しくバイブレーターの味わいを噛み締めさせてしまう。
居酒屋やSMバーの密集した商業ビルの廊下に緊縛されて取り残されている状況。
誰かに襲われても、抵抗はおろか悲鳴さえだせない無力そのものの裸身。
いくどとなく焦がれ、いくどとなく怯えきった、あの無残な失敗をまたも繰り返して。
しかも、今度は巧緻なドミナに嵌められ、その奴隷にされてしまったのだ‥‥
「ン、んふ、んふっふフフ」
躯ばかりがびくびくと発情し、理性の警告を無視してぞくりぞくりと昂ぶっていく。
あっという間にアクメに追い上げられて疲弊しきったカラダはもつれて壁にもたれか
かっていた。急な傾きにギュチチチっと縄鳴りが肌をむしばみつくし、無数の縄コブ
が淫靡なタッチで肌を刺激していくのだ。
「‥‥っふ、っっク、ひっ!!」
く、イク、だめ、イカされる、バイブに、バイブなんかにイカされちゃう‥‥!!
無我夢中で縛られた両手を突っ張らせ、力を込めて縄目にあらがう。
だが、身悶えれば悶えるほど縛めはきつくなるばかりだ。背中へ向けて引き絞られた
手首は微動だにせず、逆に手を押しこんでたるみを作ろうとすれば今度は二の腕の縄
が引き攣ってしまう。
巧妙な縄の連携が、私の自由をはばむのだ。
絶望のあまりあがきまわり、のたうちまわり、くぐもった喜悦の呻きを鼻からこぼし、
すべてが無意味なことにとめどない屈辱を味あわされて‥‥
ぽたりと雫のしたたる床で、ローヒールの中の親指がガクガクと固く突っぱっていた。
苦しいばかりの絶頂をやっと乗りこえ、ガクリと膝が力を失う。
いっそ、いっそこのまま、この場にへたりこんでしまえば、どんなにラクだろう。
依然として続くバイブの振動に犯されつづける裸身が芯から休息を欲しているのだ。
握らされたリモコンは停止させようにもつまみが細工されていて、一定の振動以下に
さげることができなくなっているのだ。
そう、このまま気絶して‥‥
いやダメだ。それは、それだけは、絶対にできない。
あやういところで、私ははっと理性のかけらを取り戻していた。
こんな異様な姿を誰かに見られたら、それが酔った男性だったりしたら、間違いなく
私は犯されてしまうだろう。それどころか拉致されてしまうかもしれない。
今の私は人でさえない。
自由意志を剥奪され、その身にねっとり残酷な縄掛けを施された肉の塊にすぎない。
強制的によがらされ、アソコを濡らし、気が狂うまでイキまくる調教中のマゾなのだ
から‥‥
「んむむむ」
浅ましい自己認識がまたも私を駆り立て、悩ましいエクスタシーへ突き進んでいく。
すんでの所で躯にブレーキをかけ、むせかえりながら私はずるずると身を起こした。
このままではいけない。
選択肢は二つきりだった。ビルの裏手に回って、いさぎよくバーテンの奴隷になるか。
のたうちまわってでも家に帰りつき、縄抜けの手段を探すのか。
ほんの一瞬、確実に視線はSMショップのドアに吸い寄せられていた。あの人なら、
きっと私の優しいご主人さまになってくれる。いくらでも私を虐めて、今夜みたいな
快楽をいくらでもくれるだろう。
その方が安全で、何より良いのではないのか‥‥
必死の思いで悪魔の誘惑をはねのけ、よろめいた私は壁に肩を預けながら階段を下り
はじめた。

「‥‥!!」
繁華街のざわめきがどっと押し寄せてきて、その賑やかさに不自由な身が縮みあがる。
酔っ払いの無秩序な声、ひっきりなしの車の音、そして乱雑な靴の音、音、音。
一階まで下りてきた私は凍りつき、身のすくむ思いで階段の手すりの陰からビルの外
をのぞいていた。裏通りに直接つづく扉はとざされ、縛りあげられたカラダではノブ
をまわすことができなかったのだ。
痙攣しきった膝に、つぅぅとあふれかえった愛液がしたたってくる。指ですくいとる
までもなく(むろん緊縛姿では不可能なのだが)、倒錯のシチュエーションに裸身が
かっかと熱く灼けただれていた。
激しく蜜壷をゆすぶりたてるバイブを根元まで咥え、人前を歩かないといけない‥‥
我慢すればするほど、意識をそらせばそらすほど、アソコはバイブを喰い締め、股縄
をびっしょりぬらしてしまうのだ。
おそらく、今の私は酒の匂いに満ちた通りの中でもひときわ異臭を放っているはずだ。
素っ裸の下半身をベショベショにお汁で汚し、発情しきったメスの匂いを周囲にふり
まいているに違いない。そう思うと足がすくんでしまうのだ。
もう一度、外をのぞいて出て行くタイミングを計ろうとした瞬間だった。
ブーンと聞きなれた音を立て、階段のすぐ脇にあるエレベーターが動きだしたのだ。
「!」
止まっていた4階、SMバー“hednism”のある階からみるみる下ってくる。とすれば、
まさか‥‥同僚の中野さんと彼氏もエレベーターの中に?
どっとこみあげた恐怖が、なけなしの理性に先んじて逃避行動を起こしていた。
衝動的にとびだし、震える足に鞭打って1階のエントランスを駆け抜け‥‥パァっと
視界が眩んだ瞬間、私のカラダはネオンと騒音の洪水の中に飲み込まれていた。
「ン‥‥!!」
しまった‥‥艶かしく火照った被虐のカラダを、人に見られてしまう‥‥
焦って戻ろうとする間もなくドンと誰かが背中からぶつかってきた。はっと振り返り、
あっけに取られて私を見つめる赤ら顔の中年サラリーマンと視線がぶつかってしまう。
ドクンと緊張した心臓が苦労して鼓動を刻んだ。
「なんだ、アンタ‥‥コスプレ?」
おかしいと気づかれた‥‥思わずのけぞり、よろけた拍子に私はギジッっと太ももを
強くこすり合わせていた。股縄がいやな感じにねじれ、大きく擦れあう。
その振動がストレートにクレヴァスの底へ叩きつけられて‥‥
子宮の底へキュウウッと収斂するようなエクスタシーは、まえぶれなく襲ってきた。
見ず知らずの中年男性に一部始終を眺められながら、私は、イッてしまったのだ。
浮遊感の直後、理性と同時に気を失いそうな羞恥心がこみあげてきた。
目を見開き、身を翻してあわてて小走りにその場を逃げだす。
「オイオイ、なんだありゃあ」
酔っ払いの声が、追い打ちのように背中から追いかけてくる。
ヒドい、こんなのあんまりだ‥‥
盛り場のど真ん中で、むりやりバイブに乗せ上げられ絶頂を極めてしまうなんて‥‥
革マスクからのぞく顔がみっともないくらい熱く紅潮しているのを感じながら、私は
必死になってその場から逃げ出していた。
わななく呼吸も心拍数も戻らず、震える膝で、おぼつかない足取りを刻みながら走る。
見開いた視界に映る、酔った人、人、人。
すべての視線が私を観賞しているかのようで裸身がギリギリたわみ、いたたまれない
羞恥が被虐の喜悦をなお深々と胎内で噛み締めさせていく。
「くぅ、ンッ、んんンンン‥‥!!」
ウソ、うそよ、ありえないのに、そんなインランなはずないのに‥‥
よろめき、人波をさけながら、めくるめく狂乱の波濤に飲み込まれて裸身が逆海老に
たわみ、うなじがチリチリ総毛だっていく。十字にオッパイを割っている細縄が乳首
をコリコリ揉みほぐし、ほんの薄い生地一枚をへだてて狂おしく高まっていく。
惨めな裸身が、奴隷のカラダが後戻りできぬ快楽の階段を駆け上がっていく。
イヤ、いや、嫌ぁぁァ‥‥!!
イキたくないのに、バイブが、私をおかしくしていっちゃう‥‥ッッ‥‥!
自由を奪われて、縛られて、汗まみれで‥‥イクッ‥‥っっ!
強く噛み締めたボールギャグは、口腔からほとばしる苦鳴を吸い取っていた。
かろうじて身を隠すコート一枚の下に、マゾ奴隷の熟れた肢体を隠したままで‥‥
「‥‥」
下腹部から突き上げるような絶頂に、息がとまりかける。
緊縛された裸身はギチギチ痺れ、非力な指がこちこちに突っ張ってしまっていた。
ぞくり、ぞくりと、繁華街のただなかでイキ狂った裸体が余韻にひたりきっている。
恥ずかしい‥‥
ホントの、マゾなんだ、私は‥‥
やましさと後ろめたさに心がおしひしがれ、周囲の様子をうかがうことさえできない。
ネオンに星明りをかきけされた漆黒の天を仰ぎ、私はブルブルと痙攣した内股に流れ
だす愛液のねばついた不快感をひたすら感受するほかなかった。
「‥‥‥‥」
やっとの思いで目についた裏通りにとびこみ、私はふうっと一息ついた。
ビールの空ケースやベニヤ板が立てかけられた細い路地は、とりあえずの恥ずかしい
痴態を人目から隠してくれる。
寄せては返し、ぐいぐいとカラダを引っぱっていくバイブのリズムに逆らって、私は
おそるおそる足元をたしかめ、暗い路地へと歩きはじめていた。


どのくらい経ったのか、時間の経過はひどくあやふやだ。
ただ歩きながら、どうしようもなく追いつめられてさらに二度、住宅街の街中でイカ
されてしまった記憶はぼんやりとある。電柱に身を預けて懸命に深呼吸を繰り返した
記憶、不意に人がやってたのであわてて自販機の前で立ち止まり、背を向けて口枷を
見られないようにした記憶。さらには、おののきつつ歩く道行きの、苦しいばかりの
快楽をも。
気づいた時、私はマンションの前にいた。もうろうとした、あたかも高熱で倒れた時
のような頼りない意識のままにノロノロと階段を一段ずつ踏みしめ、永遠とも思える
時間をかけて、ようやく、じわじわと遠のく自室の前にまで‥‥
へたりこみたい誘惑をこらえ、いつものようにわずかに開きっぱなしの扉にヒールの
先を押しこんでこじあける。防犯上危険きわまる行為だが、出かける前の用心が役に
たってどうにか私は部屋に転がりこんだ。
だが‥‥
(それで、私は、どうしたらいいんだろう‥‥)
コートの中でふたたびモゾモゾと上半身をくねらせ、たちまち、肌をみちみちと喰い
締める縄の魔力に侵されて絶頂への階段を一段おきに駆け上らされていく。
「ん、くぅ、ンフフフンー!!!」
こらえる間もなくぱぁぁと閃光がはじけ、ぐじっと腰が収縮して、私はくたくたその
場に横たわってしまっていた。
あまりにも残酷で、膚なき縄掛けの魔性が私を狂わせ、嫌がる絶頂へ連れ去っていく。
しかも、これほど身悶えイキまくって暴れているのに、全身の動きは半分以上コート
に吸収され、残りも固く緊まった縄目に吸われてゆるむ気配さえ感じ取れないのだ。
コートの下で手首をひねってみる。
やはり相変わらず手首は動かせず、手の甲がコートの裏地にくっついたままだ。
これでは、コートの生地ごしにハサミをつかむことさえできない‥‥
どうしたら、どうしたら良い‥‥
帰ってくればどうにかなると思っていた。けれど、これではむしろ誰の助けも借りる
ことのできない牢獄に戻ってきたようなもの‥‥
「‥‥ッ、‥‥ン、フッ」
完全な無力。手の自由のないコケシにされてしまった戦慄は、じわりと心をむしばみ
だしていた。ムダだと、体力を温存すべきだと分かっているのに、恐怖と焦りだけが
加速していき、パニック寸前の裸身をピチピチ跳ねさせてしまうのだ。
ローヒールをどうにかぬぎすて、部屋の奥へ進もうとして、そこが限界だった。
くたびれ果てたカラダに、めくるめく被虐の喜悦とふきこぼれんばかりの快感がドク
ドクと流し込まれていくのを感じながら、今度こそ私は意識を失ったのだ。
断続的な意識の中断。
それがしだいに、眠気と疲労と混濁し、その中でも私はもがき続け‥‥
つかのまの休息は、休息の意味をなさなかった。
うつらうつらと床の上で眠り、身じろぎに苦しんで目覚め、無理やりのアクメの快感
を呑まされてのたうち、ふたたび脱力して意識の遠のく、果てしのない悪循環。

浅い眠りの中、私は一夜をすごした。


             ‥‥‥‥‥‥‥‥


鈍色の気怠い夢から、ゆっくりと意識が浮上していく。
全身が痛い。
目覚めてすぐ感じたものは、ふしぶしの鈍い痛みだった。
なぜか玄関前の靴箱が視野の隅にある。ここは、一体‥‥昨夜の記憶がうっすらよみ
がえってきた。たしかSMバーに行き、初めての緊縛の味をかみしめ、そして‥‥

‥‥そして!?

「ンンーーーー!!!!」
悲鳴が、まごうことなき恐怖の悲鳴が喉の奥から絶叫となってふきあがった。
全身をみりみりと緊めあげていくおなじみの感触。すでに一晩慣れ親しんだ、縄の、
緊縛を施された感触。自由を奪われた奴隷だけがむさぼる、快楽の証。
私は、依然として、縛りあげられたままだったのだ。
パニックがみるみるわきあがる。
このまま、このままでは、本当に衰弱して、私は死んでしまう‥‥
縛られたカラダのまま立つこともできず、食事も排泄もできず、閉ざされた部屋の中
でじわじわと気が狂っていくのだ‥‥
「‥‥おふっぅ!」
ばくんと魚のように跳ねた四肢は、不意に生々しい快楽の源泉をむさぼっていた。
ひりひりだるい疼きのしこった下腹部。そこになお弱々しく動く、バイブレーターの
振動が、私の肌をざわりと粟立てたのだ。
この感触‥‥私はずっと犯されつづけて一晩を過ごし、ほとんど電池を使い果たした
バイブが未だに私を犯しぬこうと動いているのだ。
戦慄。
恐怖。
歓喜。
おののき。
果てしのない焦燥。
そして‥‥
肉の塊のように力を失った躯の芯で、つぅんと何か、火花のような快感が弾け‥‥

何度目にイったのか。
たてつづけに、夢の間も含めれば何度絶頂を迎え、体力を奪われてしまったのか。
いまや革マスクの下の口枷もだるく噛みしめているだけだった。濡れそぼったボール
ギャグの水分が蒸発し、乾燥しているはずの口の中を潤している。この特殊な口枷は
そのためのものだったのだ。
‥‥もう、私には、なんの手段も残されていない。
のろのろ起き上がり、遠い意識の中で気づいたことがそれだった。
限界だ。バーテンの奴隷になる。彼女のモノに、ペットに堕とされていく‥‥
それしか、ないんだ‥‥
知らず知らずつうと涙が頬を伝い、顔を上げた私はリビングから廊下に伸びてきた朝
の光を目にしていた。もう人目なんかかまわない、体力が少しでも戻ったらその足で
あのビルに向かうのだ。私は、私自身のために、あの人のモノになるのだから。
さしこむ曙光を影がさえぎる。
「ェ、ン」
テトラ? 呼びかけた声はマゾの喘ぎにしかならなかったが、雑種の子猫は飼い主を
見分けたようだった。いつものようにミャーと声を上げ、とことこと近づいてくる。
多分エサをおねだりしているのだろう。
しまった‥‥
この子のエサ、朝は上げられないじゃない。困ったな‥‥
私も子猫ちゃんとか呼ばれていたっけ。あのバーテンからしたらそんなものかな‥‥
「ミャーー」
かろうじて苦笑を漏らした私のコートに爪をかけ、テトラがしきりに引っかきだす。
不自由な裸身に乱暴で甘やかな刺激が加えられ、私は吐息をこぼして首をのけぞらせ
ていた。


              ‥‥‥‥‥‥‥‥


「こ、子猫ちゃんじゃない‥‥そんな、大丈夫? まさか、ずっとその格好のまま?」
「‥‥」
「昨日の夜から、この夕方までずっと、苦しんでいたなんて‥‥どうして強情を」
扉をあけ、絶句したバーテンの胸に私はふらりともたれこんだ。
コートの中は暑く、絶対の支配者に抱きしめられたおののきで足はカタカタと小さな
痙攣をくりかえしている。革マスクの顔を上げると、バーテンは泣きそうな顔だった。
「ゴメン、ごめんなさい、早紀ちゃん‥‥つらかったのね」
「‥‥」
(あぁ、この人は、やっぱり、本質はいい人なんだ‥‥)
こくりと頷きつつ、あらためて私は認識していた。カラダを預けるかもしれない人、
その相手の本心を知りたかったのだ。
それが分かったから。見えたから。だから‥‥
「ゴメンなさい、バーテンさん。でも、本当に苦しかったのは事実です」
「えっ?」
老練な女性バーテンの手の中からするりと抜けだし、私はコートの前を自分で開いた・・・・・・。


テトラの、子猫特有の引っかきグセ。
初めての自縛の時にカギを弾き飛ばし、私にじゃれついてきたあの引っかきグセ‥‥
あれが私を救ったのだった。
床で転がっていた私の上によじのぼったテトラは、コートの胸ボタンをひっかきだし
たのだ。あっと気づき、わざとカラダを揺すってボタンを意識させてやると効果はて
きめんだった。
固唾をのんで見守る私の前で、子猫はどうにかコートの前を一つ開けたのだ。
あとは簡単だった。
リビングでしゃがみこみ、開いたコートの前の部分をタンスの取っ手に引っかけては
立ち上がる動作を繰り返したのだ。力任せの動作で、じきにボタンはポロリと取れ、
ようやく私は用意しておいたハサミで縄を切り、脱出できたのだった。


「そう、でも良かったわ」
詳しく説明はしなかったが、それでもバーテンは顔をほころばせ、今夜初めての客の
ためにオリジナルのカクテルを作ってくれた。
「優しいんですね、バーテンさんは。私はあなたのものにならなかったのに」
「あなたの心配をしていた私を安心させるために顔を見せてくれたんでしょう? 今
今はそれで充分」
「フフ」
微笑み返し、私もカクテルを空ける。
人に戻った安心感が、心地よい酔いに私をいざなっていた。
しばしその様子を見ていたバーテンは、何かを取りだし、つっとカウンターを滑らせ
てこちらによこした。
「ところで、見せたいものがあるのよ。他のお客が来ないうちがいいわよね」
「なんですか」
バーテンがよこしたものを手に取る。しばし、BGMだけが店内をみたした。
沈黙が空気を変えていく。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「ねぇ、ワナは完璧だって、私は言わなかったかしら」
バーテンは静かに微笑む。
私は答えない。
否、答えられなかった。
だって、私の目の前には、彼女のよこした写真に写っていたのは。
被写体の、いやらしい緊縛姿の‥‥
彼女の顔は。
「そうよ、これ、あなたの恥ずかしい奴隷の記録なの。NGプレイのリストに、録画
禁止はなかったものね。ビデオの動画そのものもあるわ」
‥‥うかつだった。あまりにも。
みずから相手のただなかにもぐりこむ。
そのことがどれほど危険なのか、まさしく私は理解していなかったのだ。
甘かったのは、未熟だったのは、私の方。
「勿論、このビデオをショップで売ったりするつもりはないわ。私の願いは一つきり。
何度も言ってきたわよね」
「‥‥‥‥そんなにまでして」
「うん?」
「私を奴隷にしたいんですか」
優しく、ほとんど慈愛といって構わないまなざしでバーテンは私を見た。黙っていて
も、その瞳はまぎれもない肯定の意志を秘め、私を追いつめていく。
「さて、早紀ちゃん、だったわね。私から提案があるのだけど」
「‥‥‥‥」

ただただ顔を青ざめさせ、私はバーテンの瞳から目をそらせずにいた‥‥


                         Total  daily  - 

Novels Back Atogaki Entrance bbs