トライアル7 その1

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First Trial

「レベル7まで行ったら戻れない」
本読みなら知らない人もいないと思う。これは、私が大好きな小説のワンフレーズ、
記憶と洗脳をテーマにした直木賞作家のミステリだ。見しらぬ町へと記憶をうばわれ
裸で放りだされ、だれにも頼れず、息をひそめて人々のなかに溶けこみ生きていく、
レベル7までたどりついてしまった彼女たち。
彼女たちの思いは、いまの私に似てはいないだろうか‥‥?
呼吸をみださないように。
必要以上に、胸をはずませないように。
がくがく挫けかかる膝をプリーツスカートで覆いかくし、楚々と歩みゆく。囚われの
姫を招きよせる魔王城の扉さながら、空調をみだして自動ドアがひらく。
うわぁんとこだまする音。喧噪。雑踏。
「‥‥」
みあきた世界が日常が、ただ自身の立ち位置1つで、こうまで変容をとげるとは‥‥
ボリュームたっぷり、強調されつきだされた胸がたゆんと、人目をひきつけながらに
弾んでしまう。
「んっ」
いけない。落ち着かないと。
ふわりとひろがるワンレングスに、右手の人差し指をかるく巻きつける。いつもの、
心みだれたときのクセだ。腰まで届くストレートロング。髪をいじると心がおちつく。

――今日は、それができる。
――かろうじて、私のカラダが、その行為を許されているからだ。

後ろ手にきりりと‥‥
高手小手に、双方の腕が肩甲骨の真下までひねりあげられ、手の甲がくっつくばかり
に密着する今の私では、逆にいえばその程度が、せいぜい許された自由だ。
堅くきびしく固定された手首が灼りつく。
所在なく、つやつやした自身の黒髪を、そっと利き手の指先でもてあそぶ。
残されたわずかな愉しみを自覚する。
「‥‥ン」
灼りついたうずきが口腔内の粘膜をぬらしていく。
無意味につばをのみ、のどを鳴らしてしまう。まるで舌をだす浅ましい犬そのものだ。
いつもの癖でストレートヘアをかきあげようものなら一巻の終わり。
すべてが露見し、言い逃がれができなくなってしまう。
逆に言えば‥‥
この不器用でいじましい指先ひとつで、いともたやすく私自身を破滅させられる、と
いうこと。
ギュチチ‥‥ッと。
揺らぐ心を見透かして、淫靡な拘束具が軋みをあげる。
恥ずかしさにまぶたを伏せ、さりげなく落とした視線を自分のからだにはわせていく。
きちりとうなじを戒める首輪。あごの下にかくれているが、圧迫感はまぎれもない。
この首輪は、ペットショップで買った子犬用のもの。
愛らしいハートの南京錠つきだ。
ハートの中央にうがたれた鍵穴の闇が、あまりにあやうい私を周囲にみせびらかす。
‥‥チョーカーの一種に見えてくれているだろうか?
ぎちり、と。
歩みをすすめるたび、首輪がかしいで拘束のもたらす圧力を私に思いしらせる。
犬の首輪裏からは‥‥
いうまでもない。首輪は、ペットをつなぐもの。
私の首輪からも、私を飼うため、しつけるため専用のリードが伸びている。
首輪の裏、D型リングから伝いおりるのは細身のチェーン。DIYショップで買った
安物の鎖が、2重にとおされて首輪をくぐり抜け、垂れさがる。
いえ‥‥そんな柔らかいものではない。
背中に垂れたチェーンは巻きワラのようにねじれている。何重にもからまり、首輪裏
のリングと、一番下側それぞれで、ゆるい2センチ弱の輪っかを形づくる。
どれだけ抵抗しても、けっして鎖はほどけない。
きつく束ねられた鎖は、上下の輪っかのつけねで南京錠により施錠されてるのだから。
首輪とおそろいのハート南京錠が背中で2つ、たかぶる鼓動にはずんでいる。
施錠の仕方も、巧妙そのもの。
鎖の輪一個ずつをくぐらせるのではなく、南京錠のシャックル――U字部分――で鎖
全部を束ねてあるのだ。鎖は自由に流れて、けれど、拘束された私自身がこの窮屈な
長さを変えることはできない。
チェーンの束は、後ろ手に腕を組みあわせ、深々とひじを折りたたんだ私の両手首へ。
より正しくは、左右それぞれの手首からつきだし、つながれた逆U字の金具をくぐり
抜けていく。
――手首をきつく喰む、革手枷のシャックルだ。
首輪からのチェーンは引きつれ、くぐらされた手枷の金具同士がこすれてぶつかり、
手枷ごと、ありえない角度にまで手首をつりあげてしまう。
だから、そう。
いいかたを変えれば、つまり。
尺骨を喰みしめる革の手枷はみじかく引きしぼられた鎖につりあげられ、手の甲同士
がふれあうほど密着し、私の上体を高々と後ろ手に縛りあげている。
いいえ、違う‥‥
『縛りあげられて』いる、は正しくない。
そもそもこのトライアルが私の思いつきによる遊戯だといえ、なぜか私自身が素性を
隠すことで半ば強制的に参加させられてしまい、プレイヤーとして、被験者として、
おもちゃの奴隷として躾けられはじめてもう2回目なのだ。
身をまもるためグーグルで学んだ知識によれば、『縛る』は縄や紐をつかった束縛を
指すらしい。
だからいまの私は『縛りあげられて』はいない。むしろ、はるかに厳しい。
より物理的に固く、みっしりと。
より緊密に、なめらかに。
ほころびやたるみの起こりえない革の拘束具を、ギチギチっとこの身にほどこされて。
マゾめいた気配にふさわしく、浅ましい匂いをまきちらして。

『拘束をほどこされて』いる‥‥のだ。

「‥‥‥‥っ」
ぶるぶるっと、背骨をかけあがっていく不可思議な気持ち。
なまつばを飲みくだし、そっと、ひそやかに、振動をあたえないよう足を進めていく。
扇状にひろがるワンレングスにおおいかくされた背中で、私はぎゅううと、さきほど
から力をいれつづけている左のこぶしを、強くつよく握りしめる。
左の指のなかには、2本の道具。
南京錠をあけるための、あまりにも単純なピッキング用のピック2本。鍵穴内部、タ
ンブラーの圧力を維持するテンションと、中の突起をひっかいて均すピックとで構成
された、基本的な解錠のしかけだ。
ありきたりの南京錠なんて、これで十分ことたりる。どれだけ過剰に言葉を尽くした
って、しょせんピンタンブラー式の錠前はセキュリティなどゼロにひとしい。いつも
の私の腕なら、1つの解錠に20秒かからない。
だから、問題は。
「‥‥違うところにある」
口中でつぶやき、頬の内側をそっと食む。
今まさに手ひどく虐められている感触に、ひくひくした愉悦が下半身からわきあがる。
高くおりたたまれた後ろ手を、ふるり、ふるりと震わせる。
みじろぐたび、うごめかせるたび‥‥
強靱な革の調べが痛みさえともなって手首を咬み、奴隷の心変わりを罰しようとする。
それも当然のこと。
なぜってこの奴隷は、正しくほどこされた従属の証――後ろ手拘束――にあらがい、
エスケープを、脱出を、必死にこころみているからだ。
腕力や想いだけではどうにもならない革と鎖と南京錠の3重奏に屈することなく、上
下や左右に、かすかな自由を揺すりたて、とらわれの身を拒んでいる。だからこそ、
私をつなぐ縛めはいっそうの強度をもってギリギリと私を罰しにくるのだ。
「‥‥っグ!」
いっ、いたっァ‥‥!!
不意に、ねじった手首の肉がチェーンの隙間にはさまった、悲鳴をこらえて後ろ手を
懸命にこじり、どうにか輪っかひとつぶん腕をズラして下ろす。
あきらめと悲哀が心にみちた。
状況はさらに悪化し、エスケープの可能性がまたも遠のく‥‥
「ん、ンぁ‥‥っム」
どろどろになった意識に深く埋没しながら、声もなく失意のあえぎが口からもれだす。
失望はひそやかに、けれどサディスティックに私の心を、決意を、折りにくる。
圧力の強まりかたときたら。
つられた手首から血の気がひき、しびれて動かなくなりかけているほど。
手枷同士つなぐ錠前はちょうど手首の尺骨の真下、つり上げられたいまの私の躯では
絶対、どの指からも届かない位置にあり‥‥
解錠をこころみたければ、逆により高くきびしく自罰的に腕をねじりあげ、このいや
らしい牝犬の肢体をつつみかくすストレートの後ろ髪をはらって、うなじの裏にある
南京錠をはずしにいかなければならないのだ。
この‥‥
鉄鎖につながれ、幾重にも施錠をかさねられた無慈悲な縛めにあらがって。
いっそうくるおしい姿勢で前のめりになり、あるいははしたなく双丘を揺すりながら
反りかえり、高手小手の手首を自力で吊りあげるしか。

――けれど。
――手枷だけが問題ではない。

革手枷をこじらせ、緊密なチェーンの檻を突破して、南京錠に手を届かせたとしても。
それだけでは、私は革と鉄のおりなす拘束衣に屈服させられた躯のままなのだ。
脱獄するための切り札‥‥ピックとテンションは左手のてのひらのなか。
けれど、私は「右利き」だ。
つまり、このもがきまわる後ろ手の指先だけで、2つの工具を取り落とさないように
工夫しながら、どうにか右手の自由な指にピックをわたさないといけない。
腰までおおうワンレングスの下で‥‥
手枷と鎖にへだてられた黒髪のヴェールの裏側で、指先を必死にのばすしかない。
左手側にテンションを保持したまま。
親指同士を8センチ幅の金属できっちりつながれたままで。
――そう。
あろうことか、事をなすまえの嗜虐的な昂ぶりにあおられ、私は過ちをおかしていた。
致命的なミスといっていい。
いや。
正確には、いまから(・・・・)過ちをおかそうとしている‥‥
人差し指でワンレングスをもてあそぶ右手でにぎりしめた金属の塊がそれ。
それは、まだ施錠されていない。いまは、まだ。
「‥‥」
ほんの少し、人の流れにさからい、足をとめる。ふわりと日常をみあげる。
大丈夫なのか、私のカラダは。きちんと世界に順応しているか。黒々とした服の内側、
この窮屈な裸身で、のぼせかけた女の身で、やりぬくことができるのか。
みじり。
音をたてて、軽く上半身をゆさぶる。
途端こみあげる鈍く熱をおびた疼痛。きびしい現実に、くらりと目眩をおぼえていく。
これだから、やめられない‥‥もう、こころが、せき止められない‥‥
右手の「それ」をとりだす。
つやけしの黒色でにぶく輝くだろう反射をごまかすように、さりげなく後ろ手同士を
つきあわせていく。振りかえる動作のできない私には、この残酷な装飾が他人の目に
どう見えているかさえ判断しきれない。
なにくわぬ表情を、平静をたもったまま、無理くりに親指同士をくっつけて。
左手の親指のつけねにひややかな感触をあてがい、ためらったのち、ぐいと押しこむ。
――ギチンッ
耳ざわりな軋みをまきちらし、くるんとまわった鉄のあぎとが左の親指をがっちりと
くわえこんだ。指を反りかえらせ、おしつけた鎖の圧力でラチェットの歯をちき、ち
きき、とひとつづつ押しすすめ、根元までぐいぐい指錠をはめこんでしまう。
指錠。サムカフ。
日本ではなじみのうすい拘束具だ。構造はダブルロック式でノーマル手錠とそう変わ
らない。10センチほどの二層プレートの左右にギザギザの刃と指錠の穴があいており、
ふつうの手錠同様、指を填めこみ歯を押しこんで固定できる。
ジジジ。ひどくむずがゆい圧迫が親指のつけねをぐりぐりえぐり、小さな歯が皮膚を
こりこり圧していく。鉄の突起がもたらす被虐的な官能が、血のめぐりをさまたげる
煩悶が、親指をほどよく絶望的にかみしめている。
楕円につぶれた指錠の輪は、一度くいこめば指をまわすことさえさまたげてしまう。
もはや、この左手から力まかせに指錠を抜き取ることはできない。
解錠なしでは不可能だ。
だから。
指錠をねじり、喰いいる指錠のうずきに呻きながら、あまった反対側の輪を右手の―
―かろうじて自由な親指のつけねにまで――くいこませよう、鋼のあぎとを閉ざそう
と奮闘する私は、きっと、救いようもなくおろかなのだ。
「ぬ、ンっふ、んんっ」
淑女らしからぬ媚態とともに、鼻をならし、きりきりした苦悶をもらしてしまう。
ギッ。ギチッ、チチ‥‥
小気味よいほど残響をともない、金属の歯が、右の親指に喰い入っていく。
何度もためした。体感でカラダが理解している。
この指錠のギザギザの刃をあと3つ食い込ませたら私は終わりだ。金属製ラチェット
とカムに阻まれ、ほっそりしたこの指は、永久に指錠に捕らわれてしまう。
サムカフの‥‥指錠のリングが、締まっていく。
キチチ‥‥ジ、ジ‥‥無機質な音が、残された私の可能性を奪っていく。手錠抜けの
希望をねこそぎ摘みとっていく。まだ、いまなら戻れる。
あと2つ‥‥あと、あと1つ‥‥‥‥
左手とつながった右の親指をぎりりと金属が緊めあげる。
つかのまの逡巡。この歯を押しこめば、もう、あと戻りできない。まだ、戻れる。
もどれ、‥‥る、のに‥‥っっ、なのに、わたしっ‥‥!

――ギチチン、ッ――

ひどく淡々とした鋼の軋みが、指のつけねから骨にまでしみいる。
いっさいの望みが断たれた、その刹那。
息が胸でつまり、背中の高い位置で連結させられた指先をむちゃくちゃにふりまわす。
動かせない――
ぬ、ぬけだせない――っ!
どう暴れてもムリ――ぜんぜんっ、ゆるまない――ッ!!
あからさまな鋼の圧迫が、2つの親指をビッチリ溶接してしまっている。
指のつけねをえぐられて、ほどよい絶望の痛みにじぃんと女の芯が感じ入ってしまう。
あぁ‥‥ウソ‥‥ほんとうに、やっちゃった‥‥
どうしよう‥‥どうすれば、いいの‥‥?
こころのなかに、たまらない達成感とあきらめがあふれだしていく。
背中でのたうつ指先は手枷にさえ到達しえず、その親指同士までも指錠でつながれて。
甘い逃げもない。釈明もありえない。
私は、すすんでこの分の悪い賭けにのったのだ。
ベットした代償は、私自身。はずかしめを期待する裸身。つまり私自身の操そのもの。
しかも、指錠のカギ穴がプレートの表なのか裏なのかもわからないのだ。
手さぐりで施錠した私にとって、爪側、つまり表側にカギ穴があることが開錠の絶対
条件。解放するカギを入手したところで、つまんだ指先が鍵穴にとどきえないのなら、
それは閉幕を、エスケープの終わりを意味してしまう。
私ことリリィやニアなどのエスケープマニア、ときに相手を虐げ、また逆に辱められて
快感を味わってしまう彼女らが、好んでその淵に身を沈めたがりながらも、それでいて
必死に逃れたがる最大の恐怖‥‥
そして、もっとも刹那的な絶望が奏でる悦びのきわみ‥‥

――エスケープの完全なる失敗、『嵌まり』になっているかもしれないのだ――
――なのに、っ、私は、――

残された自由はわずか。人としてほぼすべてを剥奪されている。
私はただ、『嵌まり』かどうかの確認すら許されず、にぎった細い指先からはみだす
黒い艶消しの指錠を苦しいポーズで丸めながら、高手小手の拘束姿で、いやおうなく
乳房をふるわせて足を進めるしかない。
ひどく心が猛り、異様に昂っているのが感じられる。
どうしようもなく惨めなシチュに自身を追いこめたと笑うサディスティックな理性と。
なすすべもないいたぶりにわきあがるマゾヒスティックな躯と。
そして、最大のハードルは‥‥これがリミットつきのタイムトライアルであるという
こと。制限時間をすぎたら、私のカラダは――私以外のだれもが、思うがまま自由に
あつかえる奴隷の躰は――公衆の前で晒しものとなり、ひどい恥辱に屈してしまう。
動揺とおののきで、意識が白くはじけそう。
車の騒音が、行きかう声が、周囲の残響が、私の心をあやしくくすぐっていく。
この‥‥天下の往来の中で。
とほうもなく大勢の人波にのまれ、濁流に身をしずめながら、私はどうしようもなく
無惨に、どこをどうとっても脱出不能にしか思えないほど、完璧に『拘束されて』し
まっているのだ。
じじっと耳が鳴り、無線式のインカムから彼女の声がながれだす。
「‥‥テス。テス。聞こえる? ‥‥んフっ」
「っ、あ!」
いじらしくも私の耳をいじり、ふっ、と吐息をあびせてくる。おもわずビクンと爪先
だってしまった動揺を目にしたのだろう。声は甘いうるおいをおびていた。
「愛してるわ、私の姫」
「‥‥ニア。からかうのはよせ」
「そうねー。おたのしみ中のところごめんね。路上で感じきっているリリィの顔、超
かわいかったからもっと見蕩れていたかったんだけどー、私以外の前でそんなエロ顔
みせつけるのは――ゆるさない、わ」
「なっ」
一瞬、ぞっと底冷えする音色がまじり、たじろぐ。
あれは‥‥嫉妬だ。私の顔を見たであろう、とおりすがりの人間すべてに対しての。
「そうそう。きりっとしててー。私の大切な姫騎士さま」
またしても声が愛しさにとろけていく。
よけいなお世話だ‥‥闘争心が、きりりとした女の矜持と気迫を取り戻させてくれた。
私がいやがるHNで呼んでくるあたり、からかわれているのはまちがいない。
彼女以外にもみられるはずもないのに、口をへの字にしてしまう。
「で、どう。準備できた?」
やや低いアルトボイスはあやしい音をまとっていた。いちおうの気づかいも、心配の
ひびきもある。しかし、うわずったセクシャルな愉悦――嗜虐の色はかくせていない。
ダメ、彼女に呑まれてはいけない‥‥っ‥‥
無言で、こくりとうなずく。
「じゃあ、はじめましょうか。リリィの一世一代の晴れ姿、エスケーププレイを」
「‥‥プレイっていわないで。言ったでしょう」
あくまでこれはトライアル。
解錠テクニックを駆使する挑戦だからこそ、『姫』として受けざるをえなかったのだ。
叱責をこめ、鋭くささやきかえす。
けれど、声の主につうじた様子はない。声の調子から、唇をつりあげるさまさえ読み
とれる。私をいじめてたのしんでいるのだ。このドS女王め‥‥内心、毒づく。
「わかったわ、ごめんなさい。発言は正しくするわね」
「ああ。いい心がけだな」
「じゃあさっそく――リリィの露出調教こと、公開処刑をはじめましょう‥‥!!」
「なっ、公開処‥‥? ふざけッ、ん、ンン、ひっッ!」
ヴゥン‥‥ッ!
鈍色の振動が、一度きり、もっとも敏感な場所をゆるがす。
ほんのささやかな刺激で、下腹部がひくつき、腰から下が抜けるほどうずいてしまう。
服を着てることさえ忘れかける甘い衝撃が、肉芽をたっぷり蒸らしていた。
――トライアル開始の合図。
遠隔操作でタイマーにスイッチが入った。今この瞬間、サディスティックなゲームの
幕が、切って落とされたのだ。
「ほらほらぁ。いそいで? 調教はもうはじまってるわ」
「‥‥おぼえておけよ、ニア。私をこうも責め嬲ったこと、あとで思い知らせてやる」
「ええ。たのしみにしてる。私を罰してちょうだい、リリィ」
臆面もなくこたえるニアは舌を湿らせ、水音まじりだった。なにを期待しているのか。
ざらついた粘度のたかいインカムのノイズが夜の官能を思いおこさせ、いやおうなく
頬が赤くなっていく。
私にあたえられた処刑までの猶予、リミットは45分だ。
45分後にタイマーが発動、衣類の内側、裸の肌にじかにとりつけられたいくつもの低
周波パットからいっせいに電気ショックが放たれ、同時に、バイブが起動してしまう。

――こんな気分のときに。
――みっちり拘束を噛まされた無防備な肢体で『それ』を味わわされたら‥‥

破滅を防ぐためにも、噛みしめる鎖の縛めをふりきり、脱出しなければならないのだ。
まずは‥‥歩きだす。
指錠の、サムカフのカギは肌身はなさず、失くさぬよう身につけている。
学校指定の革靴の真上、つややかな黒のオーバーソックスの足首まわりで、一足ごと
に跳ねる足首に巻いたチェーン、そこに繋がれているのだ。指錠のカギは。
見えてるのに、ふだんなら軽く屈むだけで手にはいるというのに。今日にかぎって、
カギを手にするための道のりははてしなく遠い。
すべてがすべて、緻密な計算の元、いやらしく私を身もだえさせ、むしばんでいく。
親指の施錠さえなければ。
もしも、伸ばした親指同士が10センチの金属板で固定されていなければ、片手をむり
やりねじまげ、手枷のシャックルをつなぐ南京錠を外せたかもしれない。ほかの拘束
がすべてほどこされていても、それで自由の身となれるのだから。
首輪さえなければ。
もしも、首輪がなければ、多少強引にむちゃくちゃに、力まかせのエスケープだって
できただろう。身動きのたびに頸椎をしめあげられ、首輪のリードをひかれて絶息し
かけ、誰が主人なのか思い知らされることもなかったはず。
チェーンを南京錠がつないでいなければ。
南京錠で束ねられていなければ、この指先だけでも自由に鎖の長さを調整して、より
ラクなポーズでエスケープにいどめたはず。ピックとテンションをしっかり固定する
ことで、脱出の可能性は飛躍的にあがるのだから。
いいえ。いけない。これでは。
妄想の話、もしもを、仮定のことをイメージしても、精神をすりへらすだけ。
自分に都合よく空想をでっちあげたところで、リアルの、このギチリギチリ擦過音を
ひびかせる手枷と鎖の組み合わせは現実に私をくるしめるのだから。
だから。
現実の痛みを肌にきざみこんだまま、脱出へのてがかりを模索していくのだ‥‥!
「安心して。リリィ」
「‥‥っ、ン?」
「インカムはしばらく切るけど、街路のカメラではかわらず追っているから」
「よろこんでいいのかな、それは」
「もちろん。前回みたく、不良やチーマーに拉致られちゃったらマズいじゃない。ね」
「はっきり言ったらどう。私主演のSMビデオ作成のためでしょう?」
「さぁ、なにを言ってるのかなァ」
私のエスケープを、遊戯を見まもっている立会人はニアだ。
商店街のいたるところに設置された防犯用カメラにジャックインして、直接こちらを、
私の動きを見つめているのだろう。
にがにがしく、先日の結末をおもいかえす――


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


おでこのカチューシャをそらし、雨のヴェールで頬をさます。火照った肢体をくるむ
セーラー服へ濡れジミがひろがり、まるで焦らしぜめだ。
「そのペースでいいの、リリィ? 絶対感覚でわかるでしょうけど、残り10分よ」
「‥‥‥‥」
コクンとうなづく。欲望にひりつく下唇を、ねっとり舌先でうるおす。
もっとも医療用の金属口枷に加え、舌虐め用のながい金属板を上下からはさまれて、
唇はあわれ半開きのまま、ひわいなソレを、口腔内にしまうこともできない。
雨に隠れていても、近くでみれば一発でアウトだ。
鼻すじさえ、テグスで吊られた豚フックで無惨にひしゃげてて。
とまらぬヨダレが、マゾの証。おとがいを伝い、セーラーカラーを濡らしていく。
「ひぁ‥‥」
くるしい鼻をさけて口で息を吸うたび、ちろちろ舌がブレ、いやおうなくいやらしい
気分をかきたてられてしまう。
ほおばった手枷のカギを、舌の根元でおさえつけるのがやっと。
後ろ手合掌のカタチに残酷に括り上げられた手首は、すでにモノをつかむ機能をうば
われており、上半身のバランスを取るのがせいいっぱい。
平日午後の商店街。
ほとんど無人と化したシャッター街を、雨のとばりに身を隠して歩いていく。
事実上のプレ・トライアル。
エスケープとしてはさほど厳しくない。
拘束をはずす手段がカギのみ、しかも合掌した手枷が高すぎるため、口腔内のカギを
どこでとりだすかが成否をわかつ。ぬかるみや側溝にでも落としたら、その瞬間、
電気ショックをあびて終わりだ。
たしかこの路地の先に、小さな社があったはず。そこで‥‥
背後から大通りをはしってくる車のライトにぎくりと腰を凍りつかせ、さりげなさを
よそおって震える足で路地に曲がる。
ドライバーが、ずぶ濡れのまま後ろ手の女子高生を不審に思わなければいいのだが。
あと、すこし。
このみじかい坂をくだった先‥‥
はやる心に気をとられた数秒、おもいもかけぬバイクの音がひびくとともに。
脇道から急ブレーキで飛びだしてきたバイクの前輪にカラダを押され、あっとおもう
まもなく、アスファルトに倒れていた。
なにが起こったのかもわからないうち、ぐいとセーラーカラーの頸元をつかまれて。
むりやり、後ろ手のままひきずりおこされる。
「なんだこのアマ、ぶつかってきて詫びもなし‥‥ン、なんだオマエ‥‥」
「っ!?」
いきなりの暴力におどろき、つぎの刹那。
敏感な乳首とクリトリスを電撃でえぐられ、後ろ手の裸身がショックで浮いていた。
うそ、うそでしょっ!
そんな、不可抗力な接触で、トライアルが失敗、だなんて――
こんな回避不可能な事故さえ、ミスとして数えられたら、私、逃げ出せるはずが――
「ひ、ひぐ、イク、いっひゃ、んぁぁ‥‥ンンッッ!!」
あ‥‥ありえない。
ぐるぐると頭のなかを、疑問、挫折、焦り、不安がかきみだす。
電気ショックでとがった肉芽を虐められてしまい、決壊した下半身がとろりとプリー
ツスカートの裾から、愛液をあふれさせてしまう。
オッパイの形に乳首をきっと浮きたたせた胸をわしづかみされ、あえぎをこぼす。
「あっ、あひ‥‥ひゃめ‥‥んァ」
「なにえろい声だしてんだ。マゾのヘンタイか‥‥へえ」
軽薄だが、どこか残酷な雰囲気をもった男の面貌が、いやらしくゆがむ。
「ちょうど女あさりに出るとこだったんだ。それSMプレイって奴だろ、俺も遊んで
やるよ。なっ!」
「ふぎ、ざ、け‥‥いあァ!!」
無抵抗のカラダを抱きあげられ、バイクの後部に座らされる。
暴れる足を力づくで抑えられ、荷造り用のインシュロックで足首をタンデムステップ
に括りつけられ、もう自力で下りることさえできない。
ウソ、おねがい、だれか助け‥‥
必死にあがき、そこでトライアルが終了している事実にふるえあがる。
いまの私は、ただのセルフボンデージマニアのマゾ。
自縛を自分でほどけない以上、すべては私の変態プレイ。
その挙句、どんな結果になろうが、トライアルのメンバーは一切関知しない。
このまま拉致られたら監視カメラでも追いきれず、あとは一方的に凌辱されるだけだ。
ひき逃げしたオンナを犯そうとしてる相手なのだ。
命の保証さえ、あるかどうか、
いまの、高々と吊られた合掌縛りの肢体には、あらがいも反発もゆるされない。
このままじゃ、私は‥‥
男がシートにまたがり、あきらめに心が折れかかったときだった。
爆音が近づいてくるなり、見なれたV−MAXが路地をふさぎ、革ツナギをまとった
長身の女性がヘルメットも取らずおりてきた。
「んあ? 今度はなんだ、姉ちゃんもまざりたいってか‥‥っぎぃぃ!」
「‥‥‥‥」
言葉もかわさず、つかみかかった男の腕が妙な向きにおりたたまれ、密着した首元で
激しい電気スパークが舞い踊り、脱力した男が枯葉のようにくずれおちる。
呆然とする私のまえ。
女性がスタンガンをしまい、ヘルメットをぬぐ。
涼しげな瞳とうらはらに、ジッパーを大きくはだけた革ツナギの胸元から、全力疾走
したあとのような汗のにおいが、むわっとたちのぼる。
「あら、リリィじゃない。奇遇ねえ」
「‥‥‥‥ひぅ」
「こんな場所で、一体なにしているの――まさか、自縛プレイ中、なのかしら」


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


――おもいだしたくもない、記憶。
前回は、トライアルが失敗におわったあと、編集したばかりのトライアルの動画を40
インチのTVで放映されながらニアに可愛がられ、凌辱されつくした。
あたえられたペナルティは監禁と従属。
遊戯の現場からすみやかにニアの手で拉致られたきり、手枷も首輪も一度も解かれる
ことなく、どころかその上からさらにみっちり緋色のロープで縄掛けをほどこされた
可愛らしい肢体につくりかえられ、一晩中、ニアに愛されたのだ。
より正しくは、縄つきの躰で24時間ばかり。
自室の、ベッドの上で。
真性のマゾ奴隷として調教され、犯され、数えさせられた――イった回数は27回。
お仕置きの苛烈さにすすりなき、口枷ごしに許しを請うて。
「いい? 今回はプレ・トライアルだから、私の個人的な調教だけで済んでいるけど、
次からはそうはいかないわ」
いくどとなく、ギチギチ縄目を緊めあげられた。
よがり泣かされ、気絶し、性的な刺激でふたたび目覚めさせられ‥‥
指一本動かす力も失い、おま○このこと以外考えられないほど衰弱させられたのだ。
穴というアナをバイブでふさがれ、深すぎるポルチオ性感でイきっぱなしのカラダに
つくりかえられ、ムチ打たれる痛みでなんどもイかされて‥‥
とどめは、後ろ手の、高手小手菱縄縛り。
肌がうっけつするぐらい緊縛を食いこまされ、おっぱいが変形するまで縄化粧されて。
下半身に深々と大人のオモチャを咥えこませられ、ダメ押しに折りたたんだ両足まで
逆海老で縛りあわされてから。
「うふ、ピアスの鼻輪。ブタみたい。失くしたら、一巻の終わりだよ」
「ぁう‥‥ごしゅひ、はま‥‥ひゃら、らァ‥‥」
「じゃ、がんばってねェ、リリィ。仕事がいそがしくなければまた寄るから。縄抜け
できたら、ケータイに連絡ちょうだいね。バーイ」
「へァっ、ひゃ、うそ、ィア――」
きっちり縄掛けされたまま、マンションに取り残されて。
玄関のオートロックにより、防音つきの、完璧な自縛が完成していた。
勝手しったる部屋は、いまや鉄壁な奴隷のおり。
芋虫同然の裸身で、死にものぐるいでのたうちまわり‥‥かろうじて執拗な縄目から
自力でのがれるまで、さらにきっかり、24時間かかったのだから。
結局、ニアはもどってこなかった。
あのとき偶然にもエスケープできなければ、衰弱死していてもおかしくなかった‥‥


あの、苦々しい記憶。楽しそうにツンとすましていたニアの横顔。
だからこそのリベンジ。
前回はプレ・トライアル。この遊戯をはじめるための準備であり、お試しだった。
今回こそは‥‥
黒く陽射しを吸う、濡れ羽色のプリーツスカートをひるがえす。
最高のコスプレだとニアには笑われたが、べつにかまわない。羞じらいのこみあげる
こんなコスュームを着せられるより、エスケープ勝負に負け、拘束好きのマゾとして
晒しあげられる方がずっとみじめなのだから。
おそらく、比喩ではなく人生が終わる。
決意をかためて――すうっと息を吸いこみ、気合を入れて自身を見下ろす。
私は自分を誇っている。このスタイルも、扇情的に高く突きだす情感豊かな胸の谷間
も、裸体にピッチリまとわりつく、ナチュラルな女子高の黒セーラー服も。
まるでクラスの委員長めいた怜悧な瞳をつねに伏せて。
こんな衣装で、地味なフレーム眼鏡の女子が、20代前半のOLだとだれが思うだろう。
いま会社の同僚に出会っても気づかれないだけの自信がある。
この拘束プレイが、私のシークレット。
あざやかな縄抜けテクニックこそ、ひけらかすことも許されない私の矜持なのだから。

南京錠をかろやかにひびかせて。
一寸のたるみも揺らぎもなく、この身を縛める首輪を、革手枷を、鎖を、鋼の指錠を。
しっかり四肢に食い入らせ、うっ血さえ起こしながら決意もあらたに動きだす。
残り45分。
このざわつく人波のなか、にぎわう繁華街の路上で。
いや、地名を伏せる必要はないだろう。
サンシャイン通りの雑踏を、ティッシュくばりやビラまきをかわしながら、歩きだす。
今回のトライアルの難関は2つ。
一つは45分のリミット。そして、もう一つがエリア指定だ。

『池袋東口、サンシャイン通りを中心にした繁華街エリア内で(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)』エスケープすること。

それがクリア条件。つまりは二重の枷なのだ
人気のない場所を求めてエリアを離れたら、その時点で罰ゲームを執行されてしまう。
だから。
平日にしてもあまりに多すぎる、パニックすらおぼえかける無数の人々、カップル、
営業マン、女子学生らの奔流のなかで、だれにも悟られることなくひそかに拘束姿を
解き放たなければならない。
露出調教さながらに、悩ましくも淫靡な仕打ちを賭けたエスケープ・トライアル――
仕掛けた私と、仕掛けられた私自身との対決は――はじまったばかり、なのだ。


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