トライアル7 その5

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「まだ、やっと指錠ってとこか‥‥っ、んク‥‥この‥‥っ」
どれだけ引っぱっても、あがいても。
きゃしゃな肩の真下まで引きあげられた手首は、首輪とつながれた鎖のせいで左右に
引きだすこともできず、固く括られっぱなしの指はしびれ、いつ命綱のピックを取り
こぼしても不思議じゃない。
女のとぼしい細腕では、細い艶消しのチェーン1つ、ほどくこともかなわない。
「力づくじゃやっぱ、ムリか‥‥にしたって――」
うわごとめいて甘く、ほんのりのぼせた紅唇を舌でぬらし、つぶやく。
「――セルフボンデージで厳しく括られて、お尻もアソコもみっちりエロ器具噛まさ
れる、だなんて。こんな女子高生‥‥公共の場ではじめての露出調教にイかされっぱ
なしのMっ娘そのものじゃない」
等身大ミラーから、ハードな自縛に感じきった少女がゆらぐ瞳で見つめかえす。
まるで調教をおねだりしてる顔‥‥
カラダの芯までうるませちゃって‥‥ドミナの血がはやる‥‥
「ひど、く、みじめで‥‥ぃう、痛っ‥‥ッッ」
自身を縛りあわす革手枷の結合部をかきならし、うっとり嗜虐の笑みをうかべた――
その刹那。
音高くカーテンが引きあけられていた。
キリリと高手小手に折りたたまれた自身の後ろ手首をのぞきこみ、ストレートヘアを
かたむけて厳しい拘束の味わいにとろける女子高生の憂い顔が、等身大ミラーごしに
g.u.の店内にさらけだされる。
「いッ!?」
びくっとなり、きゃしゃな体躯を鏡におしつけたのは無意識の防衛だった。チェーン
や手枷がセーラーカラーと腰までの黒髪につつみこまれる。
ただし。
汗みずくの肌にへばりつき卑猥な輪郭をえがきだすセーラー服直下の熟れたおっぱい
や、下着まがいの透けた革ボンデージはすべてまるみえになってしまっていて。
おどろきでへっぴり腰になり、あわてて裸身をもみねじる。
けれど、バージスラインにべったり吸着したセーラー服はにわかに戻ってはくれず、
逆になまなましい弾力とくびれを、淫靡な肉づきを、ひけらかしてしまう。
「あっ、ごめんなさ‥‥」
ただのおどろきか、オッパイの型にひずんだ制服に衝撃をうけたのか。
真っ赤になった彼女がカーテンを大きくひっぱり、隣のブースにかけこんでしまう。
「なにやってんの。アンタばかじゃん?」
「うっ‥‥るさいなぁ、もうサナエはいちいちー」
彼女らをとがめるゆとりなどなかった。ばくばく心臓が弾みだす。カーテンのすきま
から、不審そうな買い物客の視線がささる。半開きのカーテンのせいで、私が試着し
ていないことがばれてしまったのだ。
ハンガーをかかえたままのかすかな非難のまなざしに、ぞくっと背筋がひきつれる。
早くカーテンを閉めようと肩をよせ、コンパクトに束ねられた指先をからめ、
「‥‥っ、なに、コレっ‥‥!?」
おもわぬ抵抗に頭がまっしろになっていた。
さっきの子が強くひっぱったのか。カーテンレールのランナーがひっかかり、試着室
の入口が閉まらなくなっている。
どうしよう‥‥?
この場にとどまり、半開きのカーテンの死角でエスケープするべき‥‥?
それとも‥‥
迷いは、ほんの数秒だった。
ブースからとびおりる勢いで革靴に足をつっこみ、流れくだるワンレングスで苦しい
首輪の鎖を隠して試着室をぬけだす。ちょうど、購入希望のお客をつれた女性店員が
フィッティングルーム前をはなれるところだった。
その裏を抜け、奥の階段をくだっていく。
あやういタイミングだった――
間一髪の状況に、心臓がドクンとうずきだす。
あのままカーテンと格闘していたら店員に気づかれ、試着中でないと分かれば万引き
をうたがわれるだろう。肩甲骨に括りつけられた手首をかくしたままで、申し開きが
できるはずもない。
汗で濡れ透け、へばりつく、エロすぎる制服姿ではなおさらだ。
乳首の尖り方さえあざやかで、セーラー服の上からピアッシングできそう。
この姿のまま、店員に首枷や後ろ手の手枷をみられた瞬間、エスケープ失敗の電撃で
強制的にイかされる‥‥そんな最悪さえ、ありえたのだから。
「んっ、ふく、ンァ‥‥」
無人の踊り場で足をとめ、上半身の布地をなんども壁になすりつける。蒸発した汗で
ぴっちり吸いつくセーラー服を、過敏な肌からひきはがす‥‥
そのはずが、しめったイヤァな裏地に性感帯をあおられ、お行儀よくピィンとつま先
だったはずみに、ザラリと2つの乳房をやすりがけされていた。
革のハーフカップからツンとこぼれだす乳首の勃起を、ぬれた猫の舌でなぶられ――
「ひっ、イ、く‥‥ッ!」
だめっ、セルフボンデージの姿で、イキたくなんか――ないんだ、からぁっ――!?
おっぱい、揉みこまれた、くらいで――ン――!
みじめな捨て台詞すら脳裏でとぎれ、ずぅんと尾てい骨からアクメにつきあげられる。

姫騎士の、いえ、姫奴隷の裸身が、うれしげに被虐の波をむさぼりつくす。

びくんびくんと下腹部が踊り、ベタベタな内もものつけね、みっちり蒸らされて湯気
まででそうな水蜜桃の双丘が、まくれあがったミニスカートからまろびだす。
これみよがしに、尻穴で咥えこんだアナルフックがむきだされ‥‥
後ろ手錠であせりまくった腰がうねり、必死にお尻をくねらせスカートをなでおろす。
いまの私は、はためにはどう見えるのだろう。寒さにふるえる女子高生か。それとも、
発情しきった自縛にわななくマゾっ娘か。
コツンと壁に頭をもたれさせ、考えを思いめぐらす。ここから、どうしよう‥‥試着
室をうばわれて、この後、どうしたら‥‥?
g.u.の試着室はもう使えないだろう。隣のユニクロはさらに厳しい。試着室はせまく、
フィッティングルーム前から店員が離れてくれない。表通りのお店はどこも同じだ。
ならば‥‥
すっかり拘束のカタチになじんだ肢体をあやつり、決意をかためて1Fへ下りていく。
入口のガラスに写りこむ逆さ表示の時計盤が、残り15分を切っていた。
進捗は思わしくない。いまだ追加の指錠がはずれただけ。
あゆみだしたグリーン大通りはさらに混みはじめ、学生、カップル、背広姿であふれ
かえっていた。スクランブル交差点は羊の牧場さながら。
「‥‥」
つうと冷や汗がしたたり、制服の内を革ベルト伝いに、おへそまで流れくだっていく。
がちゃ、がちゃりと鎖にあらがう革手枷が飛びはねる。
時間がたりなすぎる‥‥ダメ、くるおしい動悸が、どうしても、とまらない‥‥
全力でかけださなきゃ――
まにあわない‥‥でも、どこへ――
ありったけの理性で感情をころす。こんな無慈悲な人波で、腕を封じされた少女が走
れるはずがない。人にぶつかり押し倒されて、エスケープを暴露されるのがオチだ。
考えろ。考えるんだ、リリィ‥‥
まわる秒針を――落ちていく砂を――減っていくデジタル表示を――イメージする。
試着室はダメだった。林立するビルのトイレもNG。追加オーダーで鏡がないとダメ
なため、路地裏での手錠ぬけも許されない。個室、あるいはわずかな時間だけ個室に
なる、鏡のある場所‥‥
信号が青になり、東口五差路がいっせいにうごきだす。
すでにジュンク堂沿いは調べつくした。西武側の大通りはさらに難易度が高い。なら、
最後のチャンスは、サンシャイン通りにしか残されていない――!
ふたたびスクランブルをわたり、サンシャイン通りの狂奔を、川上へと逆流していく。
雑踏の混沌はジュンク堂がわの比ではない。
エスケープのスタート地点ロッテリア、その真上にあるシェーキーズの看板、JTB
のオフシーズン広告、無数にはためくABCマートののぼり、DVD鑑賞の文字、女
子だけをねらうビラ配りは、いずれもチャラチャラした男ばかり。
怖い‥‥いつ、なにをされるか‥‥
まるで満員電車のホームみたい。どさくさにまぎれていつお尻を撫でられても、腰を
横抱きにされても、いまの私はなにひとつ抵抗すらできない‥‥
全裸をみせびらかして歩かされる気分だ。
びくつきながらも、足どりを進めていく。通りの端までせいぜい5分。そのあいだに
エスケープの手を見つけなければ私は終わりなのだ。
トライアル7の規約は、エスケープ嬢の気分をかきたてるだけのスパイスではない。
それは、リリィ自身が一番しっていること。
一般に裏のSNSでは、どこのコミュでも問題はおきていない(・・・・・・・・・)。あくまで規約上は。
ただし、じっさいにはあるオフ会以降2度と来ない人や、数か月姿をくらましていた
と思ったら、人生が変わってしまったらしき人だっている。
多いのは露出系コミュで、身バレして退職させられたとか、警察につかまり、いまは
実家で監視されてるとか。なかには半年ぶりの書き込みで『拉致監禁されたまま今も
犬として飼われている』という告白を最後に音信不通の人も。
まぁ‥‥
それを言いだせば、現に私が調教中のシノだって、なにかされてしまった(・・・・・・・・・・)子なのだ。
ただ一度の賭に負け、すでに10日。ふみはずした元の人生には2度ともどれない。
彼女の人生はすでに『終わった』のだから。
表のコミュにいながら、あえて裏のルールに踏みこみ、あげくが今だ。自身の性癖を
否定され、従順に被虐癖に溺れるよう躾がつづいている。もしも私が事故にあえば、
主をうしなったあの子は飼われている部屋で餓死するしかないのだ。
――そういう牝犬に仕立てあげた、のだ。
――この私の、望みどおりに。
人生に手をつっこまれ、嗜好をねじ曲げられる――そのリスクさえも愉しみにすりか
えてしまうのが、コミュの、そして私たちの業の深みなのだ。大人同士だからという
自己責任論のもと、いったい何名が一般社会から消え去ってしまったのだろう。
文字通り、死者も出ている、というのに。
「いっ‥‥ンン」
気づけば全身があわだっていた。恐怖か、それとも倒錯した愉悦そのものだろうか。
とにかく、プライベートになれる空間を見つけるしかない。
――プリクラは、どうだろう?
はっと思いつく。ゲームセンターは薄暗いし、プリクラコーナーは大抵女子限定だ。
すくなくとも1回は撮影する必要があるだろうが‥‥
「‥‥っ!」
ぞくぞくっと、背筋が甘美にわなないた。
自縛のチェーンをからみつかせたままひとりでプリクラに入り、ハレンチな拘束済の
姿態でなまめかしくポーズをとる自身をイメージしたのだ。
――チュクンと、女のとばりが汁音をあげ、リングにヒダをからみつかせていた。
瞬間的な快楽のるつぼに、つんのめりそうになる。
ダメ。絶対にダメだ。
あまりにも背徳的だ。ただのイキたがりになってしまうだろう。
そもそもプリクラは実際には3・4分しかブースのなかにいられない。他人に並ばれ
たら、その時点で終わってしまう。そのうえ、いまは小銭を持ってない。
「‥‥っく」
まあ、一度はしてみたい‥‥強制的にやらされてみたい。ムリヤリ命じられ、露出の
あやうさに歯噛みしながら‥‥ひどく屈辱的で、エロすぎる‥‥
わななく指先で、背中になみうつワンレングスをなぞり、つらく緊まった縛めの鎖に
つうぅと指の腹をつたわせていく。あァ、と、のどのおくでかすかな嗚咽がもれる。
この、物理的な無抵抗がもたらす絶望の悦びときたら。
「きゃっ」
いきなり人波がくずれ、前を歩くサラリーマンにぶつかった。キティグッズあふれる
サンリオショップから、ブレザーの女子高生たちがとびだしてきたのだ。
気づけば、不快そうな黒縁が私を見下ろしていた。
「ご、ごめんなさい‥‥」
ぞくっと震えながら小声であやまる。露骨に舌打ちされ、びくっとした。万が一肩で
もつかまれたら、こんな人ごみのなかではあらがえない‥‥
人の圧力で、何もかもがノロノロしている。
周囲から見られつづける錯覚に全身が縮こまり、シネマサンシャインから吐きだされ
る人波をさけて質屋の前を歩きながら、視線がどんどん足下におちてしまう。
リミットが刻々と迫りくる‥‥
それは、ギロチンの刃を断頭台の首枷ごしに見上げる恐怖だ。
ただ一度、無上のエクスタシーとひきかえに、エスケープ嬢は社会から姿を消す‥‥
「‥‥いやっ、私、なにを」
混乱した感情をふりすてて、自身へ埋没する。
プリクラはダメ、なら写真撮影機は‥‥こんな繁華街の中心にあるはず‥‥じゃ‥‥
高速を抜けた先の池袋アムラックスなら、一面鏡張り、展示車も多く死角がある‥‥
サンシャインシティは、ダメ‥‥家族づれやOLでごったがえしてる‥‥
楚々とした居ずまいとうらはら、こきざみにカラダが震えだす。
なにをおもったところで、エスケープにしくじれば、気ままな王女としてふるまって
きたリリィは、最下層の隷奴へ堕とされてしまうのだ。
足をはやめてヒューマックスシネマを通りすぎる。行列がエレベーターへとのまれて
いく。なにげなくエレベーターの内側がちらりと見え、息がつまった。

――奥の壁にミラーがついている。

じゃらりと肩の中心で鎖の輪が締まり、苦痛のさざ波が手首をひきつらせた。
たしかにエレベーターは確実な密室だし、鏡の前で作業できる。なら、どこかビルに
とびこめば‥‥ながれだす思考に、かろうじて反駁をこころみる。
かりに無人のエレベーターに乗れたとして、最上階から1Fまで何分かせげるという
のか。何十秒のまちがいではないのか。残酷に絞り立てられた手枷を、わずか1分で
はずせるわけがない。
浅はかな望みにすがっても、絶望に打ち砕かれるだけ。
後ろ髪をひかれながらサンシャイン通りを抜け、高架下の長くじれったい横断歩道の
向こう、全面鏡張りの輝くアムラックスへ踏みこんで――
「こんな、これじゃ‥‥っ‥‥」
わななく膝をガクガクさせたきり、今度こそ、声をうしなってしまう。
想定どおりアムラックスはミラーだらけだった――ただし、家族づれとカップルの大
混雑をのぞいて。子供が走りまわり、どのフロアも中央に女性コンパニオンのブース
がおかれ、死角がまったくないのだ。
そもそも新車のショールームに女子高生1人きりの時点で目立ってしまう上、高々と
吊られた手首をサイドミラーに写すには車の物陰に中腰で体をよせなければならず、
さながら不審者の行動だ。
車内に乗りこもうにも、この上半身ではドアもあけられない。
しかも、鏡張りにみえた全面ガラスの外壁も、なかからは街路がまるみえ。これでは、
建物の外から背中を写してのエスケープすら不可能なのだ。
意識に、ぽっかり空白があいていた。
壁の時計がリミットまで10分だと告げているのに、脱力した足を動かせずにいた。
――なにもかもが、八方ふさがり。
自縛の『嵌まり』にちかい。いや、それ以上の袋小路か。
腕がだるい。肘よりうえ、上腕部がしびれている。ずっと後ろ手を背中に引きつけた
ポーズを保っているため、筋肉がつかれはじめているのだ。
数々の裏SNSで消息をたった女の子や女性のことが頭をちらつく。いや、女ばかり
ではない。男性だっていた。なかには日本から『出荷』され、海外のアングラ動画で
しか生存を確認できない相手だっている、というのに。
誇張ではないのだ。
事実、ニアはその方法と手段を知っている。かりに彼女がパートナーとして情をかけ
てくれたとしても、これだけの監視・盗撮システムを用意・提供するスポンサーが見
のがすことを許さない。
最悪の場合ニアまでもが、つがいの奴隷として、夜の底へ沈んでいくだろう。
それが一時的なお仕置きか、一生の終わりかなど、トライアルに失敗したリリィには
思い悩む自由すらありはしないのだ。
人権を剥奪し、ほんとうの意味で奴隷をうみだす絶対のシステム。
ルールそのものを策定したリリィ自身が一人目の犠牲だなんて。どこまでエスプリの
きいた結末なのだろう。
リリィは――エスケープに長けた姫騎士も、ここで終わり、なのだろうか‥‥
とりとめない思いが浮かんで消える。
忌まわしくも強靭な手枷にまとわりつかれ、二の腕さえさすってやれないペット首輪
付のわが身がうらめしい。
こんなツラいなら、もっときっちり拘束しておけば良かった。
上腕部にもガチガチに腕枷を食いこませてやり、背中と結合しちゃえば、むりに姿勢
を維持しなくても手首のうっ血が軽かったろう。うん。次回はもっとラクにいられる
よう、ハードにきちっと自縛しておかなきゃ‥‥
「って‥‥ひどい、わね」
はっと気づき、自分の物思いのあさましさに口走ってしまう。顔が火を噴きそうだ。
次回また拘束されることまで期待して。
しかも、もっときびしく自由を奪われたい、だなんて‥‥Mっ気にもほどがある。
「‥‥クっ。ン」
ぐりりと腰をよじり、上半身を痛めつける。手首や首輪にはしった激痛が自虐志願の
罰。ビチチっと緊めあげられた革手枷の食いこみに、冬服の生地裏でひくひく裸身が
反応し、ゆがんでしまう。
じんわり涙目になり、マゾの陶酔なんかかなぐりすて、前屈みのまま歩きだす。
トライアル7は、観客がのぞむ最高の結末をむかえるだろう。
賭けに破れ、自失して、手にしたピックをふるうチャンスも与えられず、悩ましい低
周波に蹂躙されたエスケープ嬢がアクメによがるさまを映すのだ。
一歩、一歩が奴隷としての旅立ちを祝うかのようで。
あと8分しか残されていない‥‥
がくぜんとなり、ふらふらとさまよう足でアムラックスを抜けだしていた。
背後で自動ドアが閉じ、希望も望みもついえた瞳をぼんやり足元からあげていき――

―――朦朧となり、気力を奪われていた瞳が、みるまにフォーカスしていく。
 
天空より首都高を見下ろす、白亜の大伽藍。
ナンジャタウンなどの複合施設の中心にそびえたつランドマーク、サンシャイン60が。
かつて日本一をほこった高層ビルが、その威容が。
手をさしのべることも、指をさしだすこともかなわない、絶望にうちひしがれる自縛
少女へ、かすかなカンダタの糸をたらしていた。
いうまでもない。最上階、展望台への高速エレベーターは有名で、それ以上に59Fの
レストラン街へは、ビジネスフロアから一般のエレベーターでいつでも昇っていける
のだ。
10F建てエレベーターが最上階から下まで1分だとしても、サンシャインなら約6分。
つまり、それだけのあいだ、無人の密室を占拠できるチャンスがある――――


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


くらりとよろめくのは、快楽のとろ火で焦らされきった自身の足元ばかりではない。
リリィに残された人生は、あと、わずか8分きりなのだから。
信号がきりかわると同時にとびだす。
高架が交差するファミリーマート前の交差点を、黒の革靴で踏みしめる。
つい、と、背面合掌にねじり合わされ、手の甲同士が密着するまで細身のチェーンで
括りあわされたわが身をこじるように揺すり、うまれたての雌鹿さながら、不自然な
前傾姿勢でサンシャインシティ前に駆けこんでいく。
「ふァ、ン、ひどっ‥‥感じちゃダメ、なのに」
なやましくも逃れられない自縛の味にひたりきり、後ろ手に合掌させられっぱなしの
二の腕が引き攣りだす。
私自身の女の芯は、すでに決壊しきっていた。
一足ごとに、浅ましくもむごいアナルフックの抽送に貫かれ、犯されて。
いまわしいリングを嵌めこまれ、ムリヤリくつろげられて拡張中のクレヴァスから、
物欲しげな欲望のしずくがとろりとしたたり、漆黒のオーバーニーソックスを縁から
ぐしゃぐしゃに濡らしていく。
注意深い人が私の下半身を眺めれば、何本もの、生乾きの透明なすじに気づくだろう。
拘束済のマゾの裸身はすっかりできあがり、けれど不自由な肢体に自身をなぐさめる
すべもなく、たえがたい疼きをこらえるしかないのだから。
「‥‥っ、はっ、ン‥‥ハッ」
ちらほらとこちらを向く人々の奇妙な視線。そのたび、心拍がどんどん上がっていく。
すごい‥‥
私、ホンモノのヘンタイ、だ‥‥
冬服に隠れた肢体をギッチリ縛りあげられて、お尻まるだしで。
奴隷の首輪をみせびらかして、アナルフックでレイプされながら、サンシャイン前を
そしらぬ顔で横断してる‥‥
もう何度も野外でイッて、うぁ、またイッちゃ‥‥ッく、ぁン、う‥‥
恥ずかしすぎて、頭がパンクしてる‥‥もう二度とこんな真似、できない‥‥ッ‥‥
ここまで無防備に、露出プレイをしいられている奇跡。
被虐の熱にあぶられながら、とろけた意識でなんどもピックをにぎりなおす。
なにがあってもピックだけは守らないと。
エスケープへの道のりは2通り。
ひとつは、手枷同士をつなぐ南京錠をはずす。だがこれはかぎりなく困難だ。いまの
私のカラダでは、南京錠までピックが届かないのだ。
もうひとつは、背中のチェーンの輪っかをたばねる南京錠をはずす。8の字によじら
れた鎖を留める2つの南京錠が外れれば、ラチェットに絞られた鎖も一気にたるみ、
手首をラクにして手枷のピッキングができる。
だが‥‥
なんだろう。なにか、意識の底がひっかかっている。
まるで、罠にはまったかのような‥‥エスケープアーティストとしての‥‥勘‥‥
なに、を‥‥?
記憶が混濁し、まじりあっていく。
迫りくるタイムリミットに身も心もあぶられていく。まるで、あの夜のよう――


『なんで、ハートの南京錠、なのかしら』
大胆にバーストゥールで右脚を組みかえ、ちらと探りの瞳をいれる。私の内ももに吸
いよせられていたニアがハッと目をそらす。ひどく愛らしい。もうずっとニアは私に
夢中なのだ。
ややあって、地を這う低いささやき。
『‥‥悪い子。挑発好きないたずら姫ね。そんなに奴隷として躾けてほしいのかしら』
『うん? いままさに、私、躾けられてるよ』
なのに、もっとしちゃうの‥‥上目がちに、あだっぽく首をかしげる。
酔いのまわったニアは感情を隠せない。無造作にあおるシャンディガフの輝きごしに
濡れた瞳がにらむ。生意気な姫を犯したくて気がたかぶっているのだ。それは、私も
同じ‥‥
女性、カップル限定のSMバーは、腕を後ろ手をまわし窮屈そうに腰をもじつかせ、
とろんとした女の子だらけだ。店の名前は『hednism』。由来は、快楽主義――


――とりとめない思い出がよみがえる。
これはトライアル数日前の、ニアとの逢瀬だ。なぜ、いま‥‥?
いやらしく発情にまみれた吐息をかろうじてととのえ、大理石のエントランスを急ぐ。
48〜59階までのエレベーターホールへ到着。不思議そうに女子高生をみつめるスーツ
姿やOLを気にせず、案内板にしらべる、ふりをする。
彼らは気づくことができないのだ。
この愛らしい小柄な女子高生が、実は野外緊縛まっただなか、調教中だということに。
鞄も提げていないのは、それすら不可能なカラダだということに。
「‥‥‥‥」
なにげない視線が、ちりりと羞じらう肌をあぶり、あやうく、喘ぎをこぼしかける。
知られてはならない。
しくじったなら、数分後におなじ運命をたどるのだとしても。
腰までとどく黒髪のヴェールのなか、ほっそりした両腕を不自然にまじわらせるのは、
革手枷と鎖による強制的なポーズで、制服にそぐわぬパンクな首輪こそ、奴隷調教の
証だということを。
いや。
そもそも彼らに気づかれた瞬間、目のまえの少女は崩壊してしまうのだから。
許容範囲をこえた電撃をあびせられ、おそらくは濡れたリップからも、下半身からも、
エロティックな女の匂いとエクスタシーをまきちらして。
そこで初めて、リリィが自縛マニアのヘンタイだとカミングアウトさせられるのだ。
「んくっ」
じわ、と、またひとすじ、淫靡なおツユが内またからしたたっていくのを感じとる。
妄想の浅ましさに、こくんとツバをのみくだしてしまう。
絶対ミスできない。チャンスは一度。
すばやく、人の捌けたタイミングでエレベーターに乗りこまなければならない――


女性バーテンダーとニアが、にやにやしながら私を鑑賞する。
『ン。癪だけど、そこは同意するわ。リリィのかわいらしさときたら』
『でしょー。例のSNSでお姫様のレアな奴隷姿がみられるよってトピックたてたら、
この大盛況。平日なのに‥‥すごいわ』
『虐めてオーラがでてるじゃない。あれ、私のリリィが無意識に発してるの』
『2人とも‥‥ったく、今日はゲストだし、いいけど』
かるく柳眉をつりあげ、彩りもはなやかなスコーピオンを啜った。甘いラムベースの
カクテルが、いやらしく気分をほぐしてくれる。
『じっさい私も、ここ数日は新しい娘に没頭してたから、ひさしぶりに啼かされたい
気分。愉しみにしてる。でもね、それにしたって』
ギシィッと服の内側を這いまわる革に逆らい、きゃしゃな体躯に力をいれてあがく。
『この妙な拘束具なに? 本当にひどい作りだろ‥‥ンァ、ッ!』
『気に入ってくれたのね、お姫さま』
半目でバーテンをにらむが逆効果。うれしげに口の端をつりあげたバーテンダーが手
元のスイッチを押した瞬間、びくびくっと下半身、うもれた肉のなかに衝撃がはしり、
裸身の奥からどろりとオツユを分泌してしまう。
『んぁっ、‥‥んク、イイっ、っ違、だ、め‥‥マスターッ‥‥ぁアァ‥‥』
『ダメじゃないよね。啼かされたいんだろう。ほら。啼かしてあげるよ。たっぷりと』
『あっあっ、私ィ、ひ、マゾに、っグ、なっちゃ‥‥ッッ!!』


――ちがう。この会話じゃない。なにか、エスケープがらみの話がひっかかって‥‥
到着チャイムが鳴り、ぞろぞろ人が吸いこまれていく。
あせりをこらえ、待つ。時間はギリギリ。次のケージにひとりで乗りこみ、59階まで
に背中でじゃらつく南京錠を外していくのだ。一風変わった、ハート型のコレを――


ほう、と、バー全体が吐息でどよめいていた。
女性たちの火照った唇から、期せずして、感嘆と羨望の喘ぎがかぶさりあったのだ。
ギチチ、ビチチィッと、縄と革と金具が奏であう。
『hednism』のハプニングバーとしてのおもてなしがコレ。女性にかぎり、縛られたり
拘束されると、ドリンク無料などのサービスを受けられる。
女の子メインのつくりと、女性バーテンダーのプロ級の縄さばきが、あらゆる女性を
酔わせるのだ。いまも私たちに誘われ、施錠をかき鳴らし縄目を愉しみだす女の子の
幻想的な匂いが、ムードたっぷりの店内を淫靡に染めあげる。
女性バーテンダーに首輪ならぬ乳首のリードをひっぱられ、いぎっと紡錘形にひしゃ
げたおっぱいに震えあがって、よろよろバーストゥールから立ちあがる。
『ふふっ、リリィ、おいで』


――唐突に、ビクンとセーラー服ごしの裸身が跳ねていた。
現実と、記憶が、まざりかかっている。
焦らされすぎ、発情しすぎて朦朧とした耳もとで、バーテンダーがささやいたのだ。
あの夜、私がいかなる甘美な仕打ちをもらったか‥‥いま考えなくてよいことばかり
頭をぐるぐるかけめぐる。
ただ一度のトライアルで、私、どこまで堕ちていくんだろう‥‥
みがきあげられたエレベーターの扉が、まわりをうつしだす。クールな顔で、けれど
不自然に肘をおりたたみ、女子高生がホールにたちつくす。完全に他人を排除できる
なら、この扉をミラーがわりに使いたいぐらい。
サンシャイン60のエントランスは、天井が高い。無数の足音がこだましながら、ギリ
ギリの運なのか、私のいるエレベーターホールは無人のまま。
ひびく足音に体がよじれ、妄想がひろがっていく。
すでにさりげなく壁にもたれ、後ろ手に括られた指でエレベーターは呼びだし済み。
うつむいた視界に‥‥
またしても、ばっちり自己主張する、コリコリに尖った勃起が。
呼吸にあわせてセーラー服の下でひくつくさまが、いやらしい肉体反応がまるみえで。
はしたなすぎる。絶望を予見し、転落の先をイメージしたときから、姫騎士リリィの
奴隷化が、調教が、みるみるはかどっていくのだから。
こっちが私の「地」なのだろうか。
地味な仮面で日々仕事をやりすごし、オフでは愛らしい女の子をはべらせ傍若無人に
躾をほどこし、たまにニアにみっちりお仕置きしてもらう。
基本サディスティック、けれどMっ気も、かわいげもたっぷりある。
リリィはそんな女の子で、こうも底なしの情欲にくるってしまう真正Mじゃなかった
‥‥‥‥なかった、はず。なのに。
灼りつくばかりの甘い露出散歩の裸身のなまなましさ。じくじく子宮の底がうずき、
たぷたぷの蜜がいつ決壊しても不思議じゃない。
たえきれず足踏みする。
きゅきゅっとなりひびく、自身の革靴の音さえ、おぼつかない。
びりびりとお尻の穴がしびれきっていた。
ここまで走りづめで、全身の律動にあわせて、お尻の穴を直腸深くまでピストンされ
つづけ、ガバガバに調教されきっているのだ。括約筋でぎゅうぎゅう緊めつけないと、
抜け落ちる不安さえおぼえる。
「‥‥」
まだ、なのか――
到着ランプをみようと背筋をそらせ、そくざに後悔した。
首輪の鎖が引きしぼられ、アナルフックの底が尾てい骨に叩きつけられて、浅くなっ
ていたフックがズブリとお尻を貫通しなおしていたのだ。
深すぎるストロークの衝撃。口がひらき、舌がこぼれだし、我慢などできず。
「‥‥っ、ふぁ、アぁっ! ひぐぅッ!」
かわいらしい嬌声がつむぎだされ、一瞬で頬が羞恥にそまってしまう。
腰が引けたまま赤面してもじつく女子高生が金属製のエレベーターの扉にうつりこむ。
まだ、まだなの?
はやく、人が来る前に、こんな痴態をみられる前に、はやく、はやく‥‥
気の遠くなる体感時間をへて、チャイムがひびく。
お尻の苦悩もわすれて、スカートをみだしながら駆け込み、手すりの上に設置された
パネルで59階と閉ボタンを叩く。上昇するノイズのなか、全面ミラーに裸身をあずけ、
ワンレングスをかたむけて手首をのぞきこむ。
ようやく、唯一のチャンスだ。
高手小手の手首をさらにつりあげ、チェーンをたばねる南京錠へと指先をのばす――
かわった形の、ハート型の南京錠へ――


『‥‥で。ニア、さっきの、ン』
『ハート型の理由だったわね。ね、バーテンダー』
あれだけの羞恥プレイをしいられながら、ニアは平然とブラック・ベルベットを流し
こむ。密着する腰は発情しすぎて今もうねり、誘いかける脚を私にからめてくるくせ
に、すごいプライドの高さだ。
女性バーテンダーにあずけていた鞄から、手枷など一式をとりださせる。
『後ろ手にだれかを拘束したいのだけど‥‥マスター、奴隷役、お願いできる?』
『へえ‥‥それって、私に拘束具を着せる気? 困った子猫ちゃんたち。Mの趣味は
あんまりないのだけど、私は』
夫のネクタイを妻が締めてさしあげる要領ね、などと軽口をたたきつつ、なめらかな
手つきでバーテンダーがみずからに首輪を嵌め、鎖から伸びる左右の革手枷をハート
型の南京錠で後ろ手につなぐ。
きりりとした正装に、奴隷の首輪と手枷。
ひどく悩ましげな拘束姿をさらした女性バーテンダーから、年を感じさせない被虐の
においがただよう。
『あらっ、これ、おもしろい南京錠。ハート型だなんて、かわいらしいわ』
『さわらせて』
『ええ‥‥できるものなら、どうぞ』
女性バーテンダーがカウンターにもたれ、後ろ手の肘をあずける。
今夜の私は、指をのばすことの叶わないカラダだ。ハートの南京錠に鼻づらをよせる。
たしかに変わった型だが‥‥だが、むしろ、これは。
『罠に、なりえるの?』
これが?
こんな、チープなのに?
おもわずもれた感想は、正直なところ失笑だった。
ふつう南京錠のカギ穴は底面で、ピンタンブラーは縦に長いが、このハート型南京錠
は側面に穴があり、構造が浅い。指錠とほとんどかわらないのだ。
『さわってみたいの? はい、どうぞ』
『ちょっと。バーテンダー、ぜんぜんMっ気ない。不親切』
『‥‥ん? なにかな、お姫様。もしかして手渡しじゃなきゃイヤ?』
わざとらしいいじめだった。
予備の南京錠が置かれたのはバーカウンターのへり。私の手が絶対とどかない位置だ。
やむなく、咥えたマドラーを南京錠のツルにひっかけ、輝きをこぼして落ちるソレを
てのひらでうけとめる。
不自由な手つきでハート型の南京錠をあらためる。チャチで愛らしい。中心部に浅い
カギ穴、2つの山でツルが半弧をえがく。単純なしかけだ。
『施錠してみたら?』
言われるがままカチリとはめこむ。錠前のシャックルは涼やかな音色で施錠完了した。
かりに後ろ手拘束をほどこされたら、非力な私では1ミリもゆるまないだろう。
でも。
けれど、それだけ。
むしろ、カギ穴が底ではなく側面にあるため、カギ穴を外向きに施錠すれば、いとも
たやすくピッキングツールが穴にとどく。裏がえしてツルをひらくが、左のつけねも
差しこむ右側も、罠の痕跡さえない。
『ためす。ヘアピン貸して。あと、秒数カウントだれかお願い』
『いいわ‥‥READY、GO!』
使えるのは片手のみ。
南京錠とヘアピンを同時にうごかす。太ももに錠前を押しつけ、反転させたヘアピン
をつっこみ、テコの原理で直角に折りまげる。くるんと手首を返し、ハートを親指で、
シャックルを薬指で押さえ、あまった2本の指でヘアピンをひねった。
カチリ。あっけなく錠が開く。ぴったり11秒だ。
『教えて。11秒ジャストであってる?』
『‥‥‥11秒00:03。やっぱりいいわ、リリィ。この状況で体内時計ジャストとか、ね。
バイブも媚薬も効果なしだなんて』
バーテンダーの声音にかすかな畏怖がともって響いたのは、酔いのせいか。
反面、私は狐につままれた気分だった。
ニアの話では、今度のトライアルでこの南京錠を使うらしい。あまりにカンタンでは
ないだろうか。
その刹那、不意にぞわっとした。ふりかえる――ニアの美貌が、残酷にゆがんでいる。
『カンタンすぎる。そう、思った?』
心中をいいあてられ、言いようのない不安がつのった。
『エスケープアーティストのさがよ。悲しい性。それが必ずリリィを破滅させるから。
気持ちよく、絶望とともに‥‥ね』
不吉な予言を残す。
ニアの真意をはかりかね、あえて、子供っぽく頬をふくらませてみせる。
『ひどいな。ニア。失敗したら私の人生おわりだ。もうニアの奴隷になることもでき
ないぞ』
『大丈夫、いまは私の言葉が分からなくてもいいわ』
まあまあ、となだめたニアの顔が、不意に酷薄ないろをたたえた。
うっすらと‥‥これは、なにか企んでいる笑み。けおされて、抗議がとぎれてしまう。
『‥‥それに』
『‥‥』
『リリィだって、初見でエスケープを思いつかない方が燃えるでしょう?』


――初見でエスケープを思いつかない‥‥
たしかにニアはそう言った。
ハート型の南京錠は初見ではエスケープできない、と。じき、意味は分かるのだろう。
上昇する重力を感じつつ、肩をよせ、高手小手の後ろ手をさらに合掌させて手の甲を
くっつけ、コンパクトにおりたたむ。
まずは首輪の真裏、一番たかい箇所の南京錠をはずさなければ。
左右逆の中指と人指し指でピックを、反対の手でテンションをつかみ、全面ミラーに
写った悩ましすぎる自身の体躯をのぞきこみ――
「‥‥‥‥‥‥」
ぼうぜんとなり、全面ミラーにうつった私の表情は、蒼白だった。
とどかない。差しこめない。
トライアル中に身をくねらせたり力任せにこじったせいか、艶消しの黒いチェーンは
グチャグチャになり、首輪の真下にぶらさがる南京錠もねじれていた。
そう。
8の字を描くチェーン上端を留める南京錠は、真横をむいていた。
ハートの本体が垂直にかたむき、裸身の右――背中で交差した利き手の逆側――へと
平らな面をむけて。そうしてチェーン下端の南京錠は、ねじれた鎖束をまわりこみ、
完全にカラダの裏にかくれ、埋もれていた。
どの南京錠をはずそうにも、そもそも、ピックが届かない、だなんて‥‥
――運命は、タイミングをまちかねていたのだろう。
この認識の刹那。
革ベルトでいやしく括りだされたオッパイに、気まぐれで自堕落な罰がくだっていた。
電撃が、一瞬で、奴隷の裸身をなりひびかせる。
バチッ、と。
聞こえるはずのない幻聴が、耳を焦がす。
「いっ、ギ、くぁッ‥‥ひゃ、ひゃへェェ‥‥ッ!!」
ふたたびの電撃が、私の意志さえうばい、白鮎のようにヒクヒク上半身をくねらせる。
神経を焦がす苦悩に、裸身が自律的にはずみだす。
汗だくで刺激に餓えていた双丘を、正面から、全力でムチうたれて――
漆黒のセーラー服の下、ぎょっとするほど乳房がたわみ、ついで激痛が脳を灼く――


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


「ひぐぅ、いっ、痛いィィっ!」
ビィン、と、ほっそりした四肢が死体のように硬直し、のびきってしまう。
低周波パッドの衝撃。
時間が5分をきると、30秒ごとに電気ショックがエスケープ嬢を悩乱させるのだ‥‥
エスケープ嬢を焦らせ、追いこむための残酷なしかけ。
決めたのは、採用したのは、私自身――なの、にっ、ヒァっ――!!
リリィ自身では、決してさわることのできないオッパイが、みえない手に揉みこまれ、
おもいきり乳首にムチを浴びせられて変形して。
「っ、ひ、イ、イヤぁ‥‥ウソっ、こんな、どうし‥‥て‥‥ェ、ァア‥‥」
激痛と、ほとばしる刺激の浅ましさに気がくるいかかる。
悲鳴まじりのハスキーボイスが、どれほど視聴者をよろこばせるかにも気づけぬまま
パニックにおちいり、ギシギシっとセーラー服を、下着代わりの革ベルトを、高々と
吊られた後ろ手を悶えさせてしまう。
そんな抵抗をカラダが許すはずもなく、手首の肉を鎖にはさみかけ、激痛のショック
が重なり、不自然にのけぞってしまう。
そしてこのとき、同時にもうひとつのトラップが――地獄のふちが、あぎとをひらく。
「59階です。下にまいります」
え?
まさか、早すぎ‥‥ない?
無機質な女性の音声アナウンスが、エレベーターケージになりひびく。
ウソだ。ありえない。ほぼズレることのない、私の体内時計がつげている。まだ90秒
しかたっていないと。
すぅっと、浮遊感がおさまって。
必死の身じろぎでかろうじて鎖の縛めを隠した直後、エレベーターの扉がひらく。
幸か不幸か、レンガ風の壁に彩られたレストランフロアは無人だった。いれちがいで
向かいのエレベーターのドアが閉まり、人を乗せて降りていく。
硬直したきり、ケージとエレベーターホールのはざまで不自由な裸身をこわばらせる。
場違いな家族連れのざわめきがとどく。
いや、ここでは、場違いなのは‥‥破廉恥な鎖拘束に身を焦がし、発情しきっている
のは私の方なのだろう。
タイムリミットまでの残りは、もはや5分を切っていた。
30秒ごとのショータイム。観客をよろこばす、エスケープ嬢のポールダンスだ。
これをあと8回うけたとき、晴れて、リリィは本物の奴隷となり同じ闇へ堕ちていく。
4分半。
それが、私に残された、すべてだった。


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