トライアル7 その6

Novels Back Next    

(※当アトリエは成人向け・SM小説サイトです。検索等でお越しになられた方はまず こちら をご覧下さい)
 

レストラン街特有の、シックでおちつくBGMが、59階のフロアをつつんでいた。
ファミリー層の団らんスペース、
さざめく雰囲気も、まざりあう話しごえも、なごやかなもの。
その日常がどろりと濃厚に溶けるほど、つややかな被虐を匂わす奴隷姫こそが私――
息もたえだえのエスケープ嬢だった。
「っひ、‥‥っ、くぅ‥‥」
あらがえない籠女の身に電気ショックをあび、わななく手足が心をうらぎっていく。
ひくつく下腹がなみうつまま、弓なりに肩甲骨をそりかえらせ、空中にオンナのシル
エットをえがきだす。
くるおしい動悸がじょじょにおさまっていく。
あと4分27秒‥‥26秒‥‥24秒‥‥
『hednism』 の女性バーテンダーに畏怖をいだかせた絶対感覚が、圧倒的にたりない
時間をきざんでいく。
心を落ちつかすクセで、黒髪を人差し指にくるくるまきつようとして、けれど震える
指から梳いた髪がこぼれおちていく。心が動揺しきっているのだ。
どうしよう。どうしたらいい。私、わたしは。
状況を再確認しなきゃ‥‥
エスケープのリミットまで残り4分。密室となるエレベーターでの猶予は6分どころ
か、1階からの直通でも、ほんの90秒しか稼げない。
ハートの南京錠は4つ。
首輪につながれたソレは遠すぎ、手枷の連結錠にはピックの先さえ届かない。
8の字によじれたチェーン上端は90度によじれて真下からカギ穴をねらえず、下端は
鎖のコブにうずもれ、背中側にまわりこんでみえない。
一般的な南京錠なら、タテがヨコでも底面の位置は同じ。まさかそれが、ハート型の
南京錠になっただけで、こんな最悪をうみだす――だなんて。
ほぼ完璧な縛めをほどこされた私が、ここまで不測のトラブルに対応できるはず‥‥

ニアはしっていて、わたしをおくりだした。
予想外のトラブルに翻弄され、時間ぎれとなり、まちがいなく奴隷に堕ちるよう。
さいしょから、わたしを罠に、はめようとして‥‥‥‥?

ぞくり、と、うぶ毛がとがってしまう。
いけない。
最愛のパートナーさえ信頼できなくなったとき、私のトライアルは終わってしまう。
これはカノジョと私、ドミナとエスケープ嬢の2人3脚なのだ。
入念にえらんだ拘束具の数々がうらめしい。
ピックを使うどころか、落とさないのがやっと。脱力しきった腕の重みで鎖を引っぱ
られ、後ろ手の痙攣がとまらない。
DIYショップの安物のチェーンが、最後の壁となってエスケープ嬢の逃亡をはばみ、
首輪・手枷と南京錠が、姫騎士リリィの奴隷の引きわたしを絶対のモノとする。
たいした罠ではない。
本来、時間さえあれば、いくらでも可能性はあるだろう。
だからあと5分、私を阻止すればイイ。それだけで性奴隷リリィが生みだされるのだ。
「っ!!」
ダメ、放心してたら、みすみす魂を売りわたすも同然――
もう一度、手首の肉をチェーンのすきまにはさませ、激痛で心をよびさます。
「くっ、ヒァ‥‥痛っ、ひぐっ、くッ!」
スタート時よりずっと緊めあげられた高手小手。背筋をのたうたせ、ワンレングスを
なんどもふりはらって上半身をうねらせ、かろうじて鎖から肌をひきはがす。
この‥‥痛み。
私が、私でいられる痛み。
エスケープ嬢がたよれるのは地力のみ。リリィにしか、リリィ自身は解放できない。
かならず抜けだすのだ‥‥たとえ、不可能だと心が折れていても。
エスケープ嬢自身があきらめた時点で、トライアルは終了してしまうのだから。


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


ケージに足をはさみ、ドアを背中でひらかせた体勢のまま、大きく息をはきだす。
ふかい腹式呼吸で、わななく肢体をとりもどす。
電気ショックでどこを貫かれるのかはランダム。腰にくくりつけられた機械しだいだ。
とにかくカラダを落ちつかせ、暴虐の余韻をやわらげるしかない。
視線をケージ内にうつす。
ここで、エスケープの手段をこうじるべきか。出たとこ勝負で、とにかく降りるか。
いや。これは考えるまでもない。
ここ59階フロアの方が、人の出入りがすくないのだ。1階までに抜けだせず、戻りの
エレベーター待ちで時間ぎれになるのはあやうい。プランを練るべきだ。
まずは南京錠のピッキング。
チェーンに絡まる2個のうち、上側はムリだ。ピックを横向きにして人差し指と中指
で支えればどうにか挿さるかもしれないが、次の電撃でとりおとすだけだろう。
ならば、下側かしかない。
ホールに人がいないことをたしかめ、ストレートロングの黒髪をかたむける。
あでやかに染まる白いうなじ、その、はるか下方。
鎖に手をつっこむだけで完了する行為が、後ろ手拘束の奴隷嬢には不可能にひとしい。
人差し指もピックもとどかず、しかも真上から位置がつかめない。
手元をのぞく鏡がなければ‥‥けれど、ケージを抑えた状況で、近くに鏡なんて‥‥
「ちょっと、ちょっとお嬢ちゃん。乗らせてもらえんかね」
「ひゃう! はっ、はい!」
いきなり声をかけられ、飛びあがった。
いつのまにいたのか、夫婦らしき片方の老婆が不機嫌そうに私をにらんでいた。背筋
がちぢみあがる。ビクンと跳ねてホールへのがれた脇をぬけて、夫婦がエレベーター
ケージにのりこむ。
「‥‥あんたはどうするの」
「っひぁ、そのっ、家族がまだでっ、そのっ」
「お嬢ちゃんね、自分のつごうで、乗り降りの邪魔するもんじゃないよ」
いらだった声が閉ざされ、泣きそうにみえるセーラー服の私自身が、磨き上げられた
エレベーターのドアから見つめ返していた。
怜悧なまなざしがくもり、隠しきれない露出の含羞に頬がいろづく。ひどく愛らしい
マゾの女子高生。首輪付の黒セーラーは、おへそが見えそうなほどまくれかかり――
とうとつに、鏡のむこうの目がみひらかれる。
‥‥あった。
‥‥そう、この手。これならどう?
一気に思考をめぐらす。できるかどうか。リスク。期待値。手順。
背中をこすりつけ、無人のホール全機の呼びだしボタンを押しこんでいく。BGMが
和やかな時をきざむ。つややかな黒髪。高手小手のカラダ、緊まった革手枷。指錠を
ぶらつかせた指先まで、絶望の私自身を、あますことなく感じとる。
空いた指錠のラチェットを、左の親指で押しこんだ。
ギチリ、と刃がいじましくひびき‥‥ふたたび獲物をとらえようとあぎとをひらく。
さっと瞳を落とす。目測だが、長さも足りている。
‥‥イケそう。
これなら、ギリギリ出し抜ける。あと5、4、3、2‥‥
ふたたびの30秒。奴隷を躾ける電気ショックにみがまえながら、それでも。
「っ。がぁッ、ひぎぃ‥‥っ!!」
スカートをひるがえし、黒セーラーごしでもシースルー同然に乳首を透けさせ、挿入
された生娘のように裸身をこじりたてる。
脂汗をながし、歯をくいしばって悲鳴をこらえる仕草に‥‥
ほっそりした下肢を流れくだる、エロティックなオツユのしたたりに‥‥
どうしようもなく官能を刺激され、サディスティックな愉悦をあじわってしまうのだ。
あやうく落としかけたピックを、ぎゅうと握りしめながら。
――そう。ナルシストで、ヘンタイだから。
――拘束姿でお仕置きされる、みじめなリリィ自身の懊悩を、この目で愉しんでいる。
――これで済まされるはずがないのだ。私のお膳だてなのだから。
私自身がイきくるい、こわれるまで。
あと、4分。


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


『聞いていいかな、リリィ』
『どうしたの、ニア。私の、ご主人さま』
『今夜のプレイは終わりよ、リリィ‥‥ね、なぜトライアル7を立ち上げるの? 草
案みたときからあやういものだって、言ってきたよね、私』
ひと月ほど前の、リリィの夜。いつものマンションじゃない、もう一つの別世界だ。
フロアまるごと私が所有する、ただしい意味で飼育室のなか。
媚薬めいたメスの匂いが濃縮され、うずまく。
床にころがる3人の娘は、いずれも私のペット。私のもっとも好きな――手足を束ね
られ言葉をうばわれ四つん這いで生きていく――ヒトイヌにされた少女たち。
みな成人しているのは確認済だ。
ひとりひとり違うケモノ耳と尻尾を装着され、だらんと舌を出してうらやましそうに
ベッドのニアと私を見あげてくる。一匹はがまんできず、隣のヒトイヌ少女のお尻に
はなづらをつっこんで舐めだすぐらい発情しているのに。
今夜は、おあずけの日なのだ。
週に3日、リリィはここに立ちより、彼女らを苛烈にいたぶり、よがらせる。自分が
されたい責めをしてあげるのが、ここ1年で学んだペットをかわいがるコツだ。
絶対の支配者だけがあじわえる嗜虐のたしなみ。
だからこそ。
月に一度、彼女たちペットのまえでニアに自由を奪われ、無残に縄がけされた奴隷と
して躾けられると、理性がふっとんでしまうのだ。
ハッハッと尻尾をふり、どこか恨めしげなペットの前で公開処刑されて。
彼女たちより底辺の牝犬として、倒錯した不自由なまじわりにおぼれきってしまう。
ぐっちゃぐちゃに狂わされ、残酷な縄目に哭かされながら、この檻のなかで調教され
つづけるのだ。
焦らされ放置もあれば、イキっぱなし地獄も。
今夜みたいに、ラブラブで何度も愛されながらのぼりつめることも。
同じヒトイヌ姿にさせられてから、飼っているペット全員を満足させるまでお預けな
ことも。
すべてはドミナの気分しだい。
縄掛けは眠るあいだも解かれない。ニアが満足するまで。場合によっては数日、緊縛
されっぱなしで転がされてしまう。
いまだって、長いながいニアの指にくちくち私のクレヴァスをこねまわされ、たまに
ずっぽりGスポットまでえぐられては、子宮が抜けそうなぐらい感じてしまう。
ぎし、ぎししっと縄目をきしませたところで、逆に気分をたかめるだけ。
縛り上げられた私はニアの 愛玩人形 (ラブドール)なのだ。
『もうこれ以上、奴隷をふやすつもりもないんでしょ?』
『うん。っんッ‥‥よくてあと一人、ぐらい‥‥か』
『ならなおさら。なぜトライアル7をはじめるの。しかも、奴隷を志願して』
『奴隷じゃないさ。エスケープ嬢だよ』
『おなじことよ。あれは合法的に奴隷をうみだすための運用システムなのだから』
『合法かどうかは、やや微妙‥‥だがね』
『まぜっかえさない。もう一度聞くよ。なぜ、トライアル7をはじめるの?』
――なぜ?
聞かれるまでもない。ニアだって、知っている。今夜が、引きかえせる分水嶺だと。
明日以降、話が遡上にあがり、各所で調整・交渉がはじまったら、もう、もどれない。
分かっていればこそ、ニアは今宵、私に覚悟を問うているのだ。
抱きすくめられたまま振りむく。ゆたかなニアの胸に、胸縄でひしゃげたオッパイを
むにゅっとひっつけ、甘い熱をわかちあう。
縄目をもてあそばれながら。舌を伸ばし、さしだし、キスをねだりながら。
答えを口にする――


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


南京錠をひっぱりだすリミットはよくて1・2分。ふつうに考えて、万策尽きている。
だからこそ。
老夫婦をみおくった直後ひらめいた天啓に、意識がとおのきかけた。

――指錠のツルを、つかえないだろうか?

どうして気づかなかったのだろう。私はいま、3つの道具を手にしているのだ。ピッ
クとテンションと‥‥親指に嵌めたまま、片輪のはずれたサムカフとを。
指は届かない。ピックでは力がはいらない。
けれど指錠は左親指に食いこんでいて、逆側の刃をひらけば、かなりの長さになる。
だらんと垂れたサムカフの刃をもつれた鎖にもぐらせ、大外から南京錠のツルを釣り
あげ、隠れた南京錠を手前に引きだす。
そうすれば、背後のミラーをたよりにピッキングできるのだ。
危険きわまる賭だった。
万が一、指錠――サムカフの輪が南京錠にからまり閉じてしまったら。
伸びきって90度にかたむく指錠のカギ穴にはピックが届かない。そのときこそ、拘束
の完成したリリィは破滅するだろう。
「‥‥っ!」
ピクリと、耳がとがる。
――空耳ではない。コツ、コツッと遠い足音が、レストランフロアからひびいてくる。
――到着まで20秒弱、か。
切迫する意識が、手元をブレさせようとする。
そもそも、これから開くエレベータードアによりかかり、その鏡面をミラーがわりに(・・・・・・・・・・・・)
使うという発想がすでにあやういのだ。
後ろ手でドアに密着し、懸命に上半身をくねらせる――そんな女子高生ははたからど
う見えるだろう。セーラー服をはさまれたのかと心配され、のぞかれたら終了なのだ。
ゆえに、いまの状況が最後のチャンス。
指錠に噛みつかれた親指がジンジンしびれ、むずがゆさ、もどかしさに心が焦げつく。
ふらふら宙をひっかく指錠の刃を、南京錠のシャックルのわずかなアーチにひっかけ
ようと、何度もトライする。
エレベータードアの凹凸で像がゆがみ、おもうように作業できない。
「ふ、んンッ」
りきんでしまい、ちいさな鼻息が、たえまなくもれだす。
トライアルのメンバーはさぞ愉しんでいることだろう。破滅のせとぎわに立たされた
エスケープ嬢が、一縷の希望にすがって死にものぐるいであがき、のたうちまわって
いるのだから。
もう一度。かすめる。ズレる。鎖にひっかかり、あわててもどす。再挑戦。最初から。
手首をおもいきり折り曲げる。限界まで、親指を下におしこむ。足音が近づく。あと
10秒あるかどうか。
そう、あと2センチ右‥‥ラチェットの刃が、ハートの南京錠を小突きだす‥‥加速
する意識が、体感時間をアメのように引きのばしていく‥‥
すべてはまえぶれなく、同時に発生した。
真正面のドアランプがポーンと点灯し、到着チャイムが不吉に鳴りひびく。ぎくりと
腰をうかしかける耳を、チャイムを聞いて駆け足に変わる足音にうばわれて。
「‥‥‥‥ぎっ、ィ!」
くるおしい電気ショックが、左右から奴隷のクレヴァスをつらぬいていた。
灼熱の、一撃。
革拘束を食いこませ、ぷっくりはみだす恥丘を、無節操な指で押し広げるかのよう。
アナルフックの先まで電撃が突きぬけ、バヂッと直腸に激痛がはしり、反射的に収斂
した括約筋が、金属のフックを引きちぎる勢いで緊めあげる。
「っ‥‥‥‥っへあ、は‥‥」
瞳孔の色がうせる。声をころしたのは表彰モノ。エレベーターからあふれだす家族が、
へっぴり腰の私をおかしな目でみながら散っていく。入れ違いの男性がケージに飛び
のりざま、チラと視線をなげてきて。
溶けた鉄をのまされた死刑囚のように背筋を直立させた、その、その刹那。
――カチリ。
聞こえるはずのない‥‥幻聴が、鼓膜を刺す。
血の気がたえるほど下唇に歯をたて、惑乱しすぎた裸身で、絶望の衝撃を噛みしぼる。
二度見するまでもない。ドアに映った光景は網膜にやきついた。
これ以上ないほど、深々と。
残酷な金属の輝きをまきちらし、依然としてチェーンの束にうもれる南京錠を。
「ヘァ‥‥ひぃァ‥‥」
なさけない呻きを、口の端からこぼしてしまう。
ジンジンと、指錠を噛まされていた親指が、ひきちぎれそうな疼痛を訴えていた。
ガッチリと‥‥
冷たくきらめく、現実‥‥
なにひとつ、状況は好転していなかった。
たったひとつだけの相違点‥‥ムリヤリ伸ばした左親指と、南京錠のツルを、指錠で
きっちり連結しなおされて、左手を完全に封じられた以外は。
「ウソ‥‥でしょ、こんなの、イヤぁ‥‥」
呪詛があふれだす。
ふたたび、指錠で指の自由をうばわれて。
1秒をけずるこの極限で、最悪の施錠追加をほどこされて。
いまだ、南京錠4つすべてを黒セーラーの身にまとわりつかせたきり、放心しきった
女子高生の拘束済の躯を、ドアがうつしだす‥‥


                 ‥‥‥‥‥‥‥‥


『――本気なのね』
『ああ。トライアルに自身を賭ける。最初からそう言ってるだろう、ニア』
縄付きの躰でしなだれかかる。
腰を抱くニアの両手が、縛り合わされて背中で交差する私の右手に右手を、左手に左
手をすべりこませ、指までからめあった恋人つなぎになる。
ニアがこうするのは、私を案じているときだ。
だから、積極的にニアを求める。おたがいの乳首で乳首をつぶしあい、量感たわわな
オッパイをくっつけあう。
ニアの懸念がびりびり伝わってくる。
『このまま、この貴女の部屋から出さず、一生リリィを飼い殺してもいいのだけど』
『こわいね。ニアの本気は』
『ええ‥‥失いたくないもの。貴女を。なら、いっそ‥‥』
きゅっと指の力が増す。
手を放し、施錠できる拘束ミトンと口枷をとりだす。
『だから次は、ドミナとして私の奴隷に詰問するわ。まちがわないでね』
『‥‥』
『本心から、リリィは、トライアルに志願するつもりなの?』
手を放したニアが、後ろ手首に拘束ミトンをはめていく。これで指はもう使えない。
ニアはいつも本気だし、沈着だ。回答しだいでは、私はこのまま自分のマンションに
監禁され、二度と陽の目をみられないだろう。
特大のボールギャグを首にまかれ、嵌める寸前で、ニアが私をうながす。
『こたえなさい。私のリリィ。どういうつもりなのか』
『それでもだよ、私のご主人さま』
『‥‥』
『一生ニアのペットにされても良い。私は、私のため、平凡なOLを捨ててリリィに
なったのだから。ニアに出会えたから、ここまでできた』
『リリィ‥‥』
『支えてくれるから、姫騎士でいられる。自分が、エゴで奴隷オークションに身売り
するバカだって知ってる。それでも、ニアには許してほしいんだ』
――自分を、エサとすることを。
トライアル7は、あぶりだしのためのものだ。表向きは、マニアの本気の露出遊戯、
その裏は奴隷製造と金銭のやりとり。そして真の目的は、私の胸のなか。
彼女の瞳にまなざしをからませる。
あともどりはしない。それはきっと、人生への冒涜だ。
ニアがボールギャグをつまむ。ぞくりと悪寒をおぼえつつ、逆らう心を押さえつける。
おとがいをつままれたまま、小さな唇からはみだす巨大サイズのボールギャグを咥え
こまされ、後頭部とあごの下を、ぎりっと締めあげられる。
『そう、どうしても‥‥なのね』
『ン、あむっ』
大きすぎる異物でぱんぱんに口腔を犯される。ボールギャグに歯が食いいり、台詞も
喘ぎも吸いとられてしまう。
これで、私はドミナへ意思表示する手段をうばわれたのだ。
『わかったわ。リリィ。なら、私はリリィをゆるさないから。私のために死になさい』
『‥‥!!』
自由だった両足に、恥ずかしい縛りをほどこされ、首輪をベッドサイドにつながれる。
うめかず、暴れず、従順によこたわる私を尻目にバスルームへと消え、やがて着替え
てもどってきたニアが、枕元に充電中のスマホをおく。
『ボタンを押せば、私に通話がかかるわ』
『ひぁ‥‥ほ、ふェっ、へ‥‥』
『トライアルをあきらめて無条件に私の奴隷になるなら、通話ボタンを押しなさい。
そのときだけ、戻ってきてあげる。餓死したいなら、そこで意地をはっていればいい』
ニアの瞳は、昏く、つめたい。
このタイプの瞳を私はのぞきこんだことがある。
自身の意思で、他人の死をまのあたりにしたことがある‥‥そういう人の目だ。
『残念よ、リリィ。意志をひるがえせなかった自分が不甲斐ない。生きている貴女も、
これで見納めかもしれないなんて』
『に、ハ‥‥まっひェ、ひぁ、ひあァ‥‥』
『安心して。死の寸前まで監視カメラからリリィの痴態を堪能して、看取ってあげる
から。好きなように逝きなさい』
あっというまもなく扉がとざされ、見捨てられたのは3匹のヒトイヌと、半日前まで
女主人だった、緊縛済の4匹目のメス。
食餌もケアも止められ、完全に孤立しきった施錠済みの檻のなか。
防音設計をほどこされたフロア丸借りの部屋だ。どれだけ絶叫し、暴れても、悲鳴は
どこにもとどかない。ふくれあがったパニックと焦りがケモノの喘ぎと重なり、まざ
りあう。
――ニアが私を救いにもどって来たのは、30時間後。
彼女は、あのとき、パフォーマンスではなく本気で、私を死なせたかもしれないのだ。


いまにして理解する。
メンバーへお披露目にあたるこのトライアル、ニアは秘めた目的で動いていたのだと。
「‥‥っ」
電気ショックをこらえる私を残し、男性の乗ったエレベーターがしずかに下りていく。
あわててエレベーターの呼びだしボタンを押しなおす。
なぜ、立会人として、ここまでトラブルの多いエスケープを行わせたのか。
GOサインを彼女が出した理由。
そもそも、裏SNSの私のエスケープコミュには、特別な救済ルールがある。
プレイ時に事故で『嵌まり』におちいったM女は庇護を求めてよく、会員はM女を庇
護するかわり、その娘を奴隷として買い上げられる。
期間や内容は会員が決め、M女側は承諾するかどうかえらべる。例外は、一般人がか
かわるケースのみ。コミュ存続のため、会員は無条件でM女を守らなければならない。
エスケープを嗜好する時点で、露出リスクを好む女性が多いからだ。
私自身も、これにより、数名を手に入れている。
そして、トライアル7もコミュのオフ会の1つ、という位置づけだ。
トライアル7は、トライアル終了時からエスケープ嬢が自発的なセルフボンデージを
宣言させられる。脱出にしくじったM女があらわれたとき、もっとも近くに待機する
コミュ会員――それこそが、親友にしてパートナーのニア、なのだ。
おそらくニアは、本物の奴隷として私を買いあげるつもりだ。
私の自由意思は消えさり、ニアの所有物――1匹のペットへと、堕とされてしまう。
ニアはつめたく合理主義だ。ゆえに、保守的でもある。パートナーを失うぐらいなら
奪いとり、飼いならすのだろう。
その、からくりに、ようやく気付いたところで手遅れ。
残り時間はもはや3分半程度なのだ。
「んく‥‥」
革手枷の食いこむ左手はヘンにねじまがり、うごかせない。
あたりまえだ。手首から先だけがムリに引っぱられ、親指と南京錠がつながっている
のだから。エスケープに使えるのは右手の5本の指のみ。その手首も高手小手に吊り
あげられたままなのだから。
ただ1つ解錠できそうなハートの南京錠は、依然、鎖の海にうずもれたまま。
パンドラの箱の底をのぞきこむ沈鬱さだ。
気がとおくなる。
もういっそ、ニアに、ニアの思うがままに、買い取って、もらえたなら。
人権がなくてもイイ。所有物でも、ペットでもいい。奴隷の思いは一つ。ご主人様に
愛していただければ、しあわせなのだ。信頼するニアになら、この身を――
到着チャイムがひびく。
レストランフロアに、足音がこだまする。
ぶるっと身をふるわせ、下りてくるカップルとスーツの男性の目をさけてさっと乗り
こむ。人が来るまえに1階ボタンを押し、ドアが閉ざされる。
59階から1階まで、90秒の直行便。
それで足りないのは、身をもって知ったばかり。ゆえに‥‥
エレベーターケージがうごきだす直前、操作パネルに背中をおしあて、カラダを平行
移動さながら、おもいきり背後を掻きむしった。
加速しかけたエレベーターが一気にゆるやかになり、止まる。
「57階です。下にまいります」
無機質な女性アナウンスと到着チャイム。
予想どおり、ドアの向こう、企業フロアに人はいなかった。操作パネルの点灯ボタン
は8つ。つまりあと7階分余計にとまれる。1フロア10秒として‥‥80秒の追加。
あと、170秒。約3分弱の猶予だ。
いや、ウソ。ちがう。あと5秒。ドアが閉ざされる。2、1‥‥
「ひぐぅっ!!」
またしても、痛撃に裸身をひっぱたかれる。かみしめる奥歯から悲鳴があふれでる。
生地のあつい冬セーラーも何の役にもたたない。肌をまさぐられ、じかに神経を灼く
バラ鞭をたたきつけられるのだから。
びっくん、ビクンと、乳首が尖り、きりきり充血しきってしまう。
こんな‥‥痛みをあたえられ、本気で感じはじめているなんて。しかも、前後不覚の
この時間はエスケープが中断され、意識も飛んでしまう。
あと‥‥あと、3分22秒‥‥21秒‥‥19秒‥‥
「56階です。下にまいります」
「‥‥ッ、ひ!」
びくんと動揺した私のまえで、ふたたび無人の通路が口をひらく。
不自由なカラダをお尻からいざらせ、ケージ奥のミラーに背をはりつけた。
濡れ羽色のプリーツスカートごしにアナルフックをこつんと小突かれ、さらに深々と
お尻の穴でフックの太さを噛みしめてしまう。
ねっとり、きゅうきゅう卑猥な棒をしゃぶりつくす括約筋を、意識から追いはらう。
エスケープ嬢が、露出の誘惑に負けるわけにはいかない。
脱出の望みが残されているかどうか。
もし、本当に『嵌まり』になっていたのなら。
それならもうあがく意味もない。自動で奴隷に堕とされ、ニアに躾けられて、あとは
死ぬまで奉仕するのだから。この拘束露出を堪能し、ペナルティを受けいれれば良い。
けれど、エスケープの可能性があるのなら。
囚われのリリィ嬢が、エスケープアーティストとして、まだ、ふるまえるのなら‥‥
動悸がはげしくはずみだす。
うつむき、ワンレングスの黒髪をかたむけて、うなじに吸いつく首輪をむきだす。
窮屈に折りたたまれた、きゃしゃな裸身を俯瞰する。
メガネの内臓CCDカメラから、他メンバーも私の肢体を視姦してるのだろう。
ここで、すべてが決まる。
ハート型南京錠のシャックルとつながり、輪の閉じた指錠。
その南京錠と親指の間に、絡まったりはさまった障害やチェーンは、一つもない。
「‥‥‥‥」
まだ、エスケープのチャンスがのこっていた――
ふっと、みじかく深く、息を吸う、
ミラーをとおしてリリィ自身のカラダをただしく捉え、身体感覚をねりなおす。
手首さえ交差させられて、感触がすべて逆なのだ。
ならば‥‥!
伸ばしきった親指を、セーラー服へ垂直につきたてる。そのまま、鎖を回避させつつ
手首をグラインド。大きく、外側へいきおいを何度かつけて振りだせば‥‥
「54階です。下にまいります」
到着チャイムがおわると同時に、のぞきこむ背中から、しゃらんと鎖の音が耳をうつ。
ねじれた深海から、見なれたハートがこぼれだしていた。
「っし!」
ガラにもなく、ぐっと右手をにぎりしめてしまう。
これで、上面のカギ穴へとピッキング可能になったのだ‥‥代償を、払うことで。
なさけない私自身の容姿。ひどいありようだ。
30秒単位の追いこみによって、激痛、苦悩、電気ショックの拷問を浴びせつづけられ、
リリィの裸身は自分でも理解しがたいほどの真性マゾとして開発されつつある。
拘束がもたらす無力さをむさぼり、酔いしれて。
はげしい苦悶、理不尽でのがれようのない罰を期待して、ついに乳首も勃起しきって。
いいえ。乳首どころではない。
清楚なプリーツスカートの下では、女芯の肉芽さえもがビンビンに充血して。
ローターと電撃がもたらす野外調教の味を心待ちにしている。
「んく‥‥ひどい、赤くなって‥‥」
無人を良いことにミラーに下腹部をおしつけ、囚われの身をくねらせお尻のスカート
をまくりあげてみせれば、わいせつな革貞操帯をかまされた白桃の双丘は、すっかり
羞恥に熟してほんのり彩づいているのだから。
丸みによりそうフックが、みじりと肛門をめくる合わせ目さえ丸見えだ。
拘束にあわせ作り変えられた、オンナの、いやらしい肉のカタチ。
口枷をかませ、哀願の権利をうばってから、徹底的にスパンキングしてやりたい。
どこまで下半身をうねらせ、あさましいダンスをおどってみせるのだろう。
私自身への、性的欲望。サディズム。
度を越した嗜虐心にかきたてられるからこそ。
‥‥このカラダを、リリィ姫のマゾ性を、他人にゆずりわたすつもりは、ない。
ウェストの締まったくびれをなまめかしく揺すり、地団駄を踏み、スカートをもどす。
括られたカラダを、できる範囲できちんと操作できている。
それができてこそのエスケープ嬢なのだから。
「53階です。下にまいります」
ドアがひらき、今度こそ――ここまでが幸運すぎたのだ――OLとスーツ男性、それ
にカートをひいた配送業者がのりこんでくる。
ゆきずりの他人同士。顔をみる必要もない。そしらぬ顔で、内心の羞じらいも動揺も
隠しそっぽを向いてうつむく。横顔が赤いところで、詰問されるはずもない。
「‥‥‥‥議が、一週間後か」
「‥‥の手配は高崎にまかせてあり‥‥長の判断で‥‥」
ぼそぼそした話し声さえ好都合。ウィーンとうなるケージが下降しだす。
だから最初で最大の難関は。数秒後におとずれる、3分ジャストでの電気ショックだ。
みがまえろ、来る。歯をくいしばれ、こらえきって。
いま、ここで‥‥ッ!



                         Total  daily  - 
Novels Back Next bbs Entrance